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夏の夜の話

8月16日夏休み。

雨続きで気分が落ち込んでいたので夜になって音楽をかけ、歌いながら酒を舐めていると突然気持ちが昂り、家中の酒を海賊のように漁って呑んだ。
消毒用に と昨年買った77%のスピリッツに手を出したとき突然何かがはじけた。

横になりながらケータイを触る夫、わたしがお酒を作りにいくたびに(まだ呑むの?)という顔でこちらを目だけでちらりと見る。

濃いめのスピリッツを入れたロックグラスを持ち 、横たわる夫を見降ろしながら、わたしは思わず口にした。
BGMにはCHARAが流れていたと思う。


「ねぇ、まあちゃんは子供欲しい?」

わたしがそう言うと
夫はわたしに向き直りながら、でも横になった体勢は崩さず
「うん、欲しいよ。」とはっきり言った。

「ほんとに?本当に欲しいと思って言ってる?」わたしが畳み掛ける。

「ほんとだよ。子供が欲しい。」やけにはっきり夫が言う。

わたしは止まらない。
「じゃあさ、いつ欲しいとかある?わたし、まあちゃんは子供欲しくないのかなって思ってた。そういう素振り見せないし。もうわたし、もしかしたら子供できないかもしれないよ?でもまあちゃんがそんなにしっかり子供が欲しいならちゃんと計画たてないと…そしてもしできなかったらどうしよう。子供、ほんとに欲しいなら まあちゃんは別の人と結婚するって道もあるからはやく、とにかくはやくしないと…!!わたしとじゃなければお父さんになる夢叶えられるし、わたしはまあちゃんに1番に幸せになって欲しいから!!」こんなことをとにかく早口でワンワン言った。声がどんどん大きくなる。

夫はびっくりして黙っている。

お風呂上がり、すっぴんにくたびれたパジャマ姿で酒をかっ喰らい、青白く顔色の悪い女が早口でお前は子供が欲しいのかなどと捲し立てる。完全にホラーだ。妖怪じゃないか。

夫は心底驚いた顔をしながらようやくゆっくり口をひらく。

「さわちゃん、そんなこと考えてたの?」



まただ。



わたしは身体が脱力して涙が出てくる。


夫は続ける。
「大丈夫だよ。俺の周りもまだ子供いない人たちたくさんいるし 心配しなくてもできるって。」

わたしはつとめて冷静に
「もちろん医療の発達は著しいけれど、わたしは子宮に持病もあるし、きっとその人たちみたいに簡単にいかないよ。失敗が続いた時、子供が持てないかもしれないっていう絶望感、まあちゃんは感じたことある?そうなって、子供はできなかったけど仕方なくわたしと一生を暮らすなら まあちゃんは別の人とお父さんになる夢を叶えたほうがいいよ。」

夫は目を丸くしながら
「僕はさわちゃんと一緒だから楽しいし、さわちゃんと一緒にいられるから結婚したよ。とっても幸せだから、もし子供ができなかったら2人で暮らそうよ。どうしても子供が欲しかったら養子でも貰う?そのとき考えよう?」

「そんなことずっと考えてたの?悩んでたんだね。大丈夫だよ。おいで。」と手を広げてこちらを見ている。



わからない。全く夫の気持ちがわからない。
夫は優しい。いつもこうだ。
11年経っても何も変わらない。今までこんなに賢くて気配りのできる男性を他に見たことがない。

なのに全然わからない。この人は子供を作るということをわかっていない。

わたしたちは結婚してから一度もセックスをしていない。
つまり夫と5年以上セックスをしていない。もっとかもしれない。
望めば勝手にできると思っているのか。
できなかったら養子をもらってもいいって夫が言うなんて考えてもみなかった。
この人の中では子供がいる生活はファンタジーなのだ。

力が抜けてわたしはしぼんだ風船になり、夫の広げた両手に収まり胸の中で泣く。
絶望はとてつもなく深く広がる。話をする前よりももっと深く。
こんなに近くにいるのに、夫との縮まらない距離を感じる。

夫はわたしの背中をトントンして、時折頭を撫で、おでこにキスをしながらわたしが泣き止むのを待つ。

くるりが奇跡を歌っている。


いつもそうだ。わたし達の話し合いは話し合いになんてならない。
話始めるまでとても力がいるしとてつも無く傷付くのがわかっているけど、その甲斐虚しくなんの解決もやってこない。
違う言語で話しているようだ。まるで交わらない。

何もやる気がなくなって、酒のせいで頭がグラグラして 泣くのに疲れてどうでもよくなる。
夫は相変わらずわたしをゆっくり撫でている。


『言葉にしたら すぐに壊れて きっともう戻らないから』

キセルが歌う。

本当にどうでも良くなってわたしは眠ってしまう。

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