見出し画像

自伝のこぼれ話 51

「こぼれ話 46~」からの続きです。

いよいよ時間の問題だろうな、ちょっとした騒ぎになるのは。ノリはもう学校には来たくないようだけど、本心なのかな。もう来なくなって3週間か。今週中にでも来れば体調不良だったと押し切って何事もなかったかのように隠し通すことは出来るかも知れないけど、それ以上長くなるならもう、難しいだろうな。ノリが来たくても来づらいだろうし。ああ、既に来づらいのか。私が電話をしたら出てくれて学校に行くというかも知れんが、前みたいに仲良くするのは難しいよなぁ。

平井、ノリに電話するって言ってたけどしてないのだろうか。してたらすぐに私たちを呼び出すだろうに、もうあれから2日経ったよ。

もう、先生たちは出席簿とノリの席を見て「嶋田さん、欠席」とは言わなくなった。学校の事情とやらは分からないが、受け持ってる生徒が退学すると給料が減らされるとかのペナルティがあるのかねぇ。去年、古田のクラスからは8人辞めたらしいけど、奴が今年度、担任を受け持つことが出来ずただの音楽教員になってるのは万引き事件だけじゃなくてそういう理由もあったのかもな。

現国の四字熟語の課題、どうしたらいいのか。受けて合格しないと「5」は絶対に貰えない。「5」を貰えないってことは私が希望の大学に入れないかも知れないってことだ。内申点は重視しないところならともかく、まだどの大学に行くか、推薦か一般かも全然決めてないしなぁ。富川に3人で課題を受けさせてくれと頼むしかないか。でもトンちゃんとキクちゃんはそれでいいのかな。トンちゃんは就職希望だけど、キクちゃんは短大に行きたいと言ってるし……富川に突っ込まれたらなんて答えよう。授業中、ずっとそんなことを考えている。苦手な数学や物理、もっと真剣に聞かなきゃいけないのに。

「今日から次の単元に入るぞ。今から書く公式、何だか分かる人は手をあげてくれ」
チョークで黒板に数式を書く竹内。分からないわ、全然。キクちゃんは知ってるんだろうけど手をあげないしクラスの誰もが黙って黒板を見つめてたり、漫画を読んでたり……

「何だ、誰もいないのか。これは自由落下の公式だ。自由落下ってのは……」
竹内は絵を描き始めた。ビルかな、これ。続いててっぺんに人間らしきものを2人描いたけど片方は小さくてもう片方はその2倍くらい縦にも横にもデカい。あ、小さい方にピンクのチョークで眼鏡を描き加えた。
「はい、注目。どこぞの小さい女の人と、太っちょの男の人が道ならぬ恋に落ちた末にビルの上から飛び降りて心中しようとしてるんだけど、この二人が仲良く同時に飛び降りたら先に地面に落ちるのはどっちだと思う?」
不謹慎で過激だけど、みんなピンと来て大笑い。小さい女の人ってのは平井で、太っちょは隣のクラスの担任、渡部のことだってね。平井は旦那がいるし、渡部は確か新婚だったっけ。
「は~い!」
何人か手をあげた。
「じゃ、青木」
「渡部先生が先だと思いま~す」
「渡部先生?俺、そんなこと言ってないぞ?どこぞの太っちょの男の人と小さい女の人だ」
クラス中、大爆笑。
「答えはな、二人同時だ。自由落下ってのは重さは関係ない。どんなに太っちょでもチビ……小さい人でも同じ。まぁ、厳密には空気抵抗とかあるんだけど~」
「先生ぇ~!」
「ン?何だ?」
「道ならぬ恋ってどんな恋ですかぁ?」
「先生は道ならぬ恋したことあるんですか?」
「お前たち、また俺に雑談させようとしてるのか?さっさとこの単元終わらせたいんだよ。中間まであと少ししかないからな。けど道ならぬ恋ってのはあれだ、この間終わった、緒形拳が出てたあれとか『高校教師』とかな。観てた奴いるか?」
「観てました~」
♪ぼくたちの失敗 を何人かが歌い出した。うちでは夜8時半以降テレビは禁止だから観てないけどどんな話なのかクラスの子が話してたからちょっと知ってる。
「ダメだぞ、あのドラマの子みたいに先生を好きになったりテレクラなんかしたら」
テレクラ……ドキッとした。まさか竹内はノリの件を知らないよね?知ってたらこんなこと言わないよね。
「テレクラって何ですか~?」
誰かがふざけて言った。
「俺は知らないけどな!雑談終わり。自由落下ってのは……」

「さっき、竹内がテレクラって言ってたじゃん、知ってんのかな、ノリのこと」
「分かんない。けどちょっとビビったよ」
「ね」
帰り道にトンちゃんと話す。
「平井、何も言ってこないね」
「ノリに電話したのかなぁ」
「してたらなんか言ってくるよね」
「そうだよね」
トンちゃんも疲れてるよなぁ。キクちゃんは相変わらずボーっとしてるけど。早くこの件が片付けばいいのに。

次の日、休み時間に私と割とよく喋るクラスのコギャルの子たちが話し掛けてきた。
「ねぇ、嶋田さんってどーして休んでるの?」
「中退するって本当?」
ノリとなんてロクに話したこともないだろうに、どうして興味津々なんだろう。やっぱり噂はそこそこ広がってるみたいだ。テレクラのことも知ってるのかな。しかし、どこから漏れたんだ?
「うーん、よく分かんないんだよね」
「そーなの?」
「うん」
テレクラの件はよく知ってるけど、退学するかどうかは分からんから嘘はついてないよな。
「あたしたち、見たんだよね、嶋田さんが電話してるの」
「えっ?」
コギャル軍団は話そうかな、どーしようかなって顔をしてる。
「電話?いつ?誰に?」
「体育館の前の電話ボックスで並んでたんだけど、長電話してる子がいたから早くしろよ~って思ってたら前に並んでた子が『テレクラに掛けてんじゃね?』って言ってて。早くしろよと思いつつ見てたら度数んとこ手で隠してたんだよね」
あ……すごい気付きだ。そうだ、テレクラは女が掛けるのはタダだってノリが言ってたわ。フリーダイヤルだとテレカの度数が減らない……テレクラをしてると疑われたくないから手で隠してた……すごいな。そんな知恵が回るなんて。「用意周到」ってやつだ。ていうか、学校からも掛けてたのか。
「で、出て来たのが嶋田さんだったからびっくりしちゃったんだよね」
「ね!あんな地味な子がテレクラしてるんだ~って」
「それ、いつ?」
「夏休みの前だったかなぁ」
「もっと前だったよ、冬服着てたから5月?とか」
えっ、マジかよ。私にテレクラをしてるってこと話してくる前じゃん。私が知る前からコギャル軍団はノリがテレクラしてるっぽいこと気付いてたのか!
「嶋田さんが学校来ないのはそれと関係あんのかなって思ったんだよねぇ。だから訊いたの。南くんは知ってた?」
「知らなかったよ」
学校からテレクラをしてたってことをね。
「ホント~?仲良かったのに知らなかったの?」
ああ、意地悪だなぁ。そこそこ、じゃなくてもう噂はかなり広がってるんだろうか。けどコギャル軍団は平井にチクることはしなかったんだな。コギャル軍団は平井の犬になるような子たちじゃないし、チクっても平井は信じなかったと思うし、自分たちも煙草とかバイトとかまずいことしてるし……うん。面倒に巻き込まれる危険があるのにわざわざチクろうとは思わないよなぁ。ああ、どうなるのかますます分からなくなってきた。

「あの子、もう来ないんじゃない?」
「多分ね」
「びっくりした?」
「うん、ちょっと」
コギャル軍団はどうやら「事件」のことまでは知らないみたいで少しホッとした。あ、あの日チーちゃんとまゆみんは話を聞いてたよな、多分。怖いな、噂って。全くの嘘ではないけどところどころ違ったりするのがこれまたいやらしいんだ。

その日、授業が終わってホームルームの時間。平井がなんだか苛立っている。まぁ、いつものことなんだけど何かあったな、こりゃ。ほら、案の定だ。
「南さん、お話があるから残るように」
また私の名前だけ。本当にムカつくな。けどクラスの子たちに妙な興味を持たれるのも面倒だからこれでいいか。でもさぁ、みんなバカじゃないよ。何度もみんなの前で私に残るように言うなんて、なんか怪しいって気付いてる子もいるんじゃないか。かといってこっそり呼び出されるのも嫌だしなぁ。ていうか、教室で話してたら誰かに聞かれるんじゃ?ああ、私、いつも要らないことばっかり考えてる。

「あんたたち、早く帰りなさい!」とお喋りをしてる子たちに怒鳴る平井。あ~あ……怪しまれるだろ、これ。私たち以外誰もいなくなると平井は
「あんたたち、誰かに例のこと話した?」と小さな声で言った。
えっ、なにそれ。やっぱりどこかから漏れたのか。それともカマを掛けられてるのか。
「話してないです」
「私も話してません」
キクちゃんはまた黙ってる。
「菊田さんはっ!?」
「話してないです」
「みんな、本当ね?話したならちゃんと正直におっしゃい」
「話してないです、本当に」
「本当です」
「あんたたちを信じていいのね?」
「はい」
「はい」
「誰とは言えないんだけど、嶋田さんが学校に来ないのはテレクラをやってたからだと疑ってる先生がいます」
怪しいなぁ。本当かなぁ。やっぱりカマ掛けられてるのか?
「誰なんですか?」
トンちゃんが訊く。
「誰とは言えないって言ったでしょう!」
だからさ、でっかい声出すなって。それにトンちゃんに怒るのはおかしいだろ。
「場所、移動した方がいいんじゃないでしょうか」
「いいわよ、ここで!」
よくないだろ…….
「噂が広がっちゃってるのよ。それも面白おかしくね」
面白おかしく?うーん、そんなことになってるならクラスの子たちが騒いでてもおかしくないんだけどなぁ。
「あの日、ノリに電話したんですか?」
「したわよ!けど今はその話は関係ないでしょ!」
何を言っても無駄だ。
「今はこれ以上話せないんだけど、誰かに何か訊かれても知らぬ存ぜぬで。誰かに何か言われたらすぐに先生に教えてちょうだい」
はぁ……。
「分かったの?あんたたち、先生の話聞いてた?返事は?」
「……はい」
「……はい」
「じゃ、もう行って!これ以上噂が広がったら大変だから」

「面倒なことになっちゃったね」
「ゴメン」
「トンちゃん悪いことしてないじゃん」
「でも、平井に相談しようって言ったのは私だから……南くんはやめとけって言ったのに」
「しょーがないよ……」
「うん……」
ああ、トンちゃんまで学校に来なくなっちゃったらどうしよう。ここのところずっとしてるように学校から少し離れたところのバス停まで歩く。
「また明日ね!」
「うん」
バスに乗る2人を見送って家まで歩く。帰りたくないなぁ……辛い家と学校だけの私の生活。私もいっそ、道を外せたらいいのに。