私の教え子たち

 「先生が苦手だった」という話を書いたけれど、先生が嫌いだった割に大学4年生には塾講師をやっていた。可愛い私の教え子たち。そんな彼らを思い出す。

 中学から私立に通っていた高校生のA君。きっと地頭はいいのだろうけれど何せ本人のやる気が全く感じられなくて、学校の授業はおろか、塾の時間も宿題も何一つ身が入らない子だった。頑張って欲しい、というとなんだか上から目線の先生っぽいからちょっと違うし、救いたい、も表現としてなんだかしっくりこないけど、塾長からも「救ってやってください」と何故か頼まれたくらいだからなぁ。私は彼ができる子だと思っていつも話をしていた。結局彼の授業態度が改まったところを見たことがなかったけれど、私は貴方が努力すればなんでもできる子だと今でも信じているよ。

 先生の顔色を見て問題の正解を判断しちゃう、中学生のBちゃん。お母さんが必死に働いて通わせてもらっている塾なのに、本人のやる気はイマイチ。初歩問題もできなくて、彼女ほどの生徒を高校受験レベルにしようと思ったら先生が付きっきりで本人が納得するまで時間をかけてあげなきゃいけないぞ、と思ったなぁ。きっと納得すればどんな問題もひらめきで解けちゃうアイデアを持った子だと思ってた。きっと勉強以外はなんでもノリとギャルマインドで楽しんでると思うけど、危ないことは程々にね。貴女がのびのびと人生を楽しめていますように。

 内向的な中学生のCちゃん。同い年の塾生たちが講師に積極的に話をしにいく中いつも席について俯いて座っている子だった。私は中学の時の私をみているようで、授業前は彼女に必ず話しかけるようにした。先生に話しかけるの緊張するよね、でも一人ぼっちにされるとされたでなんか寂しいよね。彼女が宿題をやっているようで実は真ん中のページを飛ばしてうまくサボっていること、漢字の宿題が嫌いなことに気づいたのはきっと私だけ。塾長は「Sちゃんだけはどんなに話しかけても心を開いてくれない」と言っていて、他の先生たちも「嫌われてるんだと思って話しかけるの怖くて」と言っている中で私はそんなこと全く気にせずに彼女に話しかけ続けた。もし本当に私に話しかけられたくなかったら、授業が始まるギリギリに教室に入ればいいんじゃない?と思っていた。今考えるとちょっと強引だけど。でも実際に彼女が時間ギリギリに教室に入ることも何度かあった。塾講師になって2ヶ月しか経っていなかったのに、お気に入りの先生アンケートに私の名前を書いてくれていたことが私は嬉しかったよ。「気にかけてくれる人がいる」って心強いよね。あなたがあなたらしくいられる場所を見つけられていることを4年経った今も願っています。

 中学受験を目指す小学生の姉妹。一番上のお姉ちゃんが6年生で、あとは4年生とか3年生とかだったと思う。彼女たちが「放課後友達と遊んだことがない」と言ったり、「今から別の習い事があってそれがいつも夜遅くに終わるから眠い」と言ったりするのを聞いてすごく複雑な気持ちになった。大人として我が子を優秀に育てたいとか、なるべく傷つかずに生きて欲しいとかそういう思いはあって当たり前だと思うけど、そこに彼女たちの要望ってどのくらい含まれていたんだろう。私も朝から夕方まで仕事してそのあと21時まで演劇の稽古、とかよくやってたけど大人の私でもきつい時があった。小学生の彼女たちは朝から夕方まで学校に行って、塾に行って、そのあと別の習い事をして、どこに学校の宿題と塾の宿題をやる時間が、体力があったんだろうか。彼女たちが無理せず、「楽しい」範囲でいろんなことに挑戦しているといいな。

 「先生」と呼ばれる立場になって気づいたことも学びになることもたくさんあった。「教育」って結局どうあるべきなんだろう。私は彼らの幸せを心から願っています。

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