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【3分で読むエンジニア物語】 第13話 誰も知らないバグ

田中亮介は25歳のQAエンジニアだった。正義感が強く、細かいミスも見逃さない完璧主義者として、同僚たちからは「厳しいチェックマン」と冗談混じりに呼ばれていた。しかし、彼自身はその役割に誇りを持っていた。システムの品質はユーザーの信頼に直結する。それを守ることが自分の使命だと信じていたからだ。

大手企業の新しい大規模システムのリリースが目前に迫っていた。社内は緊張感に包まれ、プロジェクトメンバーは連日遅くまで作業に追われていた。開発チームは疲労困憊し、進捗管理のプレッシャーも重くのしかかっていた。そんな中、亮介は偶然にも重大なバグを発見した。それは一見すると些細な不具合に見えたが、特定の条件下ではシステム全体のパフォーマンスに致命的な影響を与える可能性があった。特定のデータ処理時にメモリリークが発生し、長時間の稼働でシステムがクラッシュするというものだった。

亮介はすぐに上層部に報告した。しかし、返ってきたのは冷淡な反応だった。

「そのバグは発生頻度が低いし、ユーザーにはほとんど影響しないだろう。リリースは予定通り進める。」

上層部の決定は、納期とコストの圧力に屈したものだった。プロジェクトの成功は企業の評価に直結しており、延期は避けたいのが本音だった。亮介は心の中で葛藤した。

「黙っていれば波風は立たない。でも、本当にそれでいいのか?」

彼は眠れぬ夜を過ごしながら、自分の信念と向き合った。ふと、大学時代の恩師の言葉を思い出した。

「システムの裏にいるのは、人間だ。バグは数字じゃない、信頼を壊すきっかけになる。」

最終的に、亮介はリスクを恐れず行動することを決意した。バグの再現手順を詳細に記録し、ログデータとテスト結果を集め、影響範囲を可視化したプレゼンテーションを準備した。さらに、同僚の数人にも協力を求め、彼らの意見や証拠も取り入れることで説得力を強化した。

再び会議室に立つ亮介。プロジェクトマネージャーや技術リーダーたちが冷たい視線を向ける中、彼は冷静に事実を述べた。

「このバグを放置すれば、特定の条件でシステムダウンが発生し、膨大な損失を招く可能性があります。リリースを強行することは、会社の信頼を危険に晒すことになります。」

一瞬の沈黙の後、プロジェクトマネージャーが口を開いた。

「……わかった。リリースを一時中止しよう。」

亮介の勇気が、ついに組織を動かしたのだった。その後、バグは修正され、追加のテストを経てシステムは無事にリリースされた。もしあの時、彼が沈黙していたら、大きな事故が起きていたかもしれない。

数日後、プロジェクトマネージャーが亮介に声をかけた。

「君の冷静な判断が救いだった。ありがとう。」

亮介は静かに頷いた。自分が正しいと思うことを貫くのは簡単なことではない。しかし、小さな声でも、真実を貫けば大きな影響力を持つことができる。それが彼の心に刻まれた教訓だった。

その日、亮介は帰り道の空を見上げた。夕焼けが広がる中で、胸の奥に確かな自信が芽生えていた。

おわり


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