禍群重弩衆 スリー・ミニッツ・サヴァイヴァー
手当、または修理、あるいは、そのどちらも。
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薄紫色のおさげ髪を微かに揺らし、すん、すんと啜り泣くのはこの家の主人である。外見的には少女と呼んで差し支えない。
この猛暑にも関わらず、小さな中庭に面した畳部屋の障子戸はぴっちりと閉じられ、陽射しの侵入を許さない。部屋の角では氷牙竜を模したからくり冷風機が規則的に首を振り、中は快適な室温が保たれている。
襦袢姿で布団に寝ているのは、水色のココットショートの女。医者アイルーのゼンチは診察を終え、ヒゲをひと撫ですると、彼女を囲む狩人たちを見回した。
「脈拍低下、瞳孔拡散、四肢冷感…急性ヘビィボウガン欠乏で間違いないニャ。最近、担げてないんじゃないかの?」
「エイム・Eの妃竜砲はハモンさんの元で修理中なのだ。かれこれ3日経つ」
啜り泣く少女の横にどっかと座る鎧の狩人が、金ピカ兜の内側から声を発した。男とも女ともつかぬ声色。
「ハモン殿の腕で3日もかかるとは。余程派手にやられたようだニャ」
「モンスターに壊されたのではないのだ。実は…」
中庭にどすん、と何かが落ちる音が、鎧の狩人…ランマルスの言葉を遮った。かような猛暑日に愚かにも屋根で昼寝していたアイルーの熱中症墜落事故案件か?否。何者かが翔蟲を使い、敷地内に直接侵入してきたのだ。障子戸越しに見える黒い影はツカツカと縁側に上がり、一度振り返って履き物を揃えると、片手で力強く戸を開いた。スパァン!
「起きろ、エイム・E。おまえの妃竜砲だ」
闖入者は脇に抱えた荷物の包み布をバサリと剥ぎ取った。中から現れたのは、存在する空間に緊張をもたらすような、洗練されたフォルムの、雌火竜素材のヘビィボウガンであった。その銃口は開いた障子戸から射す光を受け、鈍く、美しく、輝いていた。
「ガ性ガ強太郎…!修理が終わったのね!?」
「今しがたハモン殿から受領した。ヘビィチャン、手伝え」
「任せて!」
ヘビィチャンと呼ばれた啜り泣き少女は袖でぐしゃぐしゃの顔面を拭い、瞳に活力を漲らせると、後ろからエイム・Eの上体を起こし、両手で顔を前に向けさせた。ガ性ガ強太郎はその鼻先に妃竜砲の中折れジョイント部を近づける。
「ン…」
エイム・Eの眉根が微かに動く。ランマルスが何処からか取り出した扇子で、妃竜砲をぱたぱたと扇いだ。エイム・Eの鼻腔を、機械油と火薬の香りが満たしていく。咽せ返るような熱の香り。懐かしく猛々しいヘビィボウガンの香り…!
「ん…ンン゛ン゛ン゛ーーッ」!!
エイム・Eは鼻からキメたヘビィボウガンにより覚醒した!ガクガクと震え、白目を剥く!彼女は獣のような唸り声を上げると、くったりとうなだれ…そして顔を上げた。
「ああ…ひでェ目にあった…」
「災難だったな」
「アタシの妃竜砲…アリガト」
エイム・Eは妃竜砲の表面をそっと撫でた。
「して、一体何があったのニャ?」
「エイム・Eは新技を試そうとして、妃竜砲をひどく痛めてしまったのだ…」
ランマルスは一冊の小さな本を取り出した。色褪せた表紙には、外の文字で書かれた『武器の知識書Ⅲ【龍歴院出版】』のタイトルが、煌びやかに踊っていた。
(テーマ:手当て、修理)
リミッター解除はRARE6からになります。
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「ロンディーネ殿から仕入れた。この書には他の地方のヘビィボウガンについての記載がある…この書がどうしても読みたくて、皆でエイム・Eに文字を教わったのだ」
大義そうにページを捲っていったランマルスは、やがてひとつの段落を指差した。それは立膝姿勢で射撃を行う勇壮なガンナーの挿絵と、その解説文であった。
「しゃがみ撃ち。そいつを試したら、アタシの妃竜砲、ケムリ吐いてブッ壊れちまった」
「内部機構が融解しかかっていたとのことだ。基幹部はほぼ総取っ替え。武器の性能が運用方法に追いついていないらしい」
「姿勢を落として反動を受け止めながら、高速連射する射撃法なの」
「恐るべき技だ!ゆえに、魅力的でもある…」
口々に語る重弩衆を前に、ゼンチはただただ頷くばかりであった。この者らの命は、ヘビィボウガンと共に在るのだ。傾聴は医師の重要技術である。
「アーア。しゃがみ撃ち、体得したかったな…武器側が合ってないんじゃしょうがねェか」
エイム・Eは胡座をかき、ワシャワシャと頭を掻く。
「うん!しゃがみ撃ちは素晴らしい技だからね!」
エイム・Eがびくりと振り返ると、ニコニコ笑顔の男がいつのまにか、隣にしゃがみ込んでいる。
「ウツシ教官!?ビ、ビビらせんなよ!」
「やあ、愛弟子たち。エイム・E、元気で何よりだよ」
「あら、いらっしゃいませ。お茶どうぞ」
ヘビィチャンがよく冷えた麦茶を差し出すと、ウツシは一気に飲み干し、景気よくおかわりを所望した。
「ハモンさんによると、しゃがみ撃ち機構はユクモ村の工房が実用化に漕ぎつけた技術なんだって。だけど、この機構をつけたヘビィボウガンには、ある種の制限…つまりリミッターが必要になる。具体的には、射撃の威力を落とす必要があるんだ。ハモンさんはハッキリとは言わなかったけど、おそらくは狙撃竜弾や機関竜弾も使えなくなるだろうね」
ウツシは妃竜砲をちらりと見た。狙撃竜弾は、エイム・Eの戦術の根幹である。
「一部の地方では、このリミッターを解除することでヘビィボウガン本来の射撃威力を引き出す加工も行っている。だけど、その代わりにしゃがみ撃ちは使えなくなる。その本には載ってないかな…とにかく、通常威力のヘビィボウガンではしゃがみ撃ちを行うことはできない」
「何事にも代償はあるということか。そういうことならば、我が愛砲の威力を削いでまで得たい技かは悩むところであるな…」
「だが、連射力の獲得は確かに捨て難い…」
腕を組み、そっくりなポーズで思案するランマルスとガ性ガ強太郎。
「そこで、なんだけどね。今回の事件を踏まえて、このしゃがみ撃ちをどうにかリミッター無しで実現できないか、ハモンさんに相談してみたんだ。実は、全ての武器種の新しい入れ替え技を作ってる最中でね…その候補というわけ。他のハンターにはまだ内緒だよ」
ヘビィチャンとゼンチは目を見合わせた。修練場で新技の名を叫んでいたのは、本人としては秘密特訓のつもりだったようだ。
「で、出来んの?」
「今の技術でも作れそうなんだけど、ハモンさんは納得がいってないみたいだ。『しゃがみ撃ちができるヘビィボウガンを持って来れんか。分解して中を見てみたい』だって」
「つまり、ユクモ村に行って、ヘビィボウガンを一丁作ってくればいい…ってコトだよな?」
「流石はオレの愛弟子!話が早くて助かるよ。武器の交易は手続きが煩雑だし、ギルドの監査も厳しくなる。ハンターが出向いて現地で製造するほうが面倒が少ない。それに、しゃがみ撃ちの技術はほかのもの…例えばガンランスの砲撃機構や、大掛かりな防衛兵器にも転用が効きそうなんだよね」
ウツシはやおら立ち上がり、懐から書状を取り出した。
「さあ、我が愛弟子たちに、里長からの緊急任務だ!禍群重弩衆よ、カムラ式しゃがみ撃ちの実現の為、この書状を持ってユクモ村の工房へ赴き、技術協力をお願いし、ヘビィボウガンを持ち帰ってきて欲しい!…ホントはオレが行ければいいんだけど、ギルドのお仕事山積みで里から出られないのよ…」
「話が早いのはウツシ教官のほうだよな」
エイム・Eは立ち上がり、奇妙な手足の曲げ伸ばしを行った。ランマルスが普段から行う奇怪体操の真似である。やがて本家本元が手本を見せ始め、ヘビィチャンとウツシもこれに倣った。ガ性ガ強太郎はその様子をしばし眺めていたが…やがてこれに加わった。
(テーマ:制限)
「危機は成長の好機」は結果論に過ぎない。
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狩場にガンナーが複数いる場合の立ち回りは、概ねこうである。獲物の弱点をどこからでも狙えるのなら、獲物を囲んでしまうのがよい。獲物がいちどに狙える狩人はひとり。残りの狩人が、一斉に射撃する。これは至極簡単な話だ。
獲物の弱点が頭部である場合、獲物の正面に陣取る。各ガンナーと獲物の距離は、ケースバイケースだ。獲物が突進に長けていた場合、後衛を狙った突進に前衛が轢かれるケースがあるから、中距離に固まっていた方がよい。攻撃が来たら、左右に分かれて回避を行う。
獲物がその場から動かずに遠距離への飛び道具と近距離への肉弾戦を使い分けるタイプなら、ガンナーも前衛と後衛に分かれるのが望ましい。狙われていない方のガンナーが猛攻撃を仕掛け、狙われたガンナーへの攻撃を阻害し、自分に注意を引く。これを繰り返すことで、獲物はなす術もなく死ぬ。
どの場合でも気をつけなければならないのは、自分を狙った攻撃を避けようとして、他者を巻き込んでしまうことだ。モンスターの注意を引いた時は、回避の方向に気をつけなければならない。
そうして、もうひとつ。
モンスターが1人のハンターを執拗に狙い続ける場合にも、注意しなければならない…
「ウオオアアアアッ!!」
月下の渓流。泡まみれのエイム・Eがかろうじてヘッドスライディングを繰り出すと、彼女が1秒前までにいた草地に、群青色の尻尾が力強く叩きつけられた。周囲に泡沫が飛び散り、淡い焔が爆ぜる。
ユクモ村の武具職人は、禍群重弩衆の申し出を快諾したが、交換条件を提示した。付近の狩場、渓流に現れ、湯治客を足止めしているタマミツネの特殊個体の狩猟である。村つきのハンターは、運悪く遠征で不在なのだという。
爆発性の泡沫を操る特徴から、禍群重弩衆の面々は該当個体を『ヌシ・タマミツネ』と結論づけた。狩り慣れた相手である…筈であった。
「この子、泡で獲物の動きを制限してから執拗に攻め立てるみたいね!」
「明らかに、我々の知るヌシではないぞ!」
ヘビィチャンとランマルスが伏せ姿勢となり、周囲を無差別に薙ぎ払う水流ブレスを避ける。ガ性ガ強太郎は腹筋に力を込め、毒妖砲ヒルヴグーラの無敵のシールドで水流を耐えた。タマミツネの猛攻は、再びエイム・Eに向く。
「狙っていない相手への攻撃は粗雑そのものだな。出鱈目に暴れて接近を許さないと言ったところか」
「強太郎が泡に当たって注意を引くのはどうか!?」
「無理だ。この泡は滑りが尋常ではない。踏ん張りが効かぬ」
ガ性ガ強太郎は忌々しげに近くの泡溜まりを睨み、火炎弾で蒸発させた。この泡溜まりが厄介で、3人はタマミツネとの距離を上手に取ることが出来ていない。今や3人にできるのは、猛攻に晒されるエイム・Eが耐え切るのを祈りつつ、遠距離からの集中砲火でタマミツネの命を削り続けることのみである。
「拘束さえ出来ればエイム・Eを助けられるのだが…!」
ヌシに罠は効かないのは彼らの里での常識であったが、あるいは、持ち込んでおくべきではあったかもしれない。ランマルスは徹甲榴弾による気絶を狙えていなかった。泡で行動を制限されたエイム・Eの動きは不規則で、タマミツネの頭部を狙うのは誤射の危険が高すぎるからだ。そもそも、エイム・Eが泡まみれになってしまったのも、タマミツネが閃光玉をものともせずに行動を続けたのが理由である。
「最近ツイてねえ、な!消散剤持ってくりゃよかっ、た!」
おぼつかない足取りで爪の連撃を避けつつ、エイム・Eは反撃の通常弾を撃つ。視力に長け、狙撃を主戦術とするエイム・Eは直感的に理解していた。このタマミツネには、視力が無い。何かしらの方法で、泡に塗れた者を探知している…
ずるり。エイム・Eの足が滑り、彼女は動きを止めた。足元の草が凹み、中からタマミツネの滑液が滲み出ている。タマミツネは全身のバネをたわめると、その身を仰け反らせて跳躍を行った。己の体躯を地面に叩きつける、必殺の質量攻撃である。遠くに、ガ性ガ強太郎たちの声。
竜に意思があるのかは、わからない。だが、エイム・Eは確かに、タマミツネの口の端が愉悦に歪むのを見た。意思ある者を挫く、悪意のサイン。
エイム・Eは息を深く吐き、妃竜砲を納刀寸前の姿勢に構えていた。今すぐに納刀して逃げ出したくなる恐怖心を、勇気によって上書きする。魂を削る感覚に全身が悲鳴をあげる。
インパクトの直前、エイム・Eは妃竜砲に身を任せ、全身の力を抜いた。彼女の身体は重力に従って後方に大きく転がり、ボディプレスの範囲外に抜けた!立ち上がる水飛沫!
「ハァーッ…あっぶね…!こっちのオタメシは上手くいったぜ!ピンチはチャンスってやつだな」
エイム・Eは口元を拭う。彼女がしゃがみ撃ちと共に体得を試みていた技…龍歴院式・緊急転身回避術【勇】は、またの名を『イナシ』という。彼女にまとわりついていた泡は泥に塗れて急速に粘度を失い、泡沫となって消えていった。
タマミツネは不服そうな唸り声を上げ、光なき眼でエイム・Eを見た。睨むことを忘れた者に、獲物の威圧ができようか。エイム・Eの口元が愉悦に歪む。
『狩り』が始まった。
(お題:成長)
砲令遵守-コンプランマルス-
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ユクモ村の工房…切り盛りする当人曰く『鍛冶屋』…は、村の入り口から集会浴場へ続く上り坂の途中、大通りに面した立地である。燃え盛る炉の熱気が揶揄うように道ゆく湯治客の頬を撫で、彼らは一様に足を止めるのだった。その鍛冶屋の前に、重弩を携えた狩人が4人。
「あぅあぅ。件のタマミツネの狩猟、御苦労だったなぅ。ワレぁの得物見て腕利きなのはわかってたけぇ、なぁんも心配はしてなかったがなぅ」
呵呵として笑うのは鍛冶屋の竜人職人である。老齢の竜人族にはゴコクのように体躯が極端に膨れ上がるものと、極端に小柄になるものがおり、この職人は後者であった。
「我々の考えていた以上に珍しい個体らしく、事後処理はギルドに預けました。素材は村で受け取っていただきたい。どのみち、持ち帰れぬ旅程ゆえ」
「気ぃ遣わんでも、望みのモノは造っちゃるけぇ、安心して待ってるがいいなぅ!ワレぁ、狩から戻ってそのまま来たろ?折角ユクモに来たんだ、まずは温泉で汚れを落として、ゆっくり過ごすのがスジっちぅもんよぅ!」
成程観光地までやって来て、用事だけ果たして帰還というのも無粋ではある。禍群重弩衆は鍛冶屋に一礼し、集会浴場に向かって歩き始めた。
「足に腰に肩、労わんなきゃいけない部位が多すぎるわ」
「俺たちは畢竟、うさ団子の薬効と日々の鍛錬で身体を強く保っているに過ぎぬ。良きガンナーで在る為には、休息も疎かには出来んな」
「ソレ、聞き飽きた」
「確かに!」
ランマルスは3人の会話に相槌をうちつつ、どこか遠くの空を見た。
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「なあ、番台さん、なにも大浴場に入れてくれとは言わねぇんだ。風紀は守るよ。だけど、どうにかコイツでも温泉を楽しめる方法、なんかねぇかな?」
全員が薄々勘付いていたことではあるが、ランマルスが鎧のまま温泉に浸かるのは完全なマナー違反であった。そもそも混浴とはいえ、性別で区分けされている脱衣所の前で、この怪人をどちらに進ませるべきかもよくわからない。
奥ゆかしく入浴を辞退するランマルスのマントをぐいとひっぱり、番台に直談判に来たのはエイム・Eである。彼女はランマルスが秘密の多い存在であること、真っ当な狩人ではあること、このアホをいっぺん温泉に沈めてやりたいことなどを力説した。
浴場を執り仕切る番台アイルーはぷにゃう、と唸って思案を始めた。ランマルスは籠手に覆われた己の手甲に視線を落とす。難儀な心を持ったものだ、と独りごちながら。
(お題:秘密)
謝意を。シャイに。
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「事情は分かりましたニャ。この番台アイルー、温泉を愛するすべてのお客様にご満足いただくのが至上の喜び。…コノハ、これへ!」
番台が扇子をペチンと鳴らすと、集会所エリアにいた桃色制服の受付嬢が元気よく返事をし、カウンターをダイナミックに飛び越えて、爆速のダッシュで参上した。
「コノハ、浴場は走らないのニャ」
「スミマセン!しかし、話は全て聞きましたよ!かくいう私も、普段は溢れ出る敏腕受付嬢のオーラをどうやって隠すかに悩みに悩んでいる身!ご安心ください。ここの集会浴場はしばらく老朽化で封鎖になっていたんですけど、折角だから改装のついでに子供からお年寄りまで安心安全に入浴ができる仕組みを作ろうということになりまして。時代は『ばりあふりー』ってヤツなのですよ(中略)えーとつまりですね、あちらの個室でお着替えください。入浴セットは中に手配しておきますから。あとは手筈通りに!」
「コノハ、話が長いニャ」
「スミマセン!」
敏腕受付嬢(?)はユクモ村集会浴場の歴史、改修に至る迄の経緯、狂瀾怒濤の集客作戦、コノハ武勇伝などを機関竜弾の如くまくしたてると、来た時の逆再生めいた爆速で受付カウンターへと戻って行った。
「お客さんがのぼせたニャー!」
「ツレを待つ時間が長すぎたらしいニャ!」
エイム・Eとランマルスの後ろを、小柄な女と黒髪短髪の男が顔に白い布を被せられて担架で運ばれていく。
「湯当たりか。アタシらも気をつけねーとな。じゃ、ランマルス。後でなー」
手をひらひらと振りながら脱衣所に向かうエイム・Eに、ランマルスは深々と頭を下げた。
××××××禍群重弩衆××××××
「アッハハハハ!お前!それ、考えたな!」
腹を抱えて悶えるエイム・Eの前には、金ピカインゴットヘルムを被った怪人。その全身は敷布ほどの面積の巨大ユアミタオルですっぽりと覆われ、てるてる坊主の妖怪めいている。露出部分は僅かな首元のみで、これは本人の許容範囲だ。
「素足にはサラシを巻く許可をいただいた!兜は…脱ぎたくない客も割といるらしく、そもそも脱ぐ必要は無いとのことだ。見よ、同志だ!」
ランマルスが示した先には、アイルーの被り物ですっぽりと頭部を隠した男ハンターが肩まで温泉に浸かり、彩鳥の人形を湯面に浮かべて遊んでいた。アイルー男はランマルスの視線に気がつくと、戯けたような会釈を返す。
「ヘビィチャンとガ性ガ強太郎が見当たらんな」
「アイツら飽きっぽいんだよな…アタシらはゆっくり浸かろうぜ」
「見ろ!泡の出る湯だ!」
エイム・Eとランマルスは湯に飛び込み、番台に怒られた。
(お題:感謝)
3秒で夢に融ける知覚
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「どこで読んだのかも覚えちゃいねぇし、ホントかどうかも知らないんだけどさ」
昼下がり。カムラの里。集会所。ココットショートの女が、目の醒めるような朱色の欄干にもたれかかってぼんやりと呟いた。
「夢って、目の醒める3秒前くらいに瞬間的に見てるモンなんだってさ。夢の中では何十分、何時間と経っててもさ、3秒で、脳ミソがそういうウソの記憶を作るんだと」
女は欄干から、遠くの船に手を振った。船はボ、ボボ、と不規則な汽笛で返事をすると、海の中へと沈んでゆく。あの船はウミウシボウズなのだろう。
女はジョッキの中身を一気に飲み干すと、漁に出かけるといい、クエストカウンターへと向かう。真っ白な制服のギルドガールが、景気良く大銅鑼を叩き割った。タンジアの港に来てから、どのくらいの日が経っただろうか?ガ性ガ強太郎は弾丸を装填しながら、テーブルの影から顔を出す。ナルガクルガと目が合った。真っ直ぐな敵意。まずい…!
「おはようございます。朝早くに申し訳ございません」
ガ性ガ強太郎がぱちりと目を開けると、目の前には受付嬢のミノト。エイム・Eたちも同時に目を覚まし、意外な来訪者に目を擦った。
「アレ?こんな早くに、なんか用事?」
「ヒノエ姉様が、皆様のヘビィボウガンを所望しています」
妙な夢は、ミノトの気配が原因か。ガ性ガ強太郎はひとりごちる。
「どういうことだ?使用武器を弓から転向したいという話か?」
「いえ、うさ団子に混ぜて食べたいと申しておりました」
「そうか。なんだと?」
ミノトは経緯を話した。里の大規模な防衛訓練を行なった、先日の午後のこと。ヒノエは運動をしたこともあってか平時よりも激しい空腹に苛まれ、茶屋のヨモギにうさ団子の増産を依頼した。これを平らげたヒノエ曰く、この時に食べたうさ団子は、ふだんとは一味違う刺激的なものだったのだという。
もう一度あの味が食べたいと宣うヒノエの願いを受け、ミノトは当時の状況を調べ上げた。その結果、飢え渇く受付嬢の姿を見兼ねたヨモギは、カムラノ鉄重弩による射撃訓練を終えたのち、着の身着のままで調理にあたっていたことが突き止められたのだ。
「つまり…ヘビィボウガンを触った手で、ヘビィボウガンの硝煙に塗れたまま、だんごを捏ねていた…ってコトか?」
「ヨモギちゃん、いつも素手だもんね」
「オテマエは食品衛生の観念を教えなかったのか?」
「オテマエ殿も素手だな!」
こほん、と咳をしてミノトは話を続ける。
「ヒノエ姉様ならば、何を食べてもお腹は壊しません…それはさておき、この状況から推測すると、ヒノエ姉様が所望するおだんごの味とは…つまり、ヘビィボウガンの味なのです」
4人は言葉を失った。ヘビィボウガンを…食べる…?ヒノエの頭はどうかしてしまったのか。
「禍群重弩衆の皆様であれば、食用に適したヘビィボウガンが如何なるものかにも明るいかと思いまして、こうして馳せ参じたのです」
「待て。思考が追いつかぬ。そもそも…」
「まあ、おいしそうなヘビィボウガン!」
戸口に立っていたのは当のヒノエ姉様であった。ヒノエは壁側の武器スタンドにかけてあったガ性ガ強太郎の毒妖砲ヒルヴグーラに駆け寄ると、大口を開けて齧り付いた。あむあむ、がじがじと不穏な音が鳴り響き、ヒルヴグーラはヒノエの涎にまみれてゆく。
「やめろ、食べないでくれ…やめろ…」
ガ性ガ強太郎がぱちりと目を開けると、怪訝な顔をしたヘビィチャンと目が合った。カムラ…タンジア…否、ここはユクモ村の宿。辺りはまだ暗く、エイム・Eとランマルスはすやすやと寝息を出ている。
「…古龍におしりを齧られる夢でも見たの?」
「概ね、そんなところだ」
ガ性ガ強太郎は額の汗を拭い、隣を見た。
そこにはいつもと変わらぬ己の愛砲がある。ガ性ガ強太郎はヒルヴグーラに布団を掛け直してやった。
(お題:睡眠)
ブランク・ブレイン・バスタード
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ヘビィチャンとランマルスは土産屋の前で舌鼓を打っていた。その掌には、名物のユクモ温泉たまご。一人一個、景気良く振舞われた試食品は二人の胃袋を完全に掴み、強烈に購買意欲を駆り立てる。フェイスガードの隙間から器用に木匙を挿し込むランマルスは、感嘆の声を漏らした。
「天にも昇る旨さ!里の皆にも食べさせたい!」
「これは『買い』ね!割らずに持って帰れるかしら?」
「専用容器は別料金だけど、24個セットで買ってもらえれば無料ですよ〜。冷めても美味しいから、お土産に配ってもいいし、独り占めだってできちゃいます。いかがですか〜?」
店員さんの甘言になす術もなく、ヘビィチャンは懐からウサギ柄の小銭入れを取り出した。談笑しながら歩いてきた三人組の男のひとりが彼女に激突したのは、その時であった。男はヘビィチャンをギロリと睨んで舌打ちをする。
「痛って!気ぃつけろやクソチビ!」
「何を言うか!余所見をしていたのは貴殿…」
「いつものことよランマルス」
ヘビィチャンは男らに目もくれず、取り落とした小銭入れの土埃を払う。背の低いヘビィチャンは、しばしば他人の死角に入ってしまうことがあった。男達は湯治のハンターだと思われたが、強者の風格はまるで感じられない。チンピラ風情に取り合うのは時間の無駄である。
「嬢ちゃん、ひるみ軽減はちゃんとつけなきゃだよ〜?」
「バーカ!死ね!バーカ!」
男達は毒づきながら去っていく。
「ダッセェ武器使いやがって」
"その言葉"が吐かれた刹那、男達の合間を、一陣の白い風が吹き抜けた。風は誰にも見咎められることなく、元いた小さな狩人の胸元に、あるいは、赤い甲冑を包む外套の陰に戻り来る。
一拍置いて、男達はその場に崩れ落ちた。
「痛ッ!?」「なんだァ!?」「体が動かねえ!」
もがく男達の体には燐光を放つ絹糸のようなものが何重にも巻きつき、その動きを完全に封じ込めていた。見る人が見れば、それは鉄蟲糸であったと証言するだろう。
「あら、ランマルス、人が寝転んでいるわ?」
「むむ!こんな道の真ん中で?面妖也!頭の病気ではなかろうか?」
「かわいそう!アタマ空っぽなのね!」
二人のヘビィガンナーは恐慌に陥る男達をゆっくりと取り囲んだ。男達は瞬時に悟った。この者達が、身体の自由を奪ったのだと。間違った相手を、軽率に侮辱してしまったのだと。
「あなた達の空っぽ、治してあげたいわ」
「そこに温泉がある!我々が手伝ってやろう!」
ヘビィチャンとランマルスは必死に抵抗する三人を近くの足湯まで引きずっていった。重弩を軽々と持ち上げる二人の膂力に、身体を拘束されて数珠繋ぎとなった男たちは成す術が無い。トラブルの気配を察して客の逃げ去った足湯に、ヘビィチャンは男たちを蹴り落とした。
「治るといいわね!」
「ふぅーむ…」
ランマルスが首を傾げながら、足湯の隣に立つ効能書きの看板を見る。そこには、『水虫・白癬・いんきんたむし』の文字が踊っていた。
「お前達、何をしている」
顰めっ面の男が顔を出し、二人の奇行を咎めた。
「おお、ガ性ガ強太郎。病人の救護だ!」
「お土産選びよ」
「どうせ手遅れだ。捨て置け。土産物は……郵便屋さんで里に送るのがよかろう。完成した重弩も、既に郵送を手配した」
「郵便屋さん?」
「アタシらは、まだ帰れねェんだ。今から、アレに乗る!」
ガ性ガ強太郎の背後から現れたエイム・Eが、温泉卵を啜りながら天を指差した。
ユクモ村の上空より、一隻の飛行船が降り来たる最中であった。
(お題:空)
ゆくもの
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「完成したヘビィボウガン、触ってみたかったのだけど」
ヘビィチャンはお土産ではち切れんばかりの葛籠の帯を締めながら、ぷうと頬を膨らませた。ガ性ガ強太郎に詳しい話はあとだと急かされ、宿へ戻って荷造りを終えたところだ。表通りが騒がしい。マヌケな観光客が偶然足湯で溺れていたためだ。とても迷惑です。
「まあ、そう言うなかれよ。冒険に次ぐ冒険、大いに結構!飛行船には、このマークがあった。龍歴院が関わっているとなれば、間違いなく新たな発見が待っているであろうよ」
ランマルスは件の冊子…『武器の知識書Ⅲ【龍歴院出版】』を指差し、インゴットヘルムの下で莞爾と笑った。ランマルスの荷物は信じられない程に少なく、最低限の猟具を詰めた質素を麻袋をひとつ、腰からぶら下げている。赤金の豪奢な鎧とは不釣り合いであった。
「ハモンさん、あたし達が帰る前にあれをバラバラにしてないといいんだけど…あたしはあのヘビィボウガンの名前すら知らないのに」
「ユクモ連山重弩、だってさ。ハモンさんならバラしたってすぐに戻してもらえンだろ。ッてか、新しいのを全員分作ってくれるかもよ?」
2人を迎えにやってきたエイム・Eが戸口に顔を覗かせた。ガ性ガ強太郎は発着場で搭乗手続きの最中だ。
3人は宿を出て、村外れの発着場に歩き出す。降りしきる紅葉。この村には季節感というものがない。石段を降りながら、ヘビィチャンは一度、うしろを振り返った。
「さっきのは龍歴院の船。で、アタシらはアレに乗って、ポッケ村ってとこに行く」
木々に囲まれた村はずれの古道を歩きながら、エイム・Eが経緯を語る。加工屋のジイさん曰く、彼が生み出したしゃがみ撃ち機構は、ポッケ村の村付きガンナーが編み出した『自動装填』と呼ばれる技術の"でちゅうん版"に過ぎないのだそうだ。しゃがみ撃ちの真髄に触れたいのであれば、ポッケ村を訪ねてみる価値はある。ちょうど件のタマミツネの事後調査に来る飛行船の航路であるから、このまま乗ってしまったらどうか…ジイさんの提案は概ねこんなところであった。
ふむふむと頷きながら聞いていたヘビィチャンの顔は徐々に緩み、今や満面の笑みになっていた。ランマルスの兜の下もおそらく同様であろう。
「自動装填!なんと頼もしい響きか!」
「しゃがみ撃ちは姿勢を低くして反動制御をするって本に書いてあったろ?ポッケ村にはとんでもない怪力のガンナーがいてさ…しゃがまなくても、立ったまま反動制御を行っていたんだってさ」
「それを誰でも使えるようにしたのがしゃがみ撃ち機構、という訳か」
「ん、待って。『いた』?」
「そのガンナー、今は村を離れてンだって。会ってハナシ訊けりゃ最高だけどさ…」
古道の先には開けた場所があり、中型の飛行船が停まっていた。腕組みをして木箱に寄りかかり、じっと3人を睨んでいるのはガ性ガ強太郎だ。
「アー…早くしろ、とでも言いたげだな?」
「話が早いな」
「別に急ぐ理由もないだろ」
カムラの里では現在、ハンターが里の外へ出たっきり中々戻ってこない事が常態化しつつある。フゲンもゴコクもそれを咎めようとはしない。百竜夜行への備えとして長らく彼らを里に押し込めていたことに対する贖罪か。あるいは、里の外で見聞を広めてこいという言外の意もあろうか。
「急いで!上で他の船と合流するんですから!」
飛行帽を被った船員が3人を見つけると、ぐるぐると腕を回して乗船を促した。
(お題:発見)
つづく
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