実家
ねえ、玄関の扉に白いペンキで何か描いてあんの、一本線がピーッと、横に。ピーッと。最初いたずらかと思ってたんだけどね、それでお母さん黙って消したんだけど、しばらく経ったらまたおんなじように描いてあってね、ピーッと横にね、一本。
お母さん、もー、やんなっちゃって。でも、しょうがないから消すでしょ、お母さんがね。バケツに水汲んで、ブラシで。それでも綺麗に消えなくてね、だってあれペンキでしょ、なんか薬品とか使うんでしょ。
お母さんそういうのわかんなくてね、もうね、茶色いペンキ買って上から塗ってやったの。ドアに。もういいやって。でもまたしばらくすると描かれててね、毎回毎回、ピーッと。
もうこれはダメだって、お母さん頭来ちゃって。そう、我慢の限界。それでね、お母さん警察行ったの、七丁目のね、交番、お寺さんの前のね。お巡りさん、はいわかりましたって、色々メモとか取ってたけどね、でも途中から何だかんだ言っても結局落書ですよねって、お巡りさんもペン置いちゃってね。
嫌になっちゃうでしょ、失礼しちゃうわって。
お母さんもなんとか頑張ったんだけどね、毎週毎週消しても描かれてるんですよ、最近の泥棒は人んちに印付けて回るって言いますよねって言ったんだけどね、なんか見たことない若いお巡りさんんでね、いつも見る人じゃなかったら新人さんかもしれないけどね、それで、何か盗まれたんですか?って訊くから何も盗まれてませんって言うでしょ、だってまだ何も盗まれてないからね。
じゃあまずは落書きとして処理するしかないですねって、面倒そうな顔になってね、器物損壊とかいうの?なんかそういう事件にしても現行犯で捕まえなくちゃだめだとか、物的証拠が必要だとか、ぐちゃぐちゃ言い出してね、私、ペンキで消しちゃってるしね、なんかお巡りさんも面倒臭そうな顔になってきてね、もういいですって、私帰って来ちゃったの、念のためパトロール強化してください、現行犯で捕まえてくださいよって言ったらね、はいわかりましたって返事だけは元気で、お母さんもっと頭来ちゃってね、あんな若い人じゃ頼りになんないやって。石倉さんに頼んでどっか田舎に飛ばして貰っちゃおうかしらってね、あの人署長さんとお友達でしょ。まあそれは冗談だけどね。
ねえあんた、どう思う?おかしいでしょ、今年に入って月一回くらいだったのに、ここ最近はほぼ毎週よ。一本線がピーッと白く、横にね。なんか段々お母さんも怖くなってきちゃって。お父さんに言ったってどうせいたずらだろって。そんなのほっとけばそのうちなくなるって。お父さん自分のお家がいたずらされてても全然平気なの。そのうちなくなるって消してるのは私なんだから。ほっとけば消えると思ってんだから。ほんとお父さんいっつもそう。昔っからなあんにも興味ないの。お酒飲んでテレビ観て寝てるだけ。
お母さん、もぉダメよ。
ねえ、どうする?
どうすればいい?
隆二、あんた、たまには帰ってきて一回見てみてよ、ドア。もうこないだのは消しちゃってるけどね、どうせまた描かれるから。ね。
でね、お父さんに言って。
もっとちゃんと家のこと考えてぇ、って。
お母さん一人でやらせんじゃないよぉ、って。
玄関に線描かれてるよぉ、って。
白い線がピーッとなってるよぉ、って。
泥棒の合図かもしれないよぉ、って。
ねえ、どうなの、これ。ペンキで人んちのドアに落書きするって、ちょっと普通じゃないでしょ、そう、ピーッと。
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