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いい夫婦の日

まあちゃんが突然花束とケーキを持って帰ってきた。
「いい夫婦の日だから。」
とグッとわたしに花束とケーキの箱を押し付ける。
驚いて、そしてぎゃあ!と大きな声で喜ぶわたしを背に「早くご飯の準備してー。手を洗ってくるね。」とどこまでもぶっきらぼうなまあちゃん。

左上の方を見ていて全然目線が合わない。
すごく照れている時のまあちゃんは子どもみたいだ。

普段はサプライズなど全然しない、超現実主義の我が夫。
季節の変わり目もあり気持ちが塞いでいたわたしを彼なりに気にかけてくれたのかもしれない。

どこでお花をかってきたの?と聞くと
「いつもさわちゃんがいくとこ。」と言っていた。
わたしがよく行く気に入りの花屋。
花屋へ行くとわたしが絶対に選ばない花をまあちゃんは選んできてくれる。
鮮やかな赤とオレンジのガーベラに、目を見張るピンクのカーネーション、そしてかすみ草とヒペリカムを乱雑に束ねた花束だった。
わたしはくすんだ色の花か、葉ものや実ものを好むのでそれ以外目に入っていなかったのだろう、いつも行く花屋にこんな鮮やかな色の花が置いてあったのかと新しい気持ちになった。

ちゃんとした花束をつくると時間がかかると言われ、いくつか自分で選んだ花を束ねてもらったとまあちゃんは言った。
選んでかけてもらったという濃い赤色のリボンもとてもよかった。
カーネーションとかすみ草は僕が知っている花だから。ガーベラって花は前にさわちゃんが言っていたから好きだと思った。あと、変な実のついたやつがさわちゃんは好きだから。とそれぞれの花を選んだ理由を聞かせてくれた。

夫はわたしの話を全然覚えない。聞いているようでちっとも聞いていない。
以前原色のガーベラは元気な気持ちになるかもしれないけれど、入園式に園児が胸につける花みたいで すこし子供っぽいねという話をした。
でも、まあちゃんの中では【元気な色のガーベラはさわちゃんの好きな花】になっているらしかった。


いい夫婦って何だろう。

絶対に不倫なんかしない固い絆があるふたり?
隠し事なんかなくて、嘘をつかない 何でもオープンな夫婦?
いつも精神が安定していて経済的にも余裕がある家庭?
休みのたびに子どもたちを連れて大きな車でキャンプに出かけるような家族?
長年一緒にいてもキスやセックスが当たり前にあること?

どれもわたし達には当てはまらない。

他の人からみたらわたし達夫婦はどのように見えるのだろう。
お出かけの時に手を繋いで歩いていたら、それなりに仲のいい夫婦に見えるのだろうか?それとも長年子どもができないからふたりで慰めあっている可哀想な夫婦に見えるだろうか。


ケーキは食後にワインを飲みながらゆっくりといただいた。
どれも美味しそうで選べなかったので半分ずつにしてふたりであーだこーだ言いながらにこにこ食べた。
嬉しい?と聞くので、とっても嬉しいよと答えるとまあちゃんは下を向いてもごもご笑っていた。不器用なまあちゃん。
ワインを思いの外飲んで顔が珍しく少し赤くなっている。


わたし達はもう10年以上も一緒にいるのにまだ全然わからないことばかりだ。
表面上は凪に見えるが、底深くは波が渦巻いていて、濁っていて先が全く見えない。

夫が選ぶ花をわたしが絶対に選ばないように、夫の見ている世界とわたしの見ている世界は全く色が違うのかもしれない。
夫の目に映るわたしを、わたし自身は知り得ない。

こうして日記を書いているうちにまあちゃんはすっかり夢の中だ。
手を握るとほかほかで、ぐーぐーいびきをかいている。

日々わたしにできることがあるとすれば、まあちゃんがいつ帰ってきても安心して眠れる場所を作ってあげることくらいだ。
行ってらっしゃい気を付けてねと見送って、お帰りなさいと迎えてあげる。
特別じゃなくても温かいご飯をふたりで食べる。
とても簡単なことだけどそれは2人にとって意味のあることだと信じている。

いつだってわたしたちは1人ずつに戻れるし、子供がいない分2人でいるという意味をいつも考えてしまうけれど、ひとりでいるよりふたりでいたほうがわたしもまあちゃんも、なんだか安心してぐっすり眠れる気がする。

まあちゃんの乾いた肌からはいつも猫みたいな香ばしい、いい匂いがする。
ずっと昔から知っている匂いのような、とても安心する香り。

おやすみなさい。怖い夢を見たらぎゅっと抱きしめてあげるから。安心して温かくしておやすみ。
明け方に寒くなったら、毛布を分けてあげるね。 

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