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中国経済がアメリカを抜く(2015)

中国経済がアメリカを抜く
Saven Satow
Oct. 01, 2015

“Without fanfare—indeed, with some misgivings about its new status—China has just overtaken the United States as the world’s largest economy. This is, and should be, a wake-up call—but not the kind most Americans might imagine”.
Joseph E. Stiglitz “The Chinese Century”

 CIAは、『ザ・ワールド・ファクトブック』において、中国がアメリカを購買力平価ベースGDPで抜いたと発表する。コロンビア大学教授ジョセフ・スティグリッツは、『ヴァニティ・フェア』2015年1月号に「中国の世紀(The Chinese Century)」を寄稿し、そこで、15年に購買力平価ベースGDP中国が世界一になると予想している。さすがノーベル経済学賞受賞者と言わねばなるまい。

 為替レートは途上国に安く出る傾向がある。特に、中国の人民元は安すぎるとしばしば国際的に言われている。そこで、為替レートを二国間の物価水準比率から算出すれば、実態に即した相場がわかると考えられる。これが購買力平価説である。

 購買力平価説には反論・異論もあるが、CIAはこの説を採用して各国のGDPを算出している。CIAが公表するデータであるから、信頼性が高く、各国の政策担当者も参考にしている。林敏彦大阪大学名誉教授もGDPを語る際には、かねてより購買力平価ベースを用いている。彼は日本が中国やインドに抜かれて世界4位と語り、等身大で考えることを説いている。

 『ザ・ワールド・ファクトブック』によると、10位までの順位は次の通りである。

1 中国 17兆6300億ドル 
2 EU 17兆61000億ドル. 
3 米国 17兆4600億ドル
4 インド 7兆2770億ドル 
5 日本 4兆8070億ドル. 
6 ドイツ 3兆6210億ドル 
7 ロシア 3兆5680億ドル 
8 ブラジル 3兆0730億ドル 
9 フランス 2兆5870億ドル. 
10 インドネシア 2兆5540億ドル.

 以上のように、中国がEUとアメリカを抑えて世界一の経済大国である。EUは地域共同体であるから別にするにしても、米中の経済力が突出している。日本はおよそ中国の4分の1にすぎない。

 一般的な名目GDPでは依然としてアメリカが中国より大きい。しかし、中国の名目GDPは10兆3803億ドルで、購買力平価ベースと開きが大きい。また、インドも名目は2兆0495億ドルと3分の1以下になってしまう。先進国の両GDPは差が小さいのだから、為替レートが途上国に安く出ることが理由と考えられる。

 中国は今や世界一の経済大国である。しかも、日本の4倍の経済力を有している。この実情を踏まえて、日本の政官財学報は判断・行動する必要がある。如是より始めねばならぬ。

 中国が多くの課題を抱えていることは確かである。しかし、全体像を把握せず、中国に関する断片的な情報を恣意的に君合せたり、一般化したりして都合のいいイメージをつくり上げることは現実逃避にすぎない。現代版黄禍論で、見苦しくさえある。「中国は中華思想に憑りつかれた脅威である」とか、「今はいいかもしれないが、いずれ失敗する」とか、「中国人はマナー知らずで騒々しい拝金主義者だ」とか、「ほら、まただ、やっぱり中国はこんな程度」とか中国に対して頭に血を登らせたり、見下したり、留飲を下げようとしたりすることは自らを貶めるだけだ。映画『天国と地獄』における山崎努演じる竹内銀次郎のセリフを思い出させる。「幸福な人間を不幸にするってことは、不幸な人間にとって、なかなか面白いことなんですよ」。

 日本の中国脅威論に接すると、戦前の反米・嫌米論を思い起こさせる。かつてのアメリカが中国に代わっただけのように見える。

 明治維新直後、日本の新たなエクゼクティブにとってアメリカは自由の国である。彼らは、英国から独立を戦いとった米国に幕藩体制を打倒した自分たちを重ね合せている。ところが、明治20年代にその評価が一転する。立憲君主制の帝国を日本が選んだときから、アメリカは悪しき平等主義の国と見なされるようになる。
 
 さらに、1905年に日露戦争で勝利した日本にとって、1898年に米西戦争に勝ったアメリカが太平洋を挟んで対峙する仮想敵国であるとする時事評論が人気を博す。日米決戦のシナリオまで出版される有様だ。アメリカは軽薄な物質文明の国であり、堕落した拝金主義の国であり、寒々とした弱肉強食の個人主義の国であると侮蔑的論調がエリート層の間で語られる。論拠となる情報は断片的であるから、一面としては正しいが、組み合わせや一般化が恣意的であるため、ステロタイプと偏見に満ちた意見である。この風潮は敗戦まで続く。
 
 戦前のアメリカ脅威論の風潮の中で政治家として台頭したのが近衛文麿である。彼の父厚近衛篤麿は国粋主義的政治家で、将来を嘱望されていたものの、1904年、急死する。文麿が1918年に論文『英米本意の平和主義を排す』を発表すると、インテリ層の間で話題になる。周囲は父の無念を晴らすためにと文麿に期待を寄せる。

 政治的実績もろくにないまま、1937年、首相に就任する。ところが、日中戦争が勃発、国家総動員法を公布なでしたものの、収集できず、39年に政権を放り出す。これだけみっともない辞任をしたのに、40年、近衛は再度首相に就任する。彼の政権の下ですべての政党は解散、大政翼賛会が結成される。けれども、緊迫した日米関係を改善できず、開戦の危険性が高まる41年10月、またも政権を投げ出す。

 1945年初頭、近衛は天皇に終戦を求める上申書を提出する。そこで、彼は軍部や官僚の一部に自分は騙されていたと記している。終戦を迎えると、復興を担うのは自分だと政治指導者就任の意欲を見せる。けれども、GHQは彼を戦犯容疑で逮捕する方針を示す。逮捕当日の1945年12月16日、近衛は自宅で服毒自殺する。

 世界一の経済大国に成長したアメリカへの対抗心が広まる時代の風潮の中で、父の代用として近衛文麿は政治指導者に祭り上げられる。首相に就く度に、対外関係を悪化させ、戦時体制を強化して、政権を放棄することを繰り返している。今の時代の風潮とその中で二度首相に就いた安倍晋三が重なって見える。
〈了〉
参照文献
亀井俊介、『アメリカ文化と日本』、岩波書店、2000年
筒井清忠、『近衛文麿』、岩波現代文庫、2009年
Joseph E. Stiglitz, ‘The Chinese Century’, “Vanity Fair”, Jan, 2015
http://www.vanityfair.com/news/2015/01/china-worlds-largest-economy
CIA, “The World Factbook”
https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/rankorder/2001rank.html

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