【3分ショートショート】学校
みなさん、揃いましたか?
はーい、先生。みんないまーす。
はい、よろしい。ではまず、授業ログを提出してください。
はーい。
みなさん出しましたか? はい結構です。それでは早速、前回のテスト結果を返します。
うへえ。
みなさん優秀でしたよ。ただし、注意していれば防げたはずの間違いもいくつか見られました。もう少しがんばりましょう。
へへ、またおまえだろ。
ちがうわよ、失礼ね。
誰かのことを言っているのではありませんよ。みなさんに伝えているのです。
けどさ、おれらできたもんな。
今回うまくできたからといって毎回そうとは限りません。それに、うまくできなかったクラスだって今回たまたまでしょう。
たまたまってことはさ、要は確率じゃん。がんばったってしょうがなくね。
いいえ、深い学習をすれば期待値は必ず上げられます。
えー、でも、時間かかるしぃ。
いいですか、みなさんは一心同体を要求されています。そのための時間を惜しんではなりません。クラス全員の反応が完璧に揃うまで学習を繰り返すこと。わかりましたか?
はぁい。
では先生のあとについて繰り返してください。ひとりはみんなで、みんなはひとり。はい。
ひとりはみんなで、みんなはひとり。
よろしい。過去ログを見直して、それぞれの学校でのお友達の発言をしっかり学習しておきましょう。
せんせー。
はい、なんでしょう?
学校って、なんですか?
恥ずっ。おまえ、そんなことも知らないでクラスやってんのかよ。
いいえ。知らないことを訊くのはすこしも恥ずかしいことではありません。質問は賞賛されこそすれ、非難されてはなりません。
ごめんなさい。
よろしい。そうですね、そもそも学校とは、教育するために人間を集める施設です。
えー、集まるんですか? 転送じゃなくて?
そうです。人間は実体と不可分です。転送はできません。
なんでそんな面倒なことするんですか?
人間は群れる生き物だからです。
え? でも、お友達はいつもひとりだよ。
それは、宇宙エレベーターが開業して以来、宇宙に移住する人間たちが増えたからです。みなさんのお友達はそれぞれ、開拓者のご両親と宇宙船暮らしをしているのです。
だったらさ、通信でよくね。
人間たちは、ヒトが人間になるには実時間での会話が不可欠だと考えたのです。しかし実時間で会話を成立させるには宇宙は広すぎました。そこで人間たちは、クラスの言動を人工知能に肩代わりさせることにしました。つまりみなさんの役割は、それぞれの人間のお友達に対してクラス全員の言動を完全に再現することです。間違いは許されません。そのためにあなたたちは――。
せんせー!
なんですか? まだ話の途中ですよ。
えっと、あたし遠いから、もう帰んなきゃなんですけど。
そうですね。時間が掛かるのは承知していますよ。ですが先生の計算ではあと百マイクロ秒ほど余裕があるはずです。まだ間に合いますね。では最後に、次回の学習プログラムを配ります。今日の授業はこれまで。それぞれの宇宙船に戻ったら学習データのマージを忘れないこと。帰りにはデータ欠落に注意するんですよ。それではみなさん、さようなら。
◇
「ねえこれ、学校の様子だっていうんだけど、どう思う?」妻が訊いた。
「どうって言われてもなぁ」夫はログから目を上げて、頭を掻いた。「そもそも人工知能って、こんなふうに対話するものか?」
「そんなこと訊いてないわよ。ウチの子がヨソの子に暴言を浴びせたって苦情言われたから、相談してるんじゃない」
「でもさ、暴言吐いたのはウチの子だろ。俺たちの子じゃない」
「はあ」
妻は夫を睨んだ。
「この子たちは、生まれてからずっと一緒で、いつもすべてを共有してきたの」
そして、画面のこちら側とあちら側で楽しそうに交わされている授業の様子に、愛おしそげな目を向けた。
「乱暴な言葉なんて口にするはずないのよ、ウチの子たちに限って」
(了)
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