伝えることを恐れない人のはなし
私に面と向かって、「MINAが苦手だ」と言った人間はきっと後にも先にもこの人だけになるのだと思う。
大学2年生の春休み、タイランドに訪れた。初めての一人旅だったのもあって、「タビイク」という企画を利用した。「タビイク」というのは一人旅がしたいけれど、最初から一人だと不安な人たちが主に利用するもので、一人旅に限らず、海外旅行の際に気を付けることをわきまえたり、現地でのコミュニケーションを恐れない人になるためのプログラム。「引率」と呼ばれる旅慣れた人がメンターとしてついてくれて、旅をサポートしてくれる。その企画で出会ったのがマックという男だった。
彼は刈り上げた髪を明るく抜いて大ぶりのピアスをしている、絵に描いたようなチャラ男だった。ファッションが好きで服について語らせようものなら熱くなって話すようなヤツだった。私の参加した企画には男女もう一人ずつ参加者がいたけれど、彼らは波長が合っていたのか一緒にいて、必然的に私とマックがペアになることが多かった。
思えば彼とは初日のペア旅から噛み合わなかった。私が一般的な観光地を巡りたいと言うと、彼は都市部に出て街並みを見たいと言った。かと言って具体的な移動手段も、行きたい候補地も出してくれなくて、結局私が彼を引っ張る形で一番近い観光地に向かって歩いた。入場料が取られそうな観光地に着くと、「俺はタバコを吸うからMINAだけで行ってきなよ」と言った。そういうところがなんだか苦手で。彼にとっても私が得意なタイプではないということを肌で感じていたし、気まずい沈黙を抱えて彼とペア旅をしたことをよく覚えている。
2日目は参加者だけでタイガーズーに行ったり、3〜5日目はサメット島に行ったり、私を含めて4名の参加者と1名の引率の旅は続いたけれど、私とマックの距離はあまり縮まらなかった。
最後の夜、引率に「それぞれに思いを伝えよう」と言われて、マックに「俺はMINAのことが苦手だった」と言われた時は内容こそ驚かなかったものの、それ言っちゃうんだ、と静かに衝撃だった。そしてそれをわざわざ伝えてくれたことは彼なりの優しさなんじゃないかと思った。彼ほど正直にそう言ったことを伝えてくれる人は初めてだった。苦手な人と、丁寧に向き合える彼はかっこいいと感じたし、その言葉に突き放すような感じもしなかった。それで私もきちんと向き合おうと思い、マックが私のこと苦手なのはなんとなくわかっていたし、私も君が苦手だったと伝えた。この話をして初めて、私は彼に気まずさを感じなくなった。翌朝私たちは解散した。彼と連絡を取ることももうないと思った。
それから一年後、彼から突然連絡をもらった。なんでも地元でファッションイベントをやることになったらしい。そのビジュアルデザインをお願いしたいという。久しぶりに彼とビデオ通話で話をして、彼のイベントに対する思いを聞き、熱量を持った口ぶりで「MINAに頼みたい」と言われて引き受けた。同時に男女の友情ってもしかしたらこれくらいの距離感がいいのかもしれないなと思った。尊敬し合えているけれど、絶対に理解し合えないという冷淡な目を持った距離感が。
きっとあの場所だからできる話があった。きっと5日後に解散するってわかっているから伝えられた言葉があった。それを私とマックは体現したのだ。
先日彼の地元に行く機会があったので、彼に連絡を取ってみたが、彼からの返信はなかった。それでも頭に来ないのは、私が彼に対して諦めているところがあるからだろう。彼との距離は一生縮まらないでいい。
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