Nikonにあらず? ニコマートFTN
ぼくの部屋には3台のニコンがあります。
「Nikon S」「Nikon F2」そして「Nikomat FTN」です。
そのなかで唯一、Nikonの名が冠されていないのがNikomat FTN(※以下、ニコマート)です。なぜニコマートは「Nikon」と名乗っていないのか、ずっと疑問に思っていました。
2種類のニコン
日本を代表するカメラメーカー「ニコン」
日本光学の名で照準などの光学兵器を製造していた戦前の歴史。
そして日本の敗戦とともに始まり、現在の「ニコン」へと至るカメラメーカーとしての戦後の歩み。それは2種類のカメラからスタートしたと言えます。
35ミリ距離計連動機、いわゆるレンジファインダーカメラのSシリーズと、35ミリ一眼レフカメラのFシリーズです。
ニコマートはFと同じく35ミリフィルムを使う一眼レフカメラに分類されますが、この系統図の中にはニコマートの姿がありません。
ニッコールメイト
ニコマートのペンタ部にはNikomatと刻印されています。
堂々とNikonと名乗れない、何か後ろめたい理由でもあるのでしょうか・・・
ニコマート。
つぶれたコンビニチェーンのような名前ですが、その由来はニコンFマウントのニッコールレンズを使うことのできる「ニッコール」の仲間、つまり「ニッコールメイト」(Nikkor mate)からきているそうです。
ちなみにアメリカ人のニコンの発音は「ナイコン」です。
頭出ししておきました。
↓
Nikonは高級カメラの代名詞
さて、Fマウントのニッコールレンズを装着し、アクセサリー類はFと共用できるものもある。しかし、ニコンの名が与えられていないカメラ。それがニコマートです。
なぜそんな仲間外れのような扱いを受けているのでしょうか。歴史をさかのぼると意外な事実が見えてきました。
冒頭で日本の敗戦(1945年)と共に始まったニコンの歩みと書きましたが、日本光学が現在の「ニコン」へと社名を変えたのは1988年のこと。
しかし、1950年代に登場した「ニコンS」「ニコンF」はその名の通り、ニコンと名乗っています。
じゃあ「ニコン」って一体何なんだ。
実はニコンという名称は、元々は日本光学の高級カメラを指す「ブランド名」だったのです。
バーキンならエルメスのバッグ、クラウンはトヨタの車であるなど、社名と商品のブランド名が一致しない例は多くありますが、ニコンもそういう存在の1つだったというわけです。これで謎が解けました。
カメラ業界ではプロ向けの高級機を「ハイエンド」モデル、そして入門用の普及機を「エントリー」モデルと呼びます。
ニコンFはこの高級機にあたり、ニコマートは普及機という位置づけです。
ニコマートFTNが発売されたのは1967年。高性能なニッコールレンズを使うことのできるエントリーモデルという扱いでした。
当時のニコンはバリバリの高級カメラのブランド名です。それゆえ普及機のニコマートはニコンと名乗れなかったのです。
まさに「Fにあらずんばニコンにあらず」の時代だったというわけです。
驕れる者も久しからずですね。
ニコンF系との作りの違い
F2とニコマートを比べると、外装の作りや内部の機構に明らかな違いが見られます。
まず外装の作りについてですが、ニコマートの外装は簡素な作りですぐに分解する事ができます。もちろん工具はそろえる必要がありますが、ペンタ部のプレート、巻上げレバー、フィルムクランクを外すと、あとは側面のビスを1本引き抜けば一体型になっているトップカバーを外すことができます。
一方、F2はボディに化粧蓋や接着剤を多用していて、巻上げレバーやフィルムクランクの分解に苦戦しました。試行錯誤を繰り返し、1ヶ月ほどかかってようやく分解できました。
突然シャッター幕が戻らなくなってしまったので分解したのですが、けっきょく幕軸への注油で直ったのでここまでバラす必要はありませんでした。
ちなみに組み上げる様子をTwitterにて公開しています。
高級機というだけあってF2はニコマートよりも手間とコストがかかっていて、より重厚な作りでした。この事からも当時「ニコン」はブランドとして、しっかり差別化がはかられていた事がうかがえました。
では、普及機のニコマートはイマイチなカメラなのかというと、全くそんな事はないのです。
廉価なエントリー機といっても、カメラそのものの機構に手抜きは一切なし。過酷な環境でもプロの要求に応え続けたあの「Fの伝説」に違わぬ、質実剛健なまさにニコンを体現したようなカメラです。
名前以外は・・・
さて、F系との大きな違いは、カメラボディに露出計を内蔵しているという点です。
これはニコンよりも、むしろ同時代のキヤノンなどのカメラにみられる特徴です。
キヤノンF-1はボディ内に露出計を搭載しているので、ニコマートと同じくペンタ部はすっきりとしたデザインになっています。
一方、F2のフォトミックファインダーは、シャッターダイヤルや露出計の動作確認窓などを備えていてメカニカルな印象です。
ニコンFシリーズはファインダーに露出計を内蔵する事に固執し、Fのフォトミックファインダーは”違法建築”などと揶揄されるほどに大ぶりなものでした。
平屋の一戸建ての屋根にみょうな機材を載っけているといった出立ちです。これは近隣住民から「気味が悪い」と通報されるでしょうし、「お宅のせいで洗濯物が乾かない」と日照権をめぐって相当モメたはずです。
さて、後継機のF2になっても、カメラボディに露出計が内蔵される事はありませんでした。しかし、Fではファインダーにあった露出計の電池ケースが、F2になるとボディの下部へと移され、だいぶすっきりとしたデザインになりました。
このニコン技術陣のこだわりには、ただならぬ執念のようなものを感じます。
ちなみにFもF2も露出計を搭載していないモデルは、「アイレベル」という名称で、ファインダーはフォトミックと交換可能になっていますので、それぞれファインダーだけが売られていることもあります。
余談ですがFとF2のボディにはある程度の互換性があり、F2に先代のFのファインダーを搭載することが可能です。
後期型のF(ニューF)になるとセルタイマーのレバーなど、F2と一部共通した部品も使われています。
充実の機能面
実際に持ってみると、いかにも金属の塊という感じでかなり重たいカメラです。見た目の剛性感や凶器としての使用感ならF2よりも上です。
さて、ファインダーを覗くと右側にあるのが露出計のメーターです。
針が中央にくれば適正露出。下の画像の状態は+に振れているので、やや露出オーバー気味ということになります。
ピントは中央のマイクロプリズムを使って合わせます。レンズのピントリングを被写体がくっきり見えるところまで回していきます。
下側に出ている数字はシャッタースピードです。この画像の状態だと60に設定されています。
そのほかの機能面を見ていくと、セルタイマー、ミラーアップ機構、絞り込みボタンも備えていて、ストロボ接点も搭載されています。
丸窓のフィルムカウンターは若干ライカのパクリ感がありますが、巻上げレバー、シャッターボタン、絞り込みボタンがすっきりと配置されていて、操作系は洗練されたデザインという印象です。
そしてシャッタースピードのダイヤルはレンズマウントと一体化しています。両手でカメラを構えると左側に操作レバーがきます。ピントや絞りと同じように左手でガチャガチャとレバーを回してシャッタースピードを設定します。1秒から1/1000まで設定できて、バルブ撮影も可能です。
ちなみに下の写真の黒白の細長い台形のレバーはセルフタイマーです。
このように撮影に必要な基本的な機能はすべて完備されている上に、使用するレンズはFと同じニッコールレンズですから、撮れる写真はFと変わりません。
ニコマートは正真正銘のニコンなのです。
名前以外は・・・
青箱の片隅から
さて、僕のニコマートは友人にもらったものです。
景気の良い時代に生産されたニコマートは玉数も多く、中古カメラ店のジャンクコーナーに行くと必ず転がっています。値段も手頃で3000円も出せば、きれいな個体を購入可能です。
友人は地元のブックオフにて500円で購入したそうです。ジャンク箱から救出された当時の様子をごらんください。
決して目をそらさないでください。
これは現実に起きた出来事なのです。
見ての通りNIKONとプリントされた安っぽいシールがペンタ部分に貼られています。しかもフォントはゴシック体ではなく明朝体です。この状態でジャンクの青箱の片隅で佇んでいたそうです。
パッと見でニコンとわからないニコマートに対して、これは「ニコンのカメラですよ」と認識してもらえるように施したのでしょうが、微妙に中心からズレているテキトー具合など、もはや悪意すら感じます。きっと面白がってやったに決まっています。
「兄弟なのにニコンと名乗れないらしいわよ」
「あそこのお宅は違法建築だから」
「洗濯物が乾かない!」
などと近隣住民から後ろ指をさされていることについては、すでにお話した通りです。噂話や陰口は気にしなければいいだけのことです。しかし、この仕打ちはひどすぎます。
差別されないように、見た目を平等にすればいいという事ではありません。
学校も教師たちも大きな勘違いをしています。こんなはずかしめを受けて、思春期のクラスメイトたちの心身にどんな影響を及ぼすのか、想像力の欠如も甚だしいところです。
不公平を是正するためには、時には例外や特別なケアが必要なことだってあるでしょう。それを怠り「風紀が乱れるから」などという理由で、ただ見た目の均質さを追求し、徹底した管理を行うのが、正しい教育の在り方だとはとても思えません。
厳しい校則は「生徒のため」などと言うのは、教師の言うくだらない詭弁です。彼らが守ろうとしているのは生徒個人の人権ではなく、学校という村の秩序なのです。
地毛が明るい生徒の髪を、ほかの子と違って「目立つから」という理由で、黒く染めさせるなどというのは狂気の沙汰です。良識ある大人のやる事ではありません。
それと同様にニコンの刻印が無いからと言う理由で、わざわざNIKONと書いたシールを額に貼り付けるのは、ニコマートの事を思っての行為などでは決してありません。
クラスメイトを・・・いやニッコールメイトをただ管理しやすくする為に、一方的に、暴力的に、手を加えているに過ぎません。
しかし、これが世間がニコマートへと向ける視線なのです。社会の無理解が生んだ陰湿な差別が、ブックオフの青箱の中にすら蔓延っていました。日本社会は明らかに病んでいます。
「Fにあらずんばニコンにあらず」
いつまでそんな事を言っているんだ!
そんなヒエラルキーは30年以上前に消滅したんだ。
ミラーレスの「Z」だろうが、デジタル一眼の「D」だろうが、コンデジの「COOLPIX」だろうが、すべてニコンなんだ。
この不当な差別を粉砕するべく、我々は闘争を開始する。
万国のニコマートよ、団結せよ!
さて、時代が生んだ不当な差別の犠牲者、ニコマートは保護されてしかるべき存在です。
もちろんシールは怒りに駆られて破り捨てました。
不憫で見ていられませんでしたから。
そしてそっと抱きしめました。
ニコマートで撮影したスナップ
カメラ:Nikomat FTN
レンズ:Nikkor O auto 35mmF2
フイルム:ILFORD XP2 SUPER
スキャン:Plustek Scanner OpticFilm 8100
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