「マウスピースの圧力(プレス)はどれだけ必要か」問題
(旧サイトの「オンラインレッスン」のコラム記事のアーカイブです。2017-08-30の記事です。)
マウスピースをどれくらい唇に押し(圧し)当てるか、という、マウスピースの圧力/プレス問題。
金管楽器奏者にとって話題の尽きないトピックのひとつです。
巷には様々な考え方があり(その事自体は素晴らしい)、両極端な2つを挙げれば、「圧力は要らない」というものから、「圧力はどれだけかけてもいいからどんどんかけろ」「もっと押し付けなさい、ほら高い音も出たでしょ」というものまで。
両極端な意見が存在する事自体に示唆があると私は考えますが、両極端な考えが学習者に混乱や弊害を与えているだろう事は注目してもよいところかもしれません。
私の見解
マウスピースの圧力(マウスピースが唇を押す力)に関しての私の見解は、主に次の通りです。
1) マウスピースの圧力は、音を出す(楽器の共鳴を作る)ために必要なバランスの一部である。
2) マウスピースの圧力の程度は、あくまでバランスの一部であるため、それ自体で独立して決まるものではない。
3) マウスピースの圧力は、バランスを作り出す主要因ではなく、副次的に生じるものであり、それ自体の程度を操作できるものではない。その程度は、結果的に決定づけられるものである。
4) 「最適なマウスピースの圧力の程度」は、個々人の音の出し方(sound productionの部分)の効率性の程度により、また同一個人内においても状況により異なる。あるいは流動的に常に変化している。
5) マウスピースの圧力それ自体は意識的にコントロールできるものでもコントロールすべきものでもないので、気にしてもしょうがない。意識の中に置く必要が基本的にない。それが意識される(気になる)時は、発音の効率性が低下している時である。
6) マウスピースの圧力が強すぎると、強いプレスでしかバランスを作り出せない硬い唇になっていき、常に必要以上の力(アンブシュアの硬さ/タイトなアンブシュア、腹部などの固定・支え)を付け加え続ける吹き方となる、また、ハンドビブラートやシェイクは不可能である、などの不利益は出るだろうと思われる。
少なくとも、デフォルトで過度のプレスに頼っていれば、例えばマーラーやチャイコフスキーの交響曲の最後の最後で、やむを得ず過度のプレスに頼って音にして切り抜ける、という最終手段としての対処はできない。
7) 見た目上で判断される「プレスしている度合い」はあまりあてにならない。
8) 一部に散見される、「マウスピースはいくら押し付けてもOK」のような表現は、文字通りそのままをしてしまえば、唇を切る、前歯がぐらついてくる、など悲惨な結果に至ることは容易に想像できるので、真に受けてはいけない。
というものです。
補足的説明
補足的に、簡単に説明を加えてみたいと思います。
まず大前提として必要だと思われる理解は、音の発生に関わる様々な要素の中で、その主たる原動力となるのは、息の流れ(空気が移動し続ける事)である、ということです。
そして「息の流れ」以外で関わる要素はここでの話題では主に、唇の状態、マウスピースの圧力の度合い、です。これらがバランスをとりながら、音を出すことになります。
マウスピースの圧力は、マウスピースと唇が離れることなくくっつき続けているために、また、リム内の唇が適切に振動するために、幾分か必要なものです。
次に理解されるべきことは、主動力である息の流れの状態が異なれば、そこに関わる唇やマウスピースの圧力の度合いは、異なる、ということです。息の流れの状態に、唇やマウスピースのプレスの度合いは影響される、ということです。
大雑把な説明をすれば、息の流れの状態が悪ければ、唇はタイトにならざるを得ず、マウスピースのプレスも高くならざるを得ません。そうでなければ振動や共鳴が生まれる状態にならない、そうでなければ振動や共鳴が生まれるバランスにならない、からです。息の流れの状態と、唇やマウスピースのプレスはバランスをとっているのです。
逆に、息の流れの状態が良ければ、唇は必要以上にタイトになることはなく、マウスピースのプレスも高くなる必要がありません(いわゆる「必要最小限のプレス」)。息を主体としてバランスが作られ、唇の必要以上の締め付けや、マウスピースの必要以上のプレスに頼ることなく、音が出るバランスとなります。
このことはもしかしたら、実際に息の流れがどのように機能するかを感覚として理解できていない限り、信用できないことかもしれません。
マウスピースの強いプレスをむしろ推奨したり、アンブシュアの操作を推奨したりする人たちは、息の機能ということを理解していないのではないか、というのが私の意見です。
音の発生の主動力である息の状態が良いものであればあるほど、その周辺にある要素にのしかかる仕事は、実のところ小さいものです。
このことへの理解がある人は、過度のプレスなく楽に発音される状態と、強めにプレスしないと発音されないキツい状態とがあるのを知っているのではないでしょうか。
同じ高さの音を同じ音量で出す時、例えば、ハイBを同じ音量で出す時、マウスピースのプレス度合いは常に同じであるかと言えば、ノーです。
息の状態が異なれば、同じハイBを同じ音量で出すにしても、息の周辺的要素である唇やマウスピースのプレスの状態は異なるのです。
強くプレスをして、息はそれほど機能させなくても出るでしょうし、逆に、息を最大限に機能させることによってプレスはあまり生じないようにしても出るでしょう。
もちろん、強いプレスをしてもそれに起因する問題が演奏上生じないのであれば、そうすることは推奨されます。しかし、もし、それでは何らかの問題を生じる場合、やはり過度のプレスに頼るのは避けるべきです。
例えば、長時間の演奏(交響曲なり、ソロの1~2時間のリサイタルなり)、ハードなプログラムの毎日の練習(による唇への過度の打撃と、それによる調子の波や変動、スランプ)、音質そのもの、技術的リミット、唇や歯の痛み、など。
マウスピースのプレスが強すぎるために何か問題を生じていると感じた時、その対処は、プレス自体を減らすようにする、というのではなく(ほとんどの場合うまくいかない)、息のことを見直し、結果的に(知らず知らずのうちに)プレスが減っている、という対処が良いと私は考えます。なぜなら、プレスの度合いは、副次的に生じるものであるからです。
また、吹いているところを外から見た、外見上の「プレスの度合い」は、あまりあてにならいと思われます。見た目では唇が食い込んでいるかのように見えるが実際は強く押し付けられているのではなく、柔軟な唇(柔軟なアンブシュア)であるが故にそう見える、と言う場合や、あまり強く押し付けていないように見えても、実際はタイトなアンブシュアと拮抗するようにして強くプレスされている場合もあるように思います。
さらに言えば、プレスの度合いは、同一個人内でも、変動するものでしょう。唇を始め身体全体のコンディションが良く、発音が理想的に必要最小限の力でなされるバランスを取れる時には、プレスも小さいでしょうし、逆に、ハードなものを吹きすぎた翌日などコンディションが良くない時には、発音が最小限の力ではなされにくく、理想的な状態よりは強めのプレスになるでしょう。
以上が簡単な(それでも冗長な)補足的説明です。
結論を短く表現すれば、マウスピースの圧力は、息の流れを主とする他の要素とのバランスの中で存在している。マウスピースの圧力はそのバランスを形成する主要因ではないため、それ自体を操作しようとするのは賢明ではないだろう、となります。
もし強いプレスによる問題を抱えるならば、発音原理を丁寧に見直し、息の機能を理解すること、が本来的な解決につながるのではないでしょうか。
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