7.「アンブシュア」?
(旧サイトの「オンラインレッスン」の記事のアーカイブです。 2017-02-09の記事です。)
管楽器の演奏の際の口の形を「アンブシュア」(embouchure)と言いますが、アンブシュアについては、様々な「正しいアンブシュア」のモデルや説明、分類などがなされ、トランペット奏者の間でも一つの大きなテーマとなることがあります。
さらには、演奏上の問題が生じた時に、その原因がアンブシュアにあると考え、アンブシュアをいじる事によってその問題が解決されると思い、結果としてアンブシュアの沼にはまっていく、ということが起きるのは残念ながらよくあることです。
「アンブシュア」に関する私の現在の考えとしては、
・アンブシュアは、結果として形成されるものであり、原因ではない。
・アンブシュアの「見た目」は、個人差が表れて然るべきものである。
・息が機能すればするほど、唇の細かな操作は要らない。
・アンブシュアそれ自体を求めている限り、アンブシュアは良い状態にはならない。息、唇の振動の状態(唇の「フォーム」ではない)、楽器との共鳴の状態、それらのコーディネーション(つまり音)を求めることによって、アンブシュアの状態は収斂されていく。
・アンブシュアのことは忘れる。
・「アンブシュア」という言葉は実質的にはほとんど何も意味していない。(つまりこのページは意味がない。笑)
ということが主となります。
少し長くなりますが、以下に私なりの説明を試みてまいります。
■様々なアンブシュアのモデルや説明
まずは私自身の見解を述べる前に、これまでに存在しているアンブシュアに関する様々なモデルや説明を、いくつか簡単にご紹介してまいりたいと思います。ここでは、非常に雑ではありますが、各モデルや説明をごくごく簡単にまとめて列挙します。
・フィリップ・ファーカス(Philip Farkas)『金管楽器を吹く人のために』
すぼめる力(パッカー)と横に引く力(スマイル)の釣り合ったところ
「金管奏者の顔」(下あごのへこみのライン)
・ジェームズ・トンプソン(James Thompson)『The Buzzing Book』
息と唇のバランス:息が唇を前と外方向へ開く力、それに釣り合って唇をすぼめる力のバランス
・チャーリー・ポーター(Charlie Porter)
スープを冷ます時のようにすぼめる
・ルイ・マジオ(Louis Maggio)
「マジオ・リップ」:唇は軽くすぼまるが、むだな緊張を加えずにリラックスさせていなければならない。
「唇の役目はもっぱら振動することだからね」
(上唇2/3、下唇1/3でマウスピースを当てる)
・その他多数
各筋肉の動かし方、固定の仕方、マウスピースの「正しい位置」、外見上「正しい」唇のかたち、顎の筋肉の状態、唇を巻き込む、唇を突き出す、など
・エリック宮城『BRASSテクニックガイド』
「口だけでバズィングしている状態と、マウスピースをつけたときの状態は絶対に違うと思うんですよ。マウスピースのリムと唇が触れ合ってアンブシュアというものができる。」
「よく、高い音を吹くときにはアパチュアを小さくすると言いますが、本当はアパチュア自体は大きくしたり小さくしたりできない。」
「一般には唇の両端が大事だと言われていますが、本当はそこではなくて、唇の上下にある筋肉が働いているんです。」
・アダム・ラッパ(Adam Rapa)『新・喇叭道』
「人間の身体は一人ひとり異なるので、マウスピースをどこに当てるかは、その人の唇の形や大きさ、歯並びによって決まります。」
「きつくパッカーしたり、唇を固く締め、ねじ曲げたりしてしまうと、唇を振動させるためには、筋肉を総動員して上半身に力をこめ、非常に多くエアを送り込まなければなりません。そうすることは可能ですが、効率のよい選択ではありません。」
「変えるのではなく、自然に変わっていくままにするのです。」
・ファーガス・マクウィリアム(Fergus McWilliam)『自分の音で奏でよう!』
「良いアンブシュア、つまりうまく機能するアンブシュアは唇の筋肉だけで構成されるのではないということである。外からは見えない舌やあごの位置も関係している。しかもこれらは、空気の流れに応じて変化するし、さらにそれらの位置が逆に空気の流れに影響を与える。アンブシュアとは、身体のある部位をどういう形に固定すればよいか、という問題ではない。アンブシュアとは、さまざまに変化する空気のスピードや圧力に合わせて私たちが変化させる骨や筋肉、脂肪組織などの関連性であり、柔軟でダイナミックなものなのである。」
「空気が動き出すことによってはじめて、空気の流れの周囲で唇を『操縦する』ことが可能になる。」
「良い息の吹き込み方をすれば、どんなアンブシュアの問題も解決してしまうのである。」
「たとえ標準的なアンブシュアでなくても、良い音が出ていれば、それは効果的な正しいアンブシュアである。逆に、見かけがきちんとしているだけでは、そのアンブシュアで良い音が出るという保証はない。」
・クリスティアン・スティーンストラプ(Kristian Steenstrup)『ティーチング・ブラス』
「教育界によっては、『正しいアンブシュア』を教えることの焦点が、唇の振動よりも、アンブシュアの外見や、マウスピースを当てる唇の位置に合わせられていることがある。だが、音響の点からいえば、唇の振動こそが楽器の空気柱を振動させるのであって、それが決定的なことである。」
「カップの内側の唇の総質量こそが音響に関わるのであり、両唇間での質量の配分が重要なのではない」
「金管楽器奏者がサウンドに影響を及ぼすには、空気力学に関わる条件をどのようにコントロールするかを学ぶ方が、唇の筋肉組織や両唇間の開きを直接コントロールしようとするよりも容易である。」
・アーノルド・ジェイコブス(Arnold Jacobs)『アーノルド・ジェイコブスはかく語りき』
「唇の細胞組織のことはあまり知らなくてもよい。しかし、振動については知っている必要がある。唇の形にこだわるより、唇は振動の源だと考えることだ。」
「アンブシュアに必要なのは抵抗ではなくて振動である。」
「脳の中にある音楽的刺激がアンブシュアにシグナルを送ると、それに応えて唇の寸法、厚さ、緊張の度合いが決まる。ピッチは唇ではなく脳の中にあるのだ。」
「アンブシュアは人によって変わり、音楽の要求によっても自然に変化する。アンブシュアをコントロールすることはできない。」
「アンブシュアは結果であって原因ではないのだ。」
「アンブシュアは送られてきただけのエアで仕事をしなければならない。エアが足りないと、アンブシュアは抵抗を作り出し音を粗くして、効率の悪い演奏にみられる貧弱な音質しか得られなくなる。音が粗雑であるということは、アンブシュアが、貧弱な空気柱に合わせようとして、みずからも縮んで崩れ、ばらばらになっているということを意味する。」
「アンブシュアに抵抗を感じたら、アンブシュアがエアに飢えているということだ。これを唇で調整してはならない。エアを唇へ導き、唇を通って出せばよい。」
■「アンブシュア」の2つの見方
ここまでに、様々なアンブシュアの説明を取り上げてきましたが、私は、アンブシュアの見方には、「見た目・フォーム」として見るのか、「機能・状態」として見るのか、という大きな2つの視点があるように思います。
1)「見た目、フォームとして」のアンブシュア
見た目の形、筋肉の動かし方によってアンブシュアをとらえる。
良いアンブシュアは、良いフォーム、良い筋肉の動かし方、良い見た目、で決まるとする。
2)「機能・状態として」のアンブシュア
マウスピース内の唇の振動の状態、振動の質の高さ、振動の質がいかに維持されるか、など、どのように機能しているかによってアンブシュアをとらえる。
良いアンブシュアは、良い振動の状態、良い振動の質、良い機能、で決まるとする。
私の考えは後者で、良い振動、良い機能を求めた結果、自ずとアンブシュアは形成される、その逆はない、というものです。
■アンブシュアは見た目ではなく、振動の質の高さと楽器との共鳴のなすもの
私は、機能として、振動の質や楽器との共鳴の状態の結果として、アンブシュアを考えることを提案したいと思います。
先に唇の形をどうにかするのではなくて、マウスピース内の唇の振動の状態をより良くしていけば、自ずとフォームとしてのアンブシュアは変化していく、振動の質や楽器との共鳴を向上させることによって、フォーム(筋肉の使われ方)は自ずと変化し決まっていく、と考えます。
■アンブシュアは結果であり原因ではない
このことは言い換えれば、アンブシュアは、唇の振動の状態・楽器との共鳴の状態のコントロールによって、あくまで結果として規定されていくものであり、原因ではない。アンブシュアは二次的に結果として表れるものにすぎない、ということができます。
■アンブシュアの操作によるドロ沼
この点の順序を取り違えてアンブシュアを結果ではなく原因としてしまうと、しばしば、ドロ沼にはまっていくことになります。
アンブシュアの些末な操作を始めると、「〇〇筋肉を△△の方に□□だけ張り、××筋を…」「ここをこうしたから、こっちはもう少しこうして…」「A筋肉をこれだけ引っ張る時にはB筋肉はこの程度すぼめて…」「高音の時には○○筋肉をこうして、リップスラーの時には△△を少しすぼめる感じで、タンギングをクリアにするには…」のような無数の細かな操作を積み立てていかなければならない迷路にハマっていくことになるでしょう…。そしてとても大変な調整を繰り返すドロ沼に…。
それでは吹けない、ということではなく、それでも演奏可能ではあります。
しかし、このような操作の積み立て(とても大変)は、本来はそもそもしなくて済むものであろうと思います。
さらに言えば、このような方法では、本来、作為的な操作をせずに柔軟で自由にしておくことのできる唇に制限を加えていることから、音質的に・技術的に、実現できる演奏のレベルはある程度限定的なものにならざるを得ないと私は思います。
■良い質の振動を求めることにより決まっていくもの
マウスピース内側での現象、つまり振動の状態をより良くしていくことによって、少しずつ変化し、最終的にその人に合った状態に決まっていくものには、以下のようなものがあると思います。
・見た目
・マウスピースの位置
・マウスピースの角度
・マウスピースの圧力
・筋肉の使われ方
これらは人により様々であり、且つ、その逆(これらを先に決めつけて、そうすれば良い唇の振動の状態になる、という順序)はありません。
逆に、見た目や、マウスピースの位置や角度、筋肉の使い方などを先に「~でなければならない」「~が正しい」と決めつけてしまうことは、良い振動やその人に合った状態へ向かう変化を食い止めてしまうことになりかねません。
たとえば、ある正しいマウスピースの位置を先に決めてそこに当てる、のではなくて、良い振動を作ることのできる位置を探していけば良いのです。
ある正しい筋肉の使い方を決めつけてその通りにやろうとすればうまくいく、のではなくて、良い振動を作ることのできる筋肉の使われ方に向かっていけば良いのです。
■振動の質とは?
マウスピースのリム内部で起こっている唇の「振動の質」とはどんなことでしょうか?
対比していくつか言葉で表現してみたいと思います。
・自然発生的な振動 VS 強制的な振動
・オープンな振動 VS 閉じた振動
・きめの細かい振動 VS 粗い振動
・振動数が変化しても質は変化しない VS 振動数を変えると質も変わってしまう(振動数を上げると[音を高くすると]振動がつぶれる、など)
これらは言葉では表現しきれないものではありますが、どれも左側に記したような振動の状態が、良い質の振動であると私は考えています。
振動の質を高めていくことを続けていくと、それに伴って息の状態のあり方が変化していき、それによってアンブシュアは自然に変化していくでしょう。意識的に操作した筋肉の使い方ではなく、振動の状態を良くしていくことに伴った筋肉の使われ方が生まれてくるでしょう。そして、最終的にはある状態に落ち着くでしょう。
この時に、フォームを先に決めつけてしまうと、むしろ、良い振動を生む状態へ向かう変化を食い止めてしまうでしょう。
■アンブシュアを構成する要素
アンブシュアを構成する要素として考えられるものには、主に以下のものがあると私は考えています。
<主となるもの>
・息の流れ:息の流れが唇を振動させる。すべての源。
<従であるもの>
・唇:唇自身では振動できない。いつも振動させられる存在。
・(口の周りの)筋肉:息の流れによって唇がうまく振動させられるようにはたらく。
<補完的なもの>
・舌:音域により補完的に形状が変化する。しかしながらこれが主ではない。あくまで息の流れを補完するもの。
・喉:息の流れの状態と喉の状態は関連している。
<固定的なもの>
・リムとの接触:唇がリムと接触する状況の中で、唇は息によって振動させられる。
(リムと接触しない「リップ・バズィング」の状態とは必ずしも一致しない)
・歯並び:特に前歯の状態により、唇の振動を生みやすいマウスピースの位置が左右される。
・マウスピース、楽器の抵抗:マウスピースと楽器の抵抗とのバランスの中で、実際に楽器で音を出す時のアンブシュアは決まる。
「アンブシュア」とはこれらが(厳密に言えばここには記述していないもっと多くの要素も)互いに影響を及ぼし合いながら、そのバランスによって形成されているものだといえます。
■3大要素
上に挙げたものでもすでに数が多く、複雑ですが、仮に3つの主要な要素をピックアップするとしたら、私は次の3つを挙げることになります。
1)ストレスのないフリーな息の流れ:すべての源
息の流れの状態によって、唇の状態は大きく左右されます。このことはおそらく体験した人にしかわからないのかもしれませんが、ガーボル・タルケヴィ氏(ベルリンフィル首席)がサラ・ウィリスとの対談で話したような「トランペット演奏の90%は息だ。息が機能していないと、唇や喉などに問題が生じる。」という言葉は、まさにその通りであろうと思います。
唇の悩み、アンブシュアの悩みは、実に大きく、息の流れの状態に依存しているのです。
息の流れの状態が良くなればなるほど、アンブシュアの悩みというのは生じなくなるものです。もちろんこのことは、「アンブシュア」を先に決めつけている限り理解されることはありません。
2)柔軟な唇(リムの内側):いかにうまく振動させられる状態であるか
リムの内側の唇は、固く締め付けられることなく、柔軟であり、息の流れによって自由に振動できる状態であることが肝要です。
(もちろん、固く締め付けた唇でも、振動は起き得ますが、そのためには、身体を締め付けるようにして息を「押し出し」て、唇を息が強く突破するかのような力任せな方法に頼らざるを得ません。)
3)リムとの接触:状況設定
リムが唇と接触し、リムの内部と外側とに唇が領域を分離されることによってはじめて、唇のどの部分が振動させられるべきかが認識され、周りの筋肉がどう働けばよいかが促されます。
息を源として唇が振動させられる、ということが起きるための状況設定として、唇とリムとの接触は必要不可欠だと言えます。
■コーディネーションを養う&アンブシュアは忘れる
上記のようにアンブシュアを構成する要素はさまざまであり、かつ互いに影響を及ぼし合うバランス関係にあるため、それぞれを独立的にコントロールしようとすることは事実上不可能だと思われます。
たとえば、息の流れ方と舌の高さとはバランスを取っています。息の流れがうまく機能していると、舌をそれほど上げなくても高い音へ至ることができますし、逆に、息の流れが機能していないと、舌を大きく上げなければ音が上がらない、という状態になります。
また、息の流れと唇もバランスを取っています。息の流れが不足している状態で振動を生み出すためには、唇を締め付けて、少ない息でもどうにか振動が生まれるようにせざるを得なくなります。そしてそこから生まれる振動はつぶれがちな粗雑な振動となります。一方で、息の流れが豊かであると、唇は柔軟なままで振動することができ、自然できめの細かい振動が可能になります。
その他の要素も、互いに影響し合い、バランスをとっています。
バランス関係にある以上、私たちにできることは、いかにバランス(コーディネーション)を養っていくか、ということになります。
■バランス(コーディネーション)を養うために
それではバランス(コーディネーション)を養うための練習方法としていくつかをご紹介したいと思います。
(ここでは、各練習方法の詳細は省略しています。)
1)息の流れを養う練習:アンブシュアを規定していく源である、息の流れを向上させる
・ブリージングバッグ:大きくリラックスした深いブレスのために
リラックスし身体が柔軟な状態で、身体が自然に大きく開くようにしていく。
大きく深い息の吸い込みは、身体の弾性収縮(広がった身体が元の大きさに戻る)の力を有効活用し、息を「押し出す」のではなく、フリーでストレスのない息の流れを実現する。
・スピロメーター:息の流れのために
ストレスのないフリーな遠くまで流れる息の流れ
“more flow, less pressure”(アーノルド・ジェイコブス)
・手:息の流れを手で感じながら
・紙:息の流れを目で見ながら
・楽器:実際の楽器演奏の状態に近い練習
楽器の中で滞るのではなく、スムーズに通過していく息の流れ。”More flow, less pressure.”
2)息と唇とのバランス、振動の状態や質を養う練習:バズィング(リム、マウスピース、リードパイプ)
・唇が息によって振動させられる、ということの理解
・振動の質を高める
・振動数を変化させる
(無理矢理に振動を作らない。息によって振動が自然発生する方向で。)
※実際に楽器で音を出す状態に比べ、唇を強制的に・自立的に振動させることになる。
(強制度: リム > マウスピース > リードパイプ)
※リップバズィングは、リムとの接触がない状態で振動を作ることから、実際にマウスピースが唇に当てられて振動が起きる時と同じになるとは限らない。また、最も唇を強制的に振動させる方法。
3)共鳴:センタリング(楽器が最も共鳴する状態を見つける)
各音で、楽器が最も共鳴するポイント(「音のセンター」「ツボ」と呼ばれる)を見つけることは、アンブシュアの形成という観点でも非常に重要だと言えます。
センター・ツボで吹いている時には、唇への不要な負担は最少で、余計なアンブシュアの操作がいらない状態であり、さらに言えば、息の流れ、唇の状態、舌の高さや形状、喉の状態、などが良いバランスを得ている状態と言うことができると思います。
言い換えれば、息のこと、唇のこと、舌のこと…など、それぞれ別々にどうにかしようとしても最適な状態にはなりにくいわけですが、センターを見つけていくことを通じて、結果的にそれらは最適なバランス状態になっていく、ということです。
息の流れを主として音のセンター・ツボで音を出すことを学ぶことは、楽器の共鳴との関係の中でアンブシュアを形成する(=楽器の抵抗とのバランスの中で、息、唇、舌、喉などのコーディネーションを得る)ことでもあり、とても重要であると私は考えます。
■音を出す瞬間にアンブシュアは形成される(事前に用意することはできない)
息の流れを主として、楽器やマウスピースの抵抗とのバランスの中でアンブシュアが形成される以上、アンブシュアを先に形作っておくことは事実上不可能であろうと思います。
あらかじめ唇のフォームをがっちり作ってからマウスピースに唇を当てたり、息を吐く前に唇をフォームをがっちり作りこむことは、息の流れとのバランスの中で唇のフォームが形成されるチャンスを自ら捨てていることになります。
■唇の不要な操作をしないことの効用:マウスピースの当たる位置が多少ずれでも問題なく吹ける(位置がずれる・いつもと違う位置に当たる、という恐怖がそもそもない)
唇、口の周りの筋肉の些末な操作(〇〇筋肉を△△の方に□□だけ張り、××筋を…)をすることなく音が出るようになっていると、マウスピースの当たる位置が多少(文字通り、多・少)ずれても問題なく吹くことができます。
実際のところ、マウスピース内の唇の「形状」はそれほど問題ではなく、マウスピース内の唇の「振動の状態」が問題なのですから、マウスピースの当たる位置は、唇が柔軟である限り、ほとんど問題にならないのです。
マウスピースの当たる位置に許容範囲が広ければ、実際の演奏の場面ではそれは強みとなるでしょう。マウスピースを当てる位置を気にする必要がない、仮に毎回当たる位置が多少違っても問題なく吹ける、のですから。
逆に、フォームを先に作りこむようにしていると、ある同じ一点でしか吹けないことになるでしょう。その場所をずれてマウスピースが当たると、いつものように音が出ない、(特に本番中にそれが起こった時に)ちゃんと音が出るか怖くなる、などの状態に陥ることになってしまいます。
■「正しいアンブシュア」にはめこもうとしても無理
アンブシュアを構成する様々な要素は、個人差を含みます。従って、マウスピースの内部で同じ状態を生み出すために必要な筋肉の使われ方は人によって全く異なります。
「正しいアンブシュア」にはめ込もうとすることは、フォームとしてのアンブシュアからアンブシュアを作ろうとしているため、成功しないでしょう。
■「音域によりアンブシュアを変えてはならない」というよりは、「あまり変えなくて済む」
「音域によってアンブシュアは変えてはいけない」「音域が変わっても同じアンブシュアでなければならない」という指導やアドヴァイスは、金管楽器奏者にとってはよく聞くものであろうと思います。
しかし、私は、「変えてはならない」から「変えないようにして吹く」のではなくて、そもそも「変わらなくて済む」というものだと考えます。
James Thompsonの言葉に、”Lead with air, not lips”(唇ではなく息で導く)という言葉がありますが、例えばこれが意味することのように、息の流れがよく機能していると、音域を移り変わる際に、唇の動き(や舌の動き)は、そもそも最小限に収まるものです。
息の流れの機能が低いほど、それを補うようにして唇や舌を必要以上に大きく動かさなければならなくなります。つまり、唇の動きは、息の流れの機能の低さの結果として生じている現象であり、原因ではありません。ですから、唇の動き自体をどうこうしようとしてもあまり意味をなしません。アンブシュアを「変えないようにする」意識を持つ必要はなく、息の機能のさせ方を学ぶことによって、結果的に唇の動きは最小限になる、ということです。
■まとめ:「アンブシュア」のことは忘れる。
最後に、変な言い方ですが、「アンブシュア」それ自体をどうこうしようとしても「アンブシュア」は良い状態にはなりませんから、「アンブシュア」は忘れてみてはいかがでしょうか。
「アンブシュア」ではなく、振動の質や楽器との共鳴を丁寧に見つめ、そしてそれによって生まれる変化を許容していくことで、自分にとって最適なアンブシュアは自然に決まっていくのではないでしょうか。
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