謀略の狭間に恋の花咲くこともある #06
(第三話)『遺書』後編
懲戒委員会が終わり、俺は二週間ぶりに自席に戻った。
「峰村課長……」
課員の一人が俺の顔を見て呟いたのをきっかけに、全員が一斉に立ち上がった。
「みんな、心配かけたが明日から職場復帰だ」
全員から拍手が沸いた。一様に嬉しそうな表情を見て、「ああ良かった」とすべてに感謝した。
泣いている子もいる。俺にはこれ以上の話はできなかった。
笹原のデスクは綺麗に片付けられていた。
デスクの上には、たくさんの書類や書籍類が置かれていたが、以前より整理されている。
電話機を見ると、留守録件数は〝999〟を表示している。さっき先輩に話を聞いたが、件数表示が〝998〟だったおかげで不審に思ったらしい。そのときにあと1件録音されていたら、真実にたどり着けなかったのかも知れない。
俺は表示ディスプレイを指でなぞった。
その夜、俺は先輩と赤提灯で酒を酌み交わした。
「本当にありがとうございます」
グラスを置いて、改めて深々と頭を下げた。
「北山副社長のお墨付きがなかったら、俺だってここまでの調査はできなかったよ。礼なら北山副社長と笹原さんにだな」
「そうですね。たくさんの人のおかげです」
久しぶりのアルコールで、気持ちよくなってきた俺は胸ポケットから封筒を取り出した。
「なんだそれは?」
「寝ないで書いてきたんですけど、両方とも無駄になっちゃいましたよ。まあ良かったといえば良かったんですけどね」
先輩が二通の封筒を交互に眺めている。
「こっちは〝辞職願〟か……。辞職勧告になった場合の用意をしていたんだな」
「はい」
「こっちはなんだ? 俺宛?」
『有田未明様』と宛名書きされた封筒に首を傾げた。
「それはまあ、懲戒解雇になった場合に先輩に送ろうと思ってたものです」
「開けてもいいか?」
「そりゃ、元々先輩に読んでもらおうと思ってたものですし、先輩は事件の全容を知っているみたいだから……」
先輩は無言で封を切って中身を読み始めた。
拝啓、有田未明様
今回の俺の不祥事に関して、先輩には多大なご迷惑をおかけしたことと思います。
俺の書いた報告書のとおり認められた場合、懲戒解雇は免れないものと思います。
俺は納得したうえでの報告書なので諦めますが、先輩や両親に顔向けできません。
迷惑かけたうえに心配かけないように、しばらく雲隠れすることをお許しください。
千葉の両親には、お手数ですが先輩から伝えていただけないでしょうか。
さて、先輩のことですから、俺の拙い報告書の不備にはお気づきのことと思います。
ほぼお察しのとおりだと思います。
しかし、俺はこれで良かったのだと思います。
笹原社員のミスではありますが、既に支払いが終了している案件であり、なぜだか先方は倒産してしまっています。
契約責任から追えば解決するかもしれませんが、そうなるとさらに笹原社員を追い込むことになってしまいます。
笹原社員についてのフォローもよろしくお願いします。
また赤提灯でご一緒したかったです。
自分は本当のことを言えずにいなくなり、先輩に『秘密の十字架』をバトンタッチするようで心苦しいのですが、先輩なら……許してくれると信じています。
本当に申し訳ありません。
峰村直樹
読み終わった先輩が、深くため息をついた。
「これって、遺書じゃないのか?」
「えっ?」
「まるで死ぬ覚悟のように見える」
「そんなつもりはないですよ。まだ親孝行してないし」
俺の脳裏に、真っ黒に日焼けした親父と、しわが深く刻まれたおふくろの笑顔が浮かんだ。
「本当に死ぬつもりじゃなかったんだな」
「本当ですよ。すいません」
しばらくの無言の後、先輩が呟いた。
「ご両親を心配させるなよ」
「はい。家に帰れば『結婚はまだか』と口うるさいんですけど、こんな状況になると恋しくなりますね」
「料理の上手いおふくろさんだったからな」
「材料も新鮮なのが手に入りますからね」
「そうだった。直樹の家の水が抜群に美味かったな」
「ウチは水も自慢ですよ」
「また飲みに行きたいな」
「いつでもいいですよ。俺も帰りたくなったし」
「じゃ計画しよう。今週でもいいぞ」
「わかりました。ところで、やっぱり留守録装置の内容を消していたのは剣崎部長だったんですか?」
「そうだな。剣崎部長は俺が帰宅した後に、社内を回って不都合な録音を消していたようだ。用心深いとは知っていたが、万が一と思ってたんだろうな」
「でも、よく消された内容が復元できましたね」
「ああ、結城にかかれば『朝飯前』らしい。五日もかかったがな」
「結城さんって、こないだ新橋で飲んだ、先輩の大学時代からの親友の方ですよね」
「そうだ。そういえば、この件の結果を伝えていなかった」
先輩は、慌てて携帯電話取り出しダイヤルした。
「もしもし、おかげで万事上手く解決したよ」
「ああ、悪い悪い。俺も懲戒議事録の作成なんかでバタバタしてたもんで、報告が遅くなってすまん」
「そうだな。今回の件で一週間以上、会社に泊まり込みしていたから、休暇を取って大阪に行くよ」
「ああ、峰村も感謝している。本当にありがとう」
結城さんの声は聞こえないが、先輩の言葉で概要はつかめた。
「悪いが、今週は大阪に行ってくるよ」
「話はだいたいわかりましたよ。結城さんによろしくお伝えください」
「ああ、近いうちに千葉にも行こうな」
そう言うと、もう一度グラスを合わせた。
(第四話に続く)
次から事件が動く……予定です。
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