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【3分で読むエンジニア物語】 第14話 ペアプログラミングの距離感
長谷川陽子は28歳のフロントエンドエンジニアだった。彼女は幼い頃からプログラミングが好きで、静かな環境で黙々とコードを書くのが最も落ち着く時間だった。スタートアップ企業に転職して半年。アジャイル開発を推進するこの会社では、ペアプログラミングが基本スタイルだった。
「ペアプログラミングなんて非効率。自分でやった方が早いのに……」
彼女は密かにそう思っていた。そんなある日、上司から新人エンジニアの佐藤大輔とペアを組むように指示された。
「長谷川さん、佐藤くんを頼むよ。まだ経験が浅いから、しっかりサポートしてやってくれ」
新人の教育も兼ねているという意図は理解できたが、陽子にとっては気が重かった。案の定、最初のセッションから噛み合わなかった。
「えっと……ここってどう実装すればいいんですか?」
「まずは公式ドキュメントを見て。それから、前のコードを参考にすれば分かるはず」
陽子は淡々と答えた。しかし、佐藤は何度も同じような質問を繰り返し、なかなか進まない。陽子は徐々にイライラし始めた。
「もっと自分で考えてから聞いてほしいんだけど……」
佐藤は申し訳なさそうに俯いた。陽子は自分が冷たくしすぎたかもしれないと思い直したが、それでも一緒に作業することにストレスを感じていた。
次の日も、そのまた次の日も、ペアプログラミングは続いた。そんなある日、思わぬ出来事が起こった。
「陽子さん、ここのロジック、こうした方が分かりやすくないですか?」
佐藤がコードの修正案を提示してきた。最初は半信半疑だったが、見てみると確かにシンプルで分かりやすくなっている。
「……いいね。その方が可読性も上がる」
陽子は驚いた。佐藤は少しずつ成長していた。彼の視点を取り入れることで、自分では気づかなかった改善点が見えてきた。
その日から、陽子は少しずつ態度を変えていった。単に指示を出すのではなく、彼の考えを聞くようになった。そして、佐藤も遠慮せずに意見を言うようになり、二人の距離は次第に縮まっていった。
ある日、チームが抱えていた重要なバグ修正の案件があった。期限が迫る中、二人で試行錯誤を繰り返した。
「こうやって、データの流れを可視化すると分かりやすくないですか?」
「お、それいいね。じゃあ、こっちでバリデーションの処理を追加しよう」
ペアプログラミングの強みが、ここにきて最大限に発揮された。最終的に、バグの根本原因を特定し、修正に成功。チームからも賞賛の声が上がった。
「ペアプログラミングも、悪くないかもね」
陽子は小さく微笑んだ。
仕事を終えた帰り道、ふと彼女は思った。
「プログラミングはコードを書くことだけじゃない。人と対話しながら作ることも、大事なプロセスなんだ」
佐藤とのペアプログラミングを通じて、陽子は一人で作業することの限界を知った。彼女はかつて、自分のスキルだけで完璧なコードを書けると信じていた。しかし、ペアでの作業を通じて、他者の視点がいかに重要かを実感した。
数日後、新たなプロジェクトが始まることになった。上司はペアを決めるため、チームメンバーに希望を聞いた。その時、佐藤がすぐに手を挙げた。
「また長谷川さんと組ませてもらえませんか?」
陽子は一瞬驚いたが、次の瞬間には自然と笑みがこぼれた。
「いいよ、一緒に頑張ろう」
ペアプログラミングの距離感。それは、ただ一緒にコードを書くことではなく、お互いを理解し、信頼し合うことだった。陽子は、ようやくその意味を心から理解したのだった。
おわり