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親友の通夜の日に起きた不思議な出来事について、あるいは、87-18。

2018年の秋、学生時代からの親友で、社会人になってからも一緒にモータスポーツをやっていた加藤が死んだ。

職場での事故だった。

夜、雨の中、北陸道を走り、通夜に向かった。

福井を過ぎたあたりから、雨は本降りになった。

皆で故人をしのんで夜をそのまま明かそうと思っていたのだが、加藤と俺をつなぐ結節点を共有する人間は俺を含め3人だけで、親族の人達以外は皆帰宅していた。

奥さんの心労を考えると、場を移した方が良さそうに思えた。

 ・・・

俺達3人は、宿の近くの繁華街(と呼べるかどうかは微妙だが)で、適当な居酒屋を見つけ、入った。

ガラガラと音のする引き戸を開けると、カウンターには客はおらず、3つあるテーブル席の手前の角席に学生が3人飲んでいるだけだった。俺達は、学生と反対側の角席のテーブルを囲むように座った。

取り立てて、何の特徴もない居酒屋だ。

いかにもやる気なさげなウェイトレスが手持ち無沙汰にしていた。

繁盛していないから、モチベーションの上がらない時給しか出せないのかもしれない。

その日の道のりを報告し合っていると、スローモーションなウェイトレスがようやく注文を取りに来たので、俺達は生ビールを注文した。

「生3つね。」

「3つでいいんですか?」

「うん。あとエイヒレと。」

学生時代の友人というのは、本当に特別で得難い存在だ。

いくつになっても、そこには駆け引きなど存在しないし、お互い思ったことをきちんと言い合える。

喧嘩になることもあるけれど、別れた後で「ま、お互い頑固だからな」って互いに思える。

俺達は夜中まで、加藤との思い出話をした。

そして、人生随分遠いところまで来てしまったことを実感した。

時間の不可逆性、とは、こういうことなんだな、と。

 ・・・

しこたま飲んで宿に帰り、服のままベッドに寝転んで、ふと思った。

なぜ、あのウエイトレス、わざわざ「3つでいいんですか?」なんて訊いたんだろう、と。

3人で居酒屋に入って、生ビールを3つ頼んで、わざわざ「3つでいいんですか?」と確認するだろうか。しかも、あのやる気がまったく感じられないウェイトレスがだ。

他の客は学生だけ、誰かがトイレに行ったらすぐに分かるくらいの店だ。

「加藤?」

そう思ったら、なんだか楽しくなった。

気が付くとそのまま眠ってしまっていたようだけど、不思議と何の夢も見なかった。

・・・

翌日は、ビックリするような快晴だった。

どこかに出発するには、最高の天気だ。

シャワーをして、残っていた原稿を仕上げ、荷物をまとめた。

久しぶりに見る、晴れた日の、その街の風景は、学生時代から何も変わっていないように思えた。

リスタート。

随分遠いところまで来たけど、まだ、もう少し行けそうな気がしてきたよ。

少し寒くなったその街の郊外を、フォルクスワーゲン・ゴルフの窓を開けて国道41号線を南に向かった。

あの年の春と同じ匂いがした。

・・・

(Photo: Olympus TRIP 35, Fujifilm Super HGV 400, EPSON GT-X900, VueScan Professional)


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