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競馬の話を書こう。 その2

ドバイワールドカップ、というレースがあります。

アラブ首長国連邦の(アラブ首長国連邦でも競馬は行われているのです)シェイク・モハメド殿下が1995年に創設(初のレースは1996年)した世界最高賞金(当時。2020年よりサウジカップが最高賞金のレースとなる)を誇るレースで、2021年度の1着賞金は約7億円。日本での最高賞金額となる有馬記念が1着賞金3億円ですから、2倍以上の賞金ですね。

これだけ高額賞金のレースなので、日本からも過去に何頭もの馬がこのレースに挑戦しています。古くはライブリマウントやホクトベガなどが出走しており、今年2021年はチュウワウィザードが2着とあと一歩のところまで迫りました。

そんなレースに、過去日本から挑戦して見事優勝した馬が1頭だけいます。その馬の名は、ヴィクトワールピサ。

このレースが、私の中でちょっと不思議なレースとして記憶に残っています。

今回は、そんな2011年のドバイワールドカップのお話です。

このnoteはどんな方が読むか全く想定出来ていない(1回目にも書いたけど、そもそも誰も読まないような気もする)のだけど、ひとまず最低限の説明から話を始めたいと思います。このドバイワールドカップというレースは「ダートの2000m」という条件で行われるレースなのですが、まず「ダート」ってなんぞや?という話から。あ、ちなみに2000mは「にせんめーとる」と読みます。2kmと同じことです。距離の2000mです。

競馬には、大きく分けて2つの馬場(地面の素材、とでも言えばいいか)があります。一つは「芝」といって、芝生が生えているところを走るレースです。ヨーロッパではこの芝でのレースがほとんどで、日本でもメインとなるレース(ダービーだとか有馬記念だとか)は芝のレースです。そしてもう一つが「ダート」というもので、これは砂の上を走るレースです。アメリカではメインとなるのがこのダートで、アメリカのダービーはダートで行われます(芝のレースも少なからずあります)。日本でもダートのレースはたくさんあって、G1レースもJRA(日本中央競馬会)で1年に2レース開催されています。ただ、メインはやはり芝のレースであり、多くの馬は、ざっくり言うと「ひとまず目指すは芝のG1」という感じではあります(もちろん、最初からダートの最高峰を目指す馬もいます)。

芝のレースとダートのレースで求められる馬の能力というのは結構違っていて、ものすごくシンプルな表現でいえば、芝のレースはより「速さ」、ダートのレースはより「パワー」を求められる事になります。もちろん芝とダートの両方で活躍する馬も中にはいるのですが、その一方で「ダートではめちゃくちゃ強いけど芝ではさっぱり」だったり、その逆のパターンも多々あって、一般的には「この馬は芝の馬、この馬はダートの馬」というのは割とはっきり分かれています。高いレベルになればなるほど、その区分はくっきりとしてきます。そして、日本の競馬のメインが芝のレースであるため、どうしても「ダートで世界を獲る」というレベルの馬はなかなか出てきにくい、という一面があります。

そんな中、ドバイワールドカップを制したヴィクトワールピサという馬は、一体どんな馬だったのか。

実はこの馬、日本で主戦場としていたのは芝のレースでした。デビュー戦こそ2着に敗れたものの(ちなみにこの時の1着馬はローズキングダムという馬で、この馬も後にG1レースを勝つ)、2戦目からは破竹の5連勝で皐月賞というG1レースを制します。

その年の秋には芝の世界最高峰、フランスの凱旋門賞というレースにも挑戦し、帰国後は有馬記念を制すなど、この世代を代表する芝の名馬となりました。

そして、明けて4歳。ヴィクトワールピサはドバイワールドカップを目指す事になります。

なぜこの馬が、芝のレースではないドバイワールドカップを目指す事になったのか。そこには、前年度2010年にあった、このレースの大きな変更が影響していました。

2011年のドバイワールドカップ、その開催条件は次のように記されています。

メイダン競馬場 オールウェザー 2000m

「オールウェザー」? オールウェザーとは、なんぞや?

実は「オールウェザー」とは、芝でもダートでもない、第3の馬場です。素材は色々あるようですが、基本的には芝や砂ではない人工的な素材、人間が作り出した素材の上を走るレース、それが「オールウェザー」でのレースです。あ、ちなみに2000mは「にせんめーとる」と読みます。2kmと同じことです。距離の2000mです。

このオールウェザーという馬場、当時のアメリカで色々物議を醸していたようで、一つは「馬に優しい」、故障が少なくなるという側面があるものの、他方では「条件が違いすぎて、今まで活躍してた馬が全然活躍出来ない」という事もあったようです。実際アメリカでは、2008年にそれまでダートで行われていたブリーダーズカップ・クラシックというレースがオールウェザーの馬場で行われましたが、そこまでダートで連勝してきた馬が惨敗し、ヨーロッパから来たダートで走った事がない馬が1.2着を独占する事態が起こりました。(※1)

オールウェザーの馬場は、まだはっきりとは分からないけれど、芝で走る馬向きなのかもしれない。そのような風潮があったのは事実のようです。実際ドバイワールドカップがオールウェザーに変更された2010年にも、日本からはレッドディザイアという芝を主戦場にしていた牝馬が挑戦しています(結果は11着)。

芝で強い馬でも走れるのか、どうなのか。まだはっきりした事は分からないまま、ヴィクトワールピサはオールウェザーで行われるドバイワールドカップに挑戦する事となります。

そのレースが、こちら。

ヴィクトワールピサ、見事1着! 日本馬史上初のドバイワールドカップ制覇!

驚いたし、日本馬の初制覇は嬉しかった。ただ、当時の私にはもっと驚いた事がありました。

2着、トランセンド。

実はこのレース、日本からはヴィクトワールピサだけでなく、計3頭の競走馬が出走していました。特に期待されていたのがブエナビスタという馬で、このレースまでに既に日本のG1レースを5勝、当時の現役最強馬とまで言われていた強豪でした。この馬も、勝ったG1レースはすべて芝のレースで、ダートで走った事は一度もありませんでした。しかし、ブエナビスタは結果8着と力を発揮する事が出来ませんでした。

そしてもう1頭が、2着に入ったトランセンドです。なぜこの馬が2着に入った事に、私はそんなに驚いたのか。

それは、この馬が主戦場としていたのがダートのレースだったからです。

デビュー戦こそ芝で2着と好走するも、2戦目のダートで勝ち上がってからは一度挑戦した芝のレース以外はひたすら砂の上を走ってきたトランセンド。実際、JRAに2つしかないダートのG1レースを連勝してドバイワールドカップに臨むなど、この時点での日本のダート最強馬は間違いなくこの馬だったと思います。ただ、前述のように日本の芝ではほとんど実績を残しておらず、先の2頭とも日本ではまるで違う路線を走ってきたこの馬に関しては、レース前の時点では「もしトランセンドが勝つような馬場だとしたら、ヴィクトワールピサとブエナビスタは全然ダメだろうし、その逆もまたしかりだろう」と思っていました。

ところが蓋を開けてみると、1着は日本の芝のG1馬・ヴィクトワールピサ、そして2着は日本のダートのG1馬・トランセンド。

私は思いました。

この馬場、どういう馬場なの???

2頭とも強い馬には違いありません。ただ、もし日本で強い馬たちが集まるレースを走ったとして、それがどんな条件であっても1着と2着がこの2頭になる絵がまるで思い浮かばなかった。ヴィクトワールピサが走る条件なら絶対ブエナビスタは上位に来るし、逆にトランセンドが勝つ条件で他の2頭が上位に来ることはちょっと想像しづらい。

まったくもって、不思議なレースでした。

ドバイワールドカップに関しては、2014年を最後にダートのレースに戻りました(オールウェザーになり、アメリカ勢が出走して来なくなったのが一因、とも言われています)。今でも一部ではオールウェザーでのレースが開催されています(2021年からアメリカのガルフストリームパーク競馬場で、芝→オールウェザーへの改修が行われる、という話もあります)が、2021年現在、競馬はやはり芝とダートの2つがメインとなっています。今後第3の馬場、オールウェザーが競馬界にとってどのような存在になっていくのか、それも一つの楽しみではあります。

ヴィクトワールピサが勝ったドバイワールドカップは、2011年3月26日に開催されたレースです。未曽有の大震災の直後、競馬ファンに明るいニュースを提供してくれたヴィクトワールピサ、そしてトランセンドは、とても思い出深い名馬です。そして日本では全く違う路線を走っていた2頭が活躍したこのレースは、やはり不思議なレースとして今も記憶に残っています。

長々とお読みいただき、ありがとうございました。


※1 下記の記事に当時の詳しい状況が記載されている


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