自伝のこぼれ話 49
「こぼれ話 46~」からの続きです。
一体全体、どうすれば平井は納得するのか。こんな茶番、まどろっこしいやり取りなんかしても意味がないだろう。早く結論を出せ。あ、ノリのおばさんはノリが登校拒否をしてる理由、テレクラの件をもう知ってるのだろうか。ノリは内緒にしてる、バレたら困るって言ってたけど。
それにしても変だ。いくら平井が私を目の敵にしてるとはいえ、どうしてこんなにノリの肩を持つんだろう。ノリ→前からテレクラをやってた。勝手にテレクラでトンちゃんの彼氏探しをした。その男と会ってホテルに連れ込まれたので復讐に付き合えと私たちに頼んだ。私とトンちゃんが怒ったら学校に来なくなった。私たち→うーん。私か。私→ノリのテレクラ遊びを知ってても止めろと言わなかった。事件の件でノリに怒った。その結果、ノリが学校に来なくなった。これ、どっちもどっちっていうのかねぇ?ノリがテレクラをやらなければ全部なかったことじゃん。ノリがテレクラをやってたのは誰のせい?
私はともかく、少なくとも勝手にテレクラで彼氏探しをされた挙句、復讐に付き合えと言われたトンちゃんと、「友達」とご飯を食べに行くからと誘われて車に乗り、あわや犯されたかも知れないキクちゃんはなんの落ち度もないどころか完全な被害者じゃないか。平井、本当に手紙読んだのか?読んだなら一連の話が詳しく書かれてるんだから2人がノリのせいで危ない目に遭わされそうになったことは分かるだろうに。ああ、こいつは私の方にトンちゃんとキクちゃんが付いてるから2人も同じように敵と見ているのか。アホすぎる。けどじゃぁ、ノリには誰が付いてる?あんたとノリのおばさん?そうか。おばさんか。父兄とやらが出て来ちゃこりゃまずいって平井は思ってるんだな。しかしやっぱりアホだなぁ、平井は。保身を第一に考えるならしばらく学園から一人も出ていない「大学進学者」になるだろう生徒の私を責め、テレクラ遊びをしている生徒を庇うのは妙だしこの場ではなんとか収まってもノリがテレクラをしていたことはいつかクラスの子や他の先生たちにもバレると思うんだがなぁ。そうなったときのことまで考えてなくて「今、ここ」の出来事だけ頭にあるんだから本当にバカだ。あまりにも理不尽なことになったら私は黙ってないよ。まともな先生たちに話すよ。そうしたらあんたはどうする?
平井がテーブルに置いた手紙を開く。
「嶋田さんが菊田さんとテレクラの男の人と会って車に乗って、途中菊田さんは車酔いしたから降りて嶋田さんだけホテルに一緒に行って~と書いてあるけど、菊田さんは本当に車に酔ったの?」
ああっ!?それ、重要か?キクちゃんを責めてる?怒りたいのを我慢する。
「あ、はい。気持ち悪くなったので」
「そうなのね。それは本当ね?」
「はい」
「2人一緒ならば嶋田さんがそんなことに巻き込まれないで済むとは思わなかった?」
キクちゃんは黙り込んでいる。キクちゃんはよくいえば純粋、悪くいえば無知で世間知らずだから事態を把握出来てないよなぁ。私とトンちゃんが「危なかったね」と言ったらキクちゃんは「朝からお腹空いてたのにレストランに行けなくて残念だった」って言ってた。おい、平井。これ以上キクちゃんを詰問するのはやめろ。
決して正義感とやらからじゃない。でも黙っていられない。
「菊田さんはただ、ノリ……嶋田さんに誘われて一緒に行っただけですよ。菊田さんは~」
「そんなこと通用すると思ってるの?嶋田さんが傷ついてるのは知ってるでしょう?」
「あのぅ……」
トンちゃんが小さな声で言った。
「何!?」
「南くんもキクちゃんも……私も、悪いことしてないと思うんですけど……」
「じゃぁ、どうしてこんな手紙を書いて来たの!!一体全体!!!」
平井は激高して手紙をはたき落とした。
「あんたたちねぇ!先生は『あんた』って言われるの嫌いなの。『お前』って言われた方が全然嫌な気分にならないの。だから普段は誰にもあんたって言わないんだけどあんたたちのことあんたって呼びたくなるほど今、ムカついてるわ!!」
知らんわ、そんなこと。
「先生はまた、嶋田さんに学校に来てほしいのよ!前みたいに楽しくみんなで勉強をして。なのにあんたたちはまるでそれを望んでいないみたいじゃないの!」
ああ…….どうしてそうなる?肝心のノリはどう思ってるの?親友だと思ってた私に責められて辛いと言ってたけどさ。また仲良くしたいの?それは難しいんだけど、ノリはどう思ってるのよ。言いたいことがあれば言えばいいじゃん。
「ノリはどう思ってるの?」
私がそうノリに言うと相変わらず下を向いてテーブルを見つめながら黙ってる。
「嶋田さん、どうなの?また学校に来たいわよね?」
だ・か・ら!!お前は黙ってろよ。
「来たい気持ちはあるんですけど、また南くんたちに責められるんじゃないかって思うと……」
一体全体、どうしろっての?あの事件に今後一切触れずに仲良しごっこをする?腫れ物に触るようにノリのご機嫌を取り続ける?まぁ、面倒くさいから私はそれでもいいけど、復讐したいんじゃなかったっけ。どうしても復讐したいなら一人ですればいい。
「先生はね、いつもみんなのことを思ってるの。だから円満に解決したいのよ。なのにあんたたち3人は嶋田さんが学校に来ることを拒んでるみたいじゃないの!」
「そんなことないです」
とトンちゃん。
キクちゃんはまた黙ってる。
「嶋田さんがしたいようにすればいいと思います。それは嶋田さんが決めることであって誰も強制することは出来ないと思います」
頷くトンちゃん。
「あんた、嶋田さんが学校に来ない方が嬉しいの?」
はぁ。
「…….そんなこと言ってないですけど」
「だったら『また友達に戻ろう、一緒に卒業まで頑張ろう』って言えばいいじゃないの!」
あのさぁ。私たちの話、聞いてた?
「私はもう嶋田さんとは仲良く出来ないと思います。私の彼氏を見つけるためとか言ってテレクラのおっさんと会って。そんなおっさんとカップルにさせようとしたのはおかしいです」
いつもは大人しいトンちゃんがはっきりと言ったことに驚いたのかさすがの平井も一瞬黙ってしまった。
「けどね!先生は嶋田さんに学校に来てほしいのよ!」
知らんわ。首に縄でも付けて来させるわけにはいかないだろう。来てほしいならどうすればいいのかって案もないのか?さっきからバカみたいに喚くか、こっちを責めるかしかしてないじゃん。さて、あんたに出来るかな?ノリにテレクラをやめさせることも学校に来させることも。ノリの家がなんだか複雑そうってことは知ってるのか?テレクラ遊びをしてる原因は家庭環境にありそうだって気付いてるか?でも私は言わないよ。ノリが自分で打ち明けないと。でも平井はやめておけ。他の先生とか頼れそうな大人に話すべきだよ。ノリも散々言ってたじゃんか、平井のことをキャンキャンうるさい犬みたいだって。まともな大人に相談してよ。そうしてほしい。話はそれからだ。じゃなきゃまたあんなことが起きちゃうだろうから。でもそれはノリが決めて。どうしたいのか。
「あんたたち、黙ってないで何か言いなさい!口を開いたと思えば先生の言うことに反論するばかりじゃない!」
色々考えてるのよ、私は。あんたみたいに無駄吠えするだけが能じゃないんだわ。
「……どうしたらいいか考えてるんです」
「先生だって考えてるわよ!」
話にならんな、マジで。
「私も今はまだ考えがまとまらないので……」
「東野さんは少し黙ってて!先生は南さんに訊いてるの!」
え、私、何か訊かれたっけ?
「私は先生の意見だけじゃなくてノリの口から自分の考えとかを聞きたいです。けど今は無理にみんな、話さなくてもいいんじゃないかなって。もう少し落ち着いたら……」
「じゃぁ今日、先生が話し合いの場を作ったのが無駄だってこと?」
勘弁してよ。話し合いじゃないよね、これ。
「そうじゃありません。けどもう少し時間が必要かなって思ってるんです」
頷くトンちゃん。キクちゃんはまた心あらず。
「分かったわよ!でもね、先生諦めないから!嶋田さんがまた学校に来てくれるように頑張るからあんたたちもしっかりじっくり考えなさいね。また話し合いましょう。それまでちゃんと自分の考えをまとめてちょうだい」
はぁ……。
「先生、嶋田さんと話があるからあんたたち先に帰りなさい」
もう3時か……腹減ったなぁ。トンちゃんと2人でぶつくさ言いながら学校を後にしノザキに寄るとたまごサンドも他のパンも売り切れていた。何も買わずに帰るのはおばちゃんに申し訳なくてクラスの一部で流行ってるでっかい小判みたいな形をしてるコーンの駄菓子を3つ買った。