今だからこそ知ってほしい、香港のリアル。
2020年7月1日、「香港国家安全維持法」が施行されました。
どういう内容かというと、「国の分裂や政権の転覆など、国の安全に危害を加えるものを犯罪行為と定める」というものです。その「程度」について説明がないまま7月1日をむかえ、蓋をあけてみると、「香港独立」の旗を掲げるだけでも逮捕されるレベルということが発覚しました。(実際には「香港独立反対」という旗だった)
つまり、中国に対して反抗的な態度をとったり、香港の独立を刺激する言動をとるだけで、即逮捕される可能性があることを意味します。
これは、イギリスから民主主義の血を受け継いできた香港から、自由が奪われ、急速に「中国化」することを意味します。あまりに突然すぎる「暴挙」に、世界中が戸惑って批判の声をあげています。もちろん、一番戸惑っているのは香港市民であることは疑いようがありません。
2019年の香港。そこには一人の日本人フォトグラファーがいました。キセキミチコさん。これまで、音楽やファッションの写真を撮影するフォトグラファーとして活躍してきましたが、思うところがあり、幼い頃に住んでいた香港へ半年住むことを決めました。
はじめは、作品制作のため香港のドキュメンタリーを撮りに行く予定でしたが、その矢先に、目の前でデモが始まりました。いてもたってもいられず最前線から香港のリアルを撮影しつづけました。2019年9月からTwitterとInstagramで、SNS写真展「 #まずは知るだけでいい展 」を開始。多くの反響を呼び、2019年12月に渋谷で開催した写真展には約2000人が詰めかけました。
ここ一年、香港で何が起きていたのか。香港市民はどのような気持ちだったのか。今というタイミングだからこそ、キセキさんとも相談し、これまでの「 #まずは知るだけでいい展 」作品を改めてnoteにまとめて発信することを決めました。
キセキさんは「報道の人」ではありません。だからこそ、映し出せる、すくい取れる、リアルがあります。そこには、日本の報道で見落としがちな、香港市民の「小さな声」があります。
香港の背景について(少し)
そもそもデモが起きたきっかけは、2019年3月。香港のトップであるキャリー・ラム(林鄭月娥)行政長官が、「逃亡犯条例」改正案を発表したことに端を発します。
この条例は、中国本土への犯罪容疑者の引き渡しを可能にするものです。つまり、香港で犯罪を犯したら、中国本土へ輸送されてしまうのです。2015年に、中国政府を批判する本を売っていた、香港書店員が失踪すると言う有名な事件がありました。そのうちの1人が、中国政府により拘束されていたと証言しています。
つまり、「逃亡犯条例」とは、たとえ不当な理由(中国政府を批判するなど)だとしても、逮捕されたら問答無用で中国に送られてしまうというもの。民主主義崩壊、自由の略奪にもつながりかねないと、香港市民が立ち上がり、2019年6月から大規模デモが繰り返されました。キセキさんが香港に渡ったのは、奇しくもその時期でした。
では、キセキさんが実際に半年間制作し、発信しつづけてきた作品をご覧ください。時系列に並んでいますので、去年香港がどのような流れの中で戦ってきたのかが、わかると思います。
#まずは知るだけでいい展 作品公開(114点)
キセキミチコさん インタビュー「香港はまだ生きている」
ー「香港国家安全維持法」が施行されました。
キセキミチコ (以下、キセキ)去年の香港市民の努力は何だったんだろうと無力感を感じました。当時、一部の香港人が無力感を感じると言っていて、その気持ちがわかりました。私が無力感を感じるのはおこがましいし、違うと思うんですけど。
ーでも香港市民は昨日(7/1)もデモをしていましたね。
キセキ 香港人も色々で。独立がいい人、したくない人、独立はできないと思っている人。でも思っていることはひとつで、「自由」が欲しいということなんですよね。今声をあげないと、完全に飲み込まれるのがわかっているから、捕まってもいいから戦う、という強さがある。
ー何故戦い続けられるのでしょうか?
キセキ 「なんで戦うの?」と聞くと、「次の世代のため」と答える人が多かったです。みんな10代、20代で、子どもがいない人たちなんですけど、未来に香港を残そうと言う気持ちが強い。だからこそ私は、香港に期待もしたいし希望も持ちたいと思うけど、正直わからない。でも事実として、捕まってもいいから戦う子たちがいる。今は捕まったら、本土に連れて行かれて、死が待っているかもしれないのに。
ー「香港国家安全維持法」は、香港市民も予想していなかったですよね?
キセキ 香港のみんなも、寝耳に水だと思います。10月23日にこの法案を全人代にすでに提案していたらしくて、だから当時「逃亡犯条例」が撤回されたんですよね。いずれにせよやり方が汚いし、ズルいなと思いました。
ー中国の政治ゲームに香港が利用され続けていますよね。
キセキ そう。だけど、香港ってずっと利用されてきた国なんですよね。植民地時代があって、返還されたといはいえ「一国二制度」を、自分たちの意思ではなくイギリスと中国によって決められたし。「結局今も昔も、私たちには選ぶ権利がない」という声はよく聞きました。だから香港人は、2014年から戦い続けています。強いなと思うし、その強さに希望を持ちたいです。
ー1回も自分たちのペースで国を運用したことがないから、自由への渇望が、逆境のエネルギーになっているのでしょうか。
キセキ 自由に見えて自由じゃないから。そこに強さがあったのかもしれないですね。でも、警察から暴行を受けたり、捕まって行方不明になった人のことを今でも思い出します。人の命は法案どうので変わるものじゃない。
ー新しい法案が生まれたからといって、それまで警察がやったことがリセットされるわけじゃないですよね。
キセキ 必死に戦ったのに、逃亡犯条例が無効になった。それによって、これまで傷ついてきた香港人がどう思うんだろうと心配になります。でも、だからこそ昨日のデモはすごかったです。久しぶりに傘のバリケードを見ました。
ーこの法案は香港人だけの問題じゃないですよね?
キセキ はい、外国人にも適応されるものです。海外で中国に反抗的な態度をとっていると、だれでも逮捕されうるから、他国の問題ではないんです。だからこそ、仮に香港人が私たちに助けを求めてきたときに、どうするかを今まで以上に試されます。でもやっぱり私は助けたいと思う。
ー具体的に心配している人はいますか?
キセキ 香港にメディアの知り合いも多いから心配です。でも、ある個人でやっているメディア会社の方は、「やり続けるしかないよ」と。「逮捕される可能性ありますよね?」と言ったら「そんなの今に始まったことじゃない。中国共産党は捕まえにくるときはくるから」と言っていて、泣きそうになりました。それが分かっていてやるのがすごい。
ーすごい覚悟ですね。
キセキ でも、それは覚悟じゃないと思うんです。覚悟は続かないから。みんな「諦めていない」。諦めないという一択しかない。2014年のデモが、なし崩し的に終わってしまった。だから今回は絶対諦めないという想いなのかなと。昨日香港のメディアでこういう写真が出ていて。
このスローガン、「我らは香港のことが大好きだ」って書いてるらしいんです。泣けますよね。香港で辛い日常の中に生きているのに、こう言い切る言葉に胸打たれちゃいます。これ、中国への反抗的なメッセージじゃないんですよね。
ー法案をくぐり抜けて、その中でも希望を掴もうとしていますよね。昨日、日本の新聞で「香港は死んだ」という見出しが出ましたけど、はたしてそうなのでしょうか。
キセキ 一国二制度は死んだかもしれない。だけど、香港はまだ生きている。私はそう信じています。