最愛と、煙草の交換。
新しい仕事を始めて、
恋人もずっとおらず、サウナ仲間にも会えず
心も身体も凍てついてしまい
不意に始めたマッチングアプリ。
いまの時代は便利なものだ。
布団の中でうずくまりながら
出会いを選べるのだから。
そんな現代の出会いには正直向いてない。
私は複数人の異性と交流するだなんて
そこまで器用ではない。
良いなと思った人がいたら、他を忘れて
選んだ1人に思いっきり尽くしてしまう。
本当に向いてないんだ。
現代の出会いのスタイルに
悪戦苦闘した中で出会った異国の男性。
「むっちちゃんは、煙草を吸う?」
煙草を吸う女は大概好かれないだろう。
だが正直に、
煙草は吸う。でも嫌ならやめると伝えた。
「むっちちゃんも煙草吸うのは嫌じゃない。」
「一緒に煙草を吸うが嬉しい。」
否定されそうだと恐れていたが
彼と嗜好が一緒な事が、私も嬉しかった。
おはよう。
私は今◯◯しているよ。
むっちちゃんは今何してる?
おやすみなさい。また明日ね。
まだ会ってもいないのに
マメなメッセージが日課になり
四六時中、幸福感で溢れていた。
私は単純すぎて、哀れだ。
遂に彼と初めて会う日。
池袋にある シーシャ屋に入った。
その時彼が言ってくれた一言がある。
「私が吸っている煙草
むっちちゃんが吸ってる煙草
一本ずつ交換しませんか?」
その一言を承諾し、彼はすぐに
私の吸っている煙草を手に味わっていた。
その時、彼の煙草を貰えば良かったのに
シーシャに気を取られて私は忘れてしまっていた。
彼の煙草をもらうということを。
初対面で12時間。実に長いが
夢のような時間はあっという間に過ぎた。
デート後も連絡はまあまあ続き
またこの人と会えるんだろうと思った数日後
彼からの連絡はピタッと途絶えてしまった。
きっと他に素敵な人が居たんだろうな。
彼が幸せならそれで良い。
なぜ連絡してくれないの?
私のこともう忘れたの?
そう思った事は否定できないが
数年ぶりに恋をした私は、
綺麗な思い出のままにしたいという気持ちが強く
最後のメッセージに
本当に幸せでした。ありがとう。
と述べ、連絡を絶った。
年が明けて不意に思い出した。
交換しようと言われ忘れていた
彼の吸っていた煙草を買った。
強い強い清涼感の中に、
シトラスの深みのある味わい。
ああ、これが彼の好きな味か。
ほんの少しだけ残っている
彼の余韻に味わい浸り、少し泣いてしまった。
彼の愛用する煙草の味と、
出会った瞬間に彼がプレゼントしてくれた
JO MALONEの高貴な香りに後ろ髪を引かれる。