酔いどれ雑記 198 our home
久しぶりに普通の思い出話をします。今日、何となく思い出したから。
もう13年くらい前、イスタンブルでモンゴル人の女性、確かわたくしと同じ歳の人と話す機会があったのです。
ある夜、わたくしが毎日行ってるレストランのテラス席に、仲良くなっていたウェイターの男性とその同僚と彼女が座っていました。彼女はわたくしと同じく赤い革のコートを着ていて、彼女を日本人だと思い込んだ私は日本語で話しかけました。モンゴル人だと分かり、実は全く言葉が通じていなかったのですがなんだか通じている感じがして不思議でした。
彼女はレストランのかなり美男子のウェイターと交際しているとのことでした。そしてその店から数件離れた、同じくトルコ料理店で働いているのだと。彼女がモンゴル人だと知っても、大した知識を持っていなかったわたくしは、せいぜい朝青龍の話くらいしか振ることが出来ませんでした。そうしたら「彼はチャンピオン(横綱)よね」と返ってきました。互いに異国で暮らしている同胞を誇りに思っているような、そうでないような口調でした。
蚊に刺された腕を掻きながら、彼女と話を続けました。テーブルの上の赤いバラの一輪挿しがロウソクの灯りに照らされていました。
「ねぇ、日本では好きな人同士が結婚できるの?」
「え、出来るよ」
「トルコじゃね、親が選んだ人としか結婚できないの」
え、それは知らなかった......いくらイスラームの国とはいえ、こんな都会のイスタンブルでもそうなのか?
「モンゴルではどうなの?」
「好きな人同士結婚できるよ」
西洋人のように人前でキスをする二人を見つめながら、彼女は彼氏と結婚できるのだろうか?と他人事ながら思ってしまいました。
近いような遠いような異国民同士のわたくしたち。「日本では好きな人と結婚できるの?」などと訊いてきたのは何故だろう。
寒くなってきたので(そして、蚊にこれ以上刺されたくないので)店の中に入って話をつづけました。ひとりトルコ語の分からないわたくしは何度か置き去りにされて少しだけ疎外感を憶えたけれど。
夜も更け、もうすぐ閉店の時間......今日は土曜日。
「これからどこか行くの?」
「うん、私たちの家に(Yes,we go back to OUR home).)」
our、を強調し自慢げだったのを、わたくしは見逃しませんでした。
わたくしはその晩、ホテルに戻ったのか、ウェイターの男の家に行ったのか記憶にありません。