恋に落ちるということ
「恋に落ちる」とは、人間の生態にプログラムされたシステムなのだと、大学の講義である教授が言った言葉をずっと覚えている。
人間は二本足で歩くようになって、骨盤が狭くなった。それに加えて、脳が肥大化した。そのため、私たちは子どもを胎内で十分に育てられないまま産みおとすことになる。母親は、子どもが十分に育つまで子どもの面倒を見ないといけない。母親が自分で狩りができない間、狩りに出るのは父親の仕事。「恋愛」というシステムは、子どもからいくらか目が離せるようになって母親が狩りに出れるようになるまで、父親に狩りをしてもらうためのものなのだと。
恋愛の寿命が3年と言われているのは、子どもを産んで目が離せるようになるまでの期間なのだと。
幼稚園の時に同じクラスの男の子に好意を抱かれたのが、きっと私の最初の恋の思い出。私が近くにいるとすぐに抱きついてくる子で、とにかくそれが嫌だった。
自分の気持ちを表現することにまだまだ未熟な彼は好いていることを表現することに一直線で、また私も嫌がっていることを表現することに必死で、もはや感情の殴り合いだった。
その後、私もいくつか恋をしたけれど、彼らに想いを伝えることなく恋は終わっていった。好きバレが怖いとか、自分に自信がないとか、当時の私は様々な言い訳をして、彼らと向き合うことを避けていた。
そして、冒頭の「恋愛システム」を知る。
恋愛は私たちにプログラムされたシステムで、理性を持った私たちが感情をコントロールしにくくなるプログラムの一つ。つまり、とても本能的な感情なのだと思う。理性で生きてきた私にとって本能に流されることは恥ずかしいことで、本能的な感情に自分が晒されていることもなんだか苦手で。
だから、きっと、私は恋愛が苦手なのだ。