「アンブシュア/マウスピースの位置を変える」プロセスの例

(旧サイトの「オンラインレッスン」のコラム記事のアーカイブです。2017-06-13の記事です。)

何らかの理由で、アンブシュアを大きく作り変えなければならない、マウスピースの当てる位置を大きく変えなければならない、という場合の、ゼロから新たな感覚を作り上げていくプロセスの一例です。

これは、一度ついてしまった癖を、新たな良い癖で塗り替えていく作業となります。

一度身体に染み付いた感覚は、基本的には消えるものではありませんが、新たな良い感覚を習慣化していくことによって、前の吹き方は、新しい吹き方によって塗り替えていくことができます。

ただし、この作業は、根気と丁寧な観察とを要します。なぜなら、これまで通りに音を出そうとすると、無意識のうちに条件反射が発動するからです。それを注意深く断ち切り、新たな習慣をつくらなければなりません。

すでに一度癖をつけてしまった人にとっては、楽器を持つこと、マウスピースが唇に当たること、といったことが、その癖を無意識に呼び起こすトリガーとなっています。つまり、条件反射ができあがっています。楽器を持った瞬間、身体は、それまでに身につけた癖を無意識に呼び起こそうとします。または、マウスピースが唇に当たった瞬間、それまでの癖の通りの唇の状態に無意識に唇が動きます。ですから、まずはできるだけその条件反射の起きない状況設定にして練習を始め、そこから徐々に新たな条件反射を作っていくことになります。

1.唇をただ普通に閉じて息を流す

まずは、楽器からも、マウスピースからも、離れます。

唇をただ普通に軽く閉じて、息を流します。それだけです。この単純な動作に充分に慣れます。

できるだけスムーズに息が流れるようにしましょう。時々、口の前に手をかざして、息の流れを確認するようにしましょう。手を遠くにしても手に息が当たるように。


2.そこにリムを当てる

1.の状態に、リム(ヴィジュアライザー)を当てます。息を予め流した状態に、リムを当てる、それだけです。

この時には音が出るかどうかは全く問題ではありません。ここで大事なことは、いかに、余計なことをせずにただ唇にリムが当たることに慣れるか、ということです。

リムが当たった瞬間に前の癖が顔を出して唇を何か動かしてしまうのは、注意深く避けましょう。前の癖が顔を出してしまうことなく、ただ1の状態にリムを当てる、それだけに慣れましょう。

ここでも引き続き、できるだけスムーズな息を流すようにしましょう。空気が自由に動いていればいるほど良く、空気の動きが乏しく詰まった感じは良くありません。


3.自然に振動になる

1~2を何度も繰り返していくうちに、勝手に音が出る(唇が振動する)ようになっていくでしょう。

「たまたま振動した」という段階を充分に経験しましょう。唇その他の余計な操作をして「振動を無理矢理作り出した」のではなく、「自然に振動になる」という経験をしましょう。

この時に出る音の高さは、人によって異なるでしょう。それで大丈夫です。ここではまだ、音の高さは問題ではありません。いかに、自然に音になるか、に専念しましょう。

また、リム(ヴィジュアライザー)で音を出すことは、唇に負荷をかけやすい練習であるため、長時間はやってはいけません。一度に数分間にとどめるようにしてください。


4.マウスピースで1~3を同様に

今度は、1~3をマウスピースで行います。

ここまで同様に、音の高さは問題ではありませんし、徐々に自然に音になっていくようにしましょう。

もし、マウスピースになった途端に昔の癖が発動されてしまう場合は、もう一度3までに戻り、充分に慣れましょう。


5.マウスピースを唇に当ててから音を出す

次は、マウスピースを予め唇に軽く当てた状態からスタートするようにします。少しずつ実際の演奏に近づいてきました。

最初は、音の高さは問題にしない方が良いでしょう。あくまで、スムーズに音が出ることを優先し、鳴れましょう。

そして少しずつ、真ん中のソくらいの高さに慣れていきましょう。


6.楽器へ

次は、楽器で音を出す段階へ入りましょう。ここまでに充分に時間を費やし、新しい感覚が育っていればいるほど、楽器で音を出す時に昔の癖が顔を出す危険性は低くなります。もしここまでが不十分な場合は、ぐっとこらえて、ここまでの段階をしっかりとしたものにしてから、楽器へ進みましょう。

楽器で、何らかの高さの音を出しましょう。高さは、まずは出しやすい高さで構いません。ある高さの音をはじめから狙う練習にしてしまうと、その音の高さのイメージと前の吹き方でその高さの音を出すことが条件反射として結びついているせいで、前の癖が顔を出すことになってしまいます。それを避けるために、とりあえず何の高さの音でも良いことにして、何らかの音を出す、というようにします。

しばらくし、新しい吹き方で「音を出す」ということに慣れてきたら、少しずつ、音の高さの狙いを定めるようにしていきいます。まずは真ん中のソを狙い、出るようにしていきましょう。

この時に大事なことは、決して焦らない、ミスを許す、ということです。この段階ではまだ明らかに、自分の中で強い感覚を持っているのは、今新たに作っている感覚ではなく、昔の感覚です。ですから、急いで結果を出そうとしてしまえば、または、ミスをしないようにしようとしてしまえば、身体が無意識的に頼りにするのは、昔の感覚です。そうならないようにするために、決して結果を焦ることなく、ミスを許すようにしましょう。

ソをイメージしているにもかかわらず、低いドになってしまったり、音の出だしが汚くなってしまったり、そのような結果になることは一向に構いません。むしろ、そのようなプロセスを経なければ、新たな良い感覚を身につけていくことはできないでしょう。

粗雑な結果から始まることを受け入れ、繰り返しによって少しずつ洗練させていく。その始まりでは、ミスを許すようにしましょう。

7.徐々に技術を広げていく

真ん中のソを出せるようになったら、その良い状態を、あとは広げていくことになります。

具体的にはここでは割愛しますが、音域の拡大や各種基礎練習を、徐々に進めていくことになります。

ここで非常に重要なことは、徐々に、という点です。

個人的には、このようなプロセスをとる生徒に私が与える課題はトンプソンの「バズィング・ブック」であることが多いですが、例えば最初の方の、真ん中のソからスラー(グリッサンド)で下のドに下がる、真ん中のソからスラー(グリッサンド)で上のドに上がる、というような、4度か5度ほどの音域の練習課題に、「4~6週間かかる」というように教本中には書かれています。もちろん、必ずしもそれだけの期間を充てるかどうかは状況によるところですが、人間の感覚が定着していくにはそれくらいの時間をかけることが必要であろうと思います。吹き方を変える作業をするのであればなおさらであり、丁寧に、徐々に新しい感覚を拡張していく、ということは非常に大事な点となります。

徐々に拡張していくことをしない場合、何が待っているかと言えば、それは、昔の悪い癖が顔を出す、ということです。

もし吹き方を新しくしたいのであれば、地道に、徐々に課題のレベルを上げながら感覚を塗り替えていかなければなりません。急いでレベルをスキップした時に起きることは、昔の悪い感覚を思い出してしまう、新たな良い感覚との混乱が起きる、ということでしょう。

このことは、言い換えれば、前は吹けていたレベルの課題が、一旦吹けなくなる、ということでもあります。これは当然のことであり、むしろプロセスとして必要なことであり、受け入れなければなりません。

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