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自伝のこぼれ話 39

自伝の本編の続きを進めたいんだけども
「こぼれ話 街で出会った濃いキャラの人シリーズ」を書くのが楽しくなってしまっている。ごく一部の方から好評ってのもあり、今日もそれで行きます。以前もこの話はちょっと書いたんだけども、大幅に加筆し、構成も変えるので前に読んでくれた方にも楽しんでもらえると嬉しいです。

あれも19歳の頃だった。けどまだギリギリ大学には行ってた。辞める数か月前。もう、退学せざるを得ないと分かっていたからアホらしくて学校には行かずサボり、というか前期の学費を納入出来てなかったから(しつこいけど母が奨学金使い込んだから払えなかった)、タダで授業を受けてる状態に耐えられなかったともいう。

横浜(駅周辺)でも行くかと思って家の最寄り駅のホームで電車を待ってた。各駅しか停まらない駅だから、いくら都会といっても一本逃すと平日のラッシュ時以外は10分くらい待つ羽目になる。あ~、たった今行ったばかりか。ベンチに座ると隣に座っているおばさまに声を掛けられた。うわ~、めちゃくちゃ派手な人だなぁ。長いソバージュヘアを金髪に近い茶髪に染めてて、口紅は青みがかったショッキングピンク。身に付けてるのはミニスカート、タイツにハイヒール。バッグはでっかいシャネルのロゴが付いてるやつ。

「ねぇ、お姉さんどこ行くの?横浜?あたしも横浜に行くの。もしヒマだったら一緒にお食事でもしない?あたしね、若い可愛い女の子とお喋りするのが趣味なの。あたし、これから西口で用があるんだけど、それが終わったら一緒にご飯食べない?」

うーん、どうしようかな。ヒマだけどさ。怪しい人だったら嫌だしなぁ、と思っているとおばさまは
「あたし、怪しいおばさんじゃないわよ。第一あたし、自分のことおばさんって思ってないもの。もう60過ぎてるけどこんな風にミニスカートも穿くしビキニだって着るし。あたしね、もう年だからって髪を適当に短くするとかそういうの大嫌いなの。ほら、見て?肌だってキレイなもんでしょ?化粧水だの美容液だの余計なものなんてベタベタ付けないでいつもベビーオイルしか塗ってないのよ。ほら、ツヤツヤでしょ?触ってみてよ」
おばさまはそう言って私の手を取って頬っぺたを触らせた。

すごいおばさんだなぁ……。あ、「おばさん」じゃダメなんだな。なんかこの女性、怪しくないかもと直感で思った。私にとっては悪い人じゃなさそう。食事くらいしてもいいかな。

「はは~ん?お姉さん、まだあたしのこと変なおばさんだと思ってるでしょ?」
「いえ、そんなことは……」
「あたしね、一度も結婚ってしたことないのよ。子供も産んだことないんだけど、娘がいるの。実の子じゃないってやつ。あの子を訳あって引き取るときあの子はもう分別が付く年齢だったから『あたしはあんたのお母さんにはなれないけど、友達になろうね』って言ったの。あの子はうん、って言ってたけどね。あたしの父親ってのはもう亡くなったけど小児科医で、あたしは一人っ子だったしお金には全然困らなくてね。だから娘にも目いっぱい愛情注いでお金も惜しみなく出したわよ。もうとっくに娘は結婚して娘がいて、お姉さんよりちょっと年下かな。あの子はあたしのことおばあちゃん、じゃなくて『大ママ』って呼ぶの。そんでママより大ママの方がセンスがいいって言っていつも一緒に洋服買いに行ったりするのよ」

下りの駅で事故があったみたいで電車が遅れているとアナウンスが……
黙って「大ママ」の話に耳を傾ける。大ママはシャネルのバッグから分厚い写真の束を取り出して見せてきた。
「これはこの間ハワイ行ったときの。ほら、真っ黒に日焼けしてビキニでしょ?あたし、子供産んでないからスタイルが若い頃と変わってないのよ」
元々の体型を知らないからあれだけど、さすがに少し弛んでる……でも60過ぎているにしてはプロポーションを保ってると思う。
「これは、私のボーイフレンドたち」
みんな随分と若いなぁ。大ママのお金目当てなのかしら。

大ママはいつも写真を持ち歩いてるのかな。しかもアルバムに入れずにそのままだし。謎過ぎるよ、大ママ。

「これは誰だか分かるわよね?」
分かるに決まってる。日本人なら知らない人がいないであろう超有名人、いや、世界でも有名な、テレビを付ければ一日一回は目にするコメディアンで映画監督。スナックかキャバレーみたいなところで一緒に肩を組んでる大ママ……あなたいったい何者?
次々と有名人とのツーショット写真が出て来る。これ、合成じゃないよね。どう見てもそうは見えない。

「あたし、伊勢佐木町と関内でお店をいくつも経営しててね。あそこら辺の男たちはあたしに頭が上がらないのよ」
もう、完全に別世界の人だわ。どこまで大ママの言うことが本当か分からないけど、まるっきり嘘だとは思えない。
「お姉さんもあたしのこと、大ママって呼んでね」
「はい」

電車がやっと来た。横浜で降りると
「高島屋で待ち合わせしない?何階か忘れたけど、今、何かの美術展やってるからその前で1時でいい?ちょっと遅れるかも知れないけど絶対に来るから待っててよね。あたし、お姉さんと話がしたいの。一緒にご飯食べましょ」
「分かりました。行きますね!」
「うん、来てよね」

高島屋の中で時間をつぶす。ブランド品なんて私には縁がない。化粧品は欲しいけれどそんなものを買う余裕なんてない。大学を辞めたらどうしようかな。就職、出来るかな……気が重い。

待ち合わせの時間10分前に美術展会場の前に着くとすでに大ママがいた。
「来てくれたのね!来ないかと思ってたから嬉しいわ。お腹空いたでしょ?何食べる?どの店がいい?」
「おばさ……大ママの好きなお店でいいです」
「あんた、遠慮することないのよ。お姉さんはまだ学生さんでしょ?学生なんてお金持ってないの当たり前なんだからあたしがご馳走するから好きなの食べてよ」
デパートに入ってるお店なんて縁がないよ。こんなところでご飯を食べたことなんてない。あ、子供の頃、永田のおじさんに連れられて松坂屋のパーラーに行ったっけ。なんでも好きなもの食べていいんだよと言われてお子様ランチを食べて、オムライスに挿してあったユニオンジャックをこっそりと持ち帰った……

「じゃ、ここにします」
「そうしましょ」
入ったのは洋食のレストラン。大ママはビーフストロガノフ、私はオムレツ。
「それっぽっちでいいの?」
「はい、私、あんまり食べれないんですよ。小食で」
「そう?でも遠慮しないでよね」
口紅と同じくショッキングピンクに塗ってある大ママの爪、キレイ。
「爪、キレイですね」
「あたし、ネイルサロンじゃなくて自分でやってるの。これ、3本千円のマニキュア。マニキュアもお化粧品も高ければいいってもんじゃないのよ。服だってそう。自分がいいって思ったらなんでもいいのね」
「分かります」
「お姉さんが今日着てる服も素敵よ。あたしもヒョウ柄の服いっぱい持ってるの。この間もあそこ、あそこ、なんていったっけ、そごうのとこの地下街の……」
「ポルタですか」
「そう、ポルタよ。この間もあそこの若い子向けの店でヒョウ柄のワンピース買ったの。店員の子たちとはもう顔なじみ。娘の子ともあそこでよく一緒に買い物するのよ」
「あ、その店、多分私も知ってます。何度か服買ったことあります。そごうのそばですよね?」
「あら、そうなの!?あの店、カッコいい服いっぱいあるのよね。ご飯食べ終わったら一緒に行く?時間大丈夫?」
「はい、大丈夫です」

食べ終わってポルタに行った。大ママが言ってた店、やっぱり私が何度か服を買った店だった。
「ねぇ、お姉さん、この間あたしが買おうか迷ってた迷彩のTシャツ、もう売り切れちゃった?」
「すみません。もう売れちゃいました。あ...…緑なら在庫ありますけど、大ママさんは黒じゃなきゃ嫌って仰ってましたよね」
「あなた、よく覚えてるわね。そう、黒がいいの。また入る予定ある?」
「入荷したらすぐご連絡します。Sサイズですよね?」
「そう。絶対買うから他の人に売らないでね」
「分かりました!」

「ねぇ、お姉さん、せっかくだから欲しいものあったら買ってあげるわよ。これなんかお姉さんに似合いそうじゃない?」
大ママが手に取ったのは銀ラメのへそ出しカットソー。可愛いけど買ってもらうのはなぁ。2980円だし、自分で買える。
「あ、私、自分で買いますよ」
「遠慮しないでって言ったじゃん!ね、お姉さん、この子の気が変わらないうちに包んじゃって」
「いいんですか?」
「いいのよ。若い女の子に奢るのがあたしの趣味なんだから。今日、一緒にご飯食べてくれたお礼と思って受け取って」
「ありがとうございます」
「素直で好きよ、あんたみたいな子。あんたは素直そうで可愛い子だから駅で声掛けたんだしね。次会うときこれ着て来てよ」
「はい!」

ああ、知らない人に服を買ってもらったのは初めてだ。
「ね、あんたまだ時間ある?あるなら東急のラウンジでコーヒー飲まない?」
「飲みましょう」
「そう来なくっちゃ。あたし、あんたのことすっかり気に入っちゃった。あ、まだあんたの名前聞いてなかったわね」
「ミホです」
「ミホちゃんか。ミホちゃん、もうあたしのこと怪しいおばさんって思ってないよね?」
「思ってないです」
「じゃ、行きましょ」

東急ホテルのラウンジ。フカフカなソファーに腰掛ける。
「あたしはブレンド。ミホちゃんは?」
「同じので」
「あたし、カフェインとニコチン中毒でね。やめられないのよ。ミホちゃんは煙草吸う?」
「吸います」
「ああ、良かった!あたし、あんたみたいに派手で不良っぽい子が好きなの」
大ママはそう言ってKOOLに火を付けた。KOOLか……KOOLを吸う年配の人なんてこれまでに見たことないよ。
「あんた、ミホちゃんはなに吸ってるの?あ、マルボーロか。洋モク仲間ね。もう一杯飲む?」
「はい」
お喋りして、コーヒー飲んで、煙草を吸って。楽しいな。

「あ、そろそろ帰る?」
「そうしましょうか」

一緒に赤い各駅電車に乗る。
「ミホちゃん、どこ住んでるの?あ、あそこら辺ね。コックテールっていうカラオケスナック知ってる?」
「知ってます。うちから10分しないとこにあります」
「あら、そうなの!あの店のマスター、よく知ってるのよ」

電車を降りて坂道をちょっと下ったとこで大ママは足を止めた。
「あたし、この階段上ったとこに住んでるの。この上にはあたしの家しかないのよ。いつでも遊びに来てね。あたしの名前、ルリっていうの。ルリちゃんよ。この年にしては洒落てるでしょ?じゃ、またね」
「はい!」
「気を付けて帰ってね」
「ありがとうございます。楽しかったです。服も、ありがとうございます」
「今度会ったらそれ着て来てよね。約束げんまんね」
「はい!」

その後、大ママの家を訪ねることはなかったけれど一か月後くらいに商店街を歩いていると
「あんた!」と声を掛けてくる人がいた。大ママと娘さんと思しき女性と高校生くらいの子がいた。ああ、この子がお孫さんか……
「おばさ…..大ママ!」
「突然声掛けちゃってびっくりした?この子、妹さんかな?あんた……あんたじゃないわよね、ミホちゃんよね。失礼!この子、顔がそっくりだから妹さんと思ったけど、妹だよね?」
「そうです」
「今度、妹さんと一緒に遊びに来てね」
「はい!」

妹は「なに、このおばさん?」って顔してた。そして
「お姉ちゃんと私、似てる?全然似てないよねぇ。私の方が可愛いし、目も大きいし、細いし」と言ったーーああ、早く家を出たい…….

それから大ママと会うことはなかった。割と近所で、最寄り駅は同じなのに。それに大ママはあんなに目立つ人だから見かけたらすぐ分かるのに。

それから数年後、どんな巡り会わせか私はコックテールの二階に住むことになった。階下から下手くそなカラオケとマラカス、タンバリンの音が聞こえてくる私の部屋…….ああ、大ママ、どうしてるかなぁ。