自伝のこぼれ話 37
前回、<36>の続き。けど特にオチもないし、この話を引っ張るつもりやもったいつけるつもりで2回に分けたんじゃなくて、ただ単に長くなったから一旦切っただけね💦
宮下公園のそばで露店を開いてたエリカとアヒダと連絡先を交換したものの、向こうから電話は掛かって来なかったし私も掛けなかった。別に会いたくないわけでもなかったけど、会う理由もないしねって。会いたければわざわざ電話しなくてもまたあの辺に行けば会えるべ、って感じで。多分向こうも同じだったと思う。たまたま居合わせてノリでなんとなく喋って、電話番号を交換してお終いなんてことは珍しくもないだろうし。
うーん、私は実はそういうノリはあんまり得意じゃない。ノリがダメというか、これがクラブとかバー、旅先とかで出会って話が弾んでってなら別なんだよ。同じ音楽が好きとか共通点があって盛り上がってまた話したい、会いたいってなら始まりはノリだろうが何だってよくて。だけどあの二人はそういうんじゃないしね。あの人たちと会っても何を話していいか分からないし、ただコーヒーでも飲みながらどうでもいい話をするってのがさ。これが例えば学校の同級生とか遊び仲間なら喫茶店だろうがファミレスだろうが公園のベンチだろうが一緒に行ってどうでもいい話をするのは全然アリなんだが。
で、彼らと出会って数週間後かな。また私は一人で仕事帰りに夜の渋谷をぶらついてたの。センター街を歩いて、ロゴス(パルコに入ってた洋書売ってる本屋)でも行こうかと思ってたらスペイン坂の入り口でアヒダを発見した。アウトドア用の折り畳み椅子に座ってアクセサリーを広げてる。この間と同じサングラスをかけて、今日はキャスケットを被ってる……似合うね。声を掛けようか迷っていると目が合った。
「やぁ」
「あ、今日は一人なの?」
「うん」
何を喋っていいのか分からないから話が続かない。しかしこんなとこでアクセサリーなんて売ってても売れないんじゃないのかね。宮下公園のそばよりずっと人通りはあるけど。
「ねぇ、もう片付けようと思ってるけど時間ある?」
「まだ早いじゃん。まだ7時半じゃん」
「そうだけど、君と喋りたいなって」
「うーん、どうしようかな」
「忙しいならまた今度でいいよ」
「忙しくないけど、明日仕事だし」
仕事は朝9時半からだ。家を出るのは8時半過ぎ。今日少し遅く帰っても問題ない。帰ってすぐ風呂に入って、6時間くらいは寝れるだろうし。けどなんか面倒くさいというか、気乗りがしない。
「そうか。じゃぁまたね」
「またね」
余計なことを訊いてこないのがありがたいような、そうでないような。ドライな友達付き合いってこれまでにしたことがないからよく分からない。なんでアヒダは私と喋りたいんだろ。私と喋って楽しいのかね?けど、そもそも友達ってなんだろ。友達じゃなくてもなんとなく一緒にいるってのが分からない。それって友達っていうのかな。うーん、分からん。定義なんてどーでもいいけどさ、これまで友達って思ってた人たちはみんな、そこそこお互いのことを知ったうえで友達だったからさ。「私たちって友達だよね?」って確認なんかしなかったけど。ああ、今、私、友達って呼べる子なんていないや。
それからまた、何度か渋谷に行った。地元の横浜駅周辺にもよく行ったけれどあんまり馴染みのない街に行くと地元と違った安心感があったから。スペイン坂の入り口でアクセサリーを一人で広げているアヒダを3回くらい見かけたけど声を掛けなかった。
それからまたどのくらい経った頃かなぁ、よく覚えてないけど初めてアヒダに会ってからそんなに経ってない、多分2か月しないくらいだったと思う。真冬だったのは覚えてる。すごく寒くてコートを着込んでたから。スペイン坂のあの場所にいつもいたアヒダの姿がないからちょっと気になってしまったの。どうして気になったかも覚えちゃいない。けど思わずエリカに電話を掛けた。アヒダが気になるなら彼に電話すればいいのにさ。
「もしもし?」
「あ、ミホ?元気?」
「うん、エリカは?」
「元気だよー」
「あのさ、アヒダどうしてるか知ってる?」
「あー。私もう、一緒にお店やってないんだよね」
「そっか。もう連絡取ってないの?」
「うん。どうしてるか分かんない。あん時の彼氏ともとっくに別れちゃったし」
ああ、あんなにいちゃいちゃして仲良さげだったのに。
「分かった~。ありがとね」
「うん!」
電話の向こうから男の声が聞こえた。エリカはいったい何者なのか。どーでもいいんだけどさ。もうエリカともアヒダとも会うことはないなと思った。
ああ、私にはやっぱり分からない。私は変にマジメだから、お互い好きになって付き合った人とはずっと一緒にいるものだと思っている節がある。まぁ、仲違いすることもあるだろうし、いざ付き合ってみたらとんでもない奴だって発覚することもあるだろうけどさ。けどエリカはそういうんじゃないとなんとなく思った。気ままに人生を生きている。ある意味エリカが羨ましい。けどエリカのことを全然知らないから本当のことは分からないけどね。
それからまた少し経って、雨が降っている日に久しぶりにアヒダを見かけた。またスペイン坂の入り口で。声を掛ける。
「久しぶり~元気?」
「うん」
「どう?売れてる?」
「さっぱりだね」
「そっかぁ、雨だからかな」
「ねぇ、もう片付けるからこれからどこか行かない?」
「どこかってどこ?」
「うーん、どこか行きたいとこある?」
「別にないけど」
「どうする?」
しばし沈黙が続く。
「ご飯食べた?」
「まだ」
「お腹空いてる?」
「ちょっとね」
「僕もちょっとお腹空いてる。どうする?」
「マックかどこか行く?」
「うーん、寒いから……雨だし」
「だから!マックでも行こうよ。暖房効いててあったかいじゃん」
「マック?僕は混んでるところは好きじゃないんだよ。いつも混んでるじゃん」
「じゃ、どこ行くってのよ!」
「君、今日は時間あるの?明日は仕事?」
「休みだよ、明日は」
「じゃ、泊まらない?」
「ええっ、どこに?あなたの家に?」
「僕の家、ルームメイトがいるからさ……」
「じゃ、どこ泊まるの」
「……君がいいっていうなら、ホテルに泊まろう。僕がお金全部出すから」
「え……でもお腹空いてるじゃん?」
「コンビニでなんか買おうか?でも帰りたい?」
「うーん、分かんない」
「あ~、君が嫌だってことは絶対しないよ」
ああ、全然信じられないなぁ。
「僕、家に帰るの嫌なんだ。ルームメイトたちとは言葉があんまり通じないし、友達や女を連れ込んで毎晩毎晩、夜中も大騒ぎしてロクに全然眠れやしないんだ」
もう、やめてよ。そんなこと言われたら断りにくいじゃんか。
「……分かった。じゃ、まずコンビニでご飯と飲み物買ってよね」
「うん、君が欲しいもの全部買うよ」
「うん……」
ホテル街の近くのコンビニに寄ってサンドウィッチとお菓子とジュースをかごに入れる。
「お酒、買わないの?」
「うん、僕はあんまり飲めないんだ」
「私も!」
雨はいよいよ強く降り出した。傘を差さずにネオン輝くホテル街を歩き、足を止めた。
「ここでいい?」
「いいよ」
フロント横のパネルには「空室」がいくつかある。
「どれにする?」
「どれでもいいよ」
「じゃ、これ」
アヒダが押したのは一番高い部屋。
「ウチは前払いでお願いしてます!」
フロントのおばさんがそう言うとアヒダは一万円札を財布から取り出した。
「ごゆっくりどうぞ!」
エレベーターに乗ってドアを開けるとカラオケやプレステもあるやたら広い部屋。なんだか気まずいなぁ。
「ねぇ、カラオケって好き?」
「僕は音痴だし、日本の歌は知らないんだよ。カラオケなんて行ったことないよ」
「私も音痴なんだよ」
「うん。お腹空いてるよね?」
「うん」
サンドウィッチとお菓子とジュースをビニール袋から取り出して食べて、飲む。
「日本のお菓子、美味しいよね」
「そうだねぇ」
「僕、あんまりご飯食べないんだよ。いつもお菓子ばっか食べてる」
「その割にスレンダーだよね、あなた」
「そうかな?けど君だってスレンダーじゃん」
「そうだねぇ……」
「ああ、ちょっと眠いな……最近は全然寝れなくて。もう2日くらいまともに寝てないんだよ……ルームメイトがさ……」
「寝る?」
「うん、でもシャワー浴びない?」
「そうだねぇ……」
「君、先に入る?」
「どっちでも」
「じゃ、僕が先に入るよ」
「うん」
広い部屋っていってもシャワーの音はかすかに聞こえてくる。これから私たち、朝までベッドで一緒に眠るのかな。カラオケやゲームをせずに。お菓子はまだ残ってるからちょっとつまむ。
「お待たせ」
タオルを巻いただけのアヒダ。華奢だなぁ。私より軽いんじゃないのかしら。
「私もシャワー浴びてくるね」
「うん」
ああ、もうなんだか分からない。私はどうしてこんなとこで素性の知れない男と一緒にいるの。けどね、素性が知れないからこそ楽な関係ってのもあるんだろうなぁ。シャワーが温かい。気持ちがいい…….。
「お待たせ」
「じゃぁ、寝ようか?」
「うん、でもドライヤーしてからね」
「うん」
洗面所で髪を乾かす。ああ、一体全体、私は何をしてるの。考えることすら出来ない。どうだっていい。投げやりだ。だけども……
朝まで二人で泥のように寝た。多分。多分ね。
備え付けのコーヒーを淹れて目を覚ます。
ああ、そういえばこの人の笑ったところを一度も見たことがないや。いつも無表情っていうのかな。感情がないというのとはちょっと違う気がするけどやっぱり表情に乏しい。楽しそうとか嬉しそうとか、寂しそうとかが全く読み取れない。自分のこともほとんど話そうとしないし、私にも関心がないみたいだ。けど、私が嫌いとかそういうのでもなさそうなんだよなぁ。もう多分会うこともないだろうし、ちょっと訊いてみようかな。
「ねぇ、エリカが言ってたんだけど……」
「エリカ?」
誰それ、といった感じの返事。だけど声に抑揚がないし無表情。
「最初に会った日に一緒にいた韓国の女の子」
「ああ……」
「エリカが私に、あなたと付き合えばいいじゃんって言ってた」
「そうなの?」
「あの子、なんかよく分かんない子だね」
あなたも同じくらいよく分からない人だけどね。
「そうだねぇ」
「日本での生活はどう?楽しい?」
「そうだね、楽しいけど国に帰りたいこともあるかな」
どこから来たの、とはなんとなく訊きづらい。本当にドイツの人なのかなぁ。まぁ、どうでもいいけどね。
「日本に友達はいるの?」
「君」
ああ、本当にやりにくいなぁ。
「何年、日本にいるの?」
「5年くらいかな」
意外と長くいるんだな。まぁ、本当かどうかも知らないけど。そういえばエリカがアヒダは2年間彼女がいないって言ってたな。ってことは日本で知り合ったってことか。うーん、名前も覚えてないような子にそんなプライベートな話をしたってこと?エリカがテキトーなことを言ってただけかも知れない。本当につかみどころのない人たちだこと。
「あなたは彼女いないの?」
とぼけて訊いてみる。
「いないよ」
「またまたぁ~!あなたはイケメンだから女が放っておかないっしょ!?」
わざとおどけて言った。
「うーん、僕ね、分からないんだ」
「え、何が?」
「愛とか愛してるとか、そういうの」
まさかそんな言葉が出るとは思わなくてちょっとびっくりしてしまう。
「え、そうなの。けど私も分かんないや~」
「うん。僕ね、日本に来てから付き合ってた女性がいたんだけど……」
「うん」
「2年くらい付き合ってたけど、彼女を愛してるかどうか分からなかった。好きかどうかもよく分からなくて。嫌いじゃなかったけどね。彼女は僕を愛してるって言ってたけど」
もう、答えに困るじゃんね。けど聞いてほしいだけなのかな。自分のことを話したがらなそうなのに急にこんな話をされて驚いちゃうよ。深いのか浅いのかまるで分からない。けど、これが彼の普通なのかもな。きっと深さとか重さとかの秤が私とは違うんだ。
「うーん。あ、その彼女って日本人?」
「フランツォージン」
うんうん、フランス人ね。あ、えっ、ちょっと待った。今のドイツ語だよね?やっぱりこの人、マジでドイツ人なのかも知れない。私は少しドイツ語を勉強してたから片言なら分かる。ああ、もう嫌だぁ。あなたに興味が湧いちゃうじゃんかぁ。けどもう会うことはない。また会いたいし友達でいたいけど、多分あなたはどこかに消えちゃうでしょ?
無言で二人でコーヒーを飲む。
「あ、まだ雨降ってるかな?」
「降ってないんじゃないかな」
カーテンから朝日が漏れている。今日は晴れか……
「時間大丈夫?」
「うん」
「じゃ、もうちょっと寝ようか」
「うん……」
眠れないよ。アヒダは枕を抱えてスヤスヤと寝息を立てている。どんな夢見てるのか、見てないのか。
寝ころんで天井を見つめていると電話が鳴った。
「お時間、10分前です」
ああ、もう10時か。帰りたくないな。寝ているアヒダを起こして支度をする。
それから駅まで一緒に行って、じゃぁね、とどちらともなく言った。そして手を振った。アヒダは初めて笑顔を見せたーー地面がちょっと濡れている。今日は晴れ。けど昨日は雨だった……