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熱狂のユーロ2016中編②

 広場はまだほのかに明るい。再びエクス・アン・プロヴァンスに。滞在がエクスなので、九時からの試合のために戻ってきた訳である。
 もう試合は始まっていた。本日最後の試合は、クロアチアーポルトガル。モドリッチを抑えることで、相手のよさを消すことに専念したポルトガルの試合運びもあり、膠着したまま前半を終える。
 後半に入ると一転。ポルトガルが攻めに転じたことで、互いにリスクを冒して攻め込む。とは言え、グループリーグから中二日と中三日の両者ともに、一点は遠い。両者スコアレスのまま延長戦に突入。
 迎えた延長後半。クロアチアの猛攻。ポルトガルゴールに迫る。しかしここで決め切れないと、その後はお決まりの展開となる。
 ドリブルで持ち上がったボールは左サイドのナニへ。逆サイドにスルーパス。受けたC・ロナウドがダイレクトでシュート。これはゴールならなかったが、こぼれ球を詰めたリカルド・クアレスマが押し込んで決めた。
 試合はこのまま終了し、グループリーグ三位通過のポルトガルが準々決勝に進出。前評判の高かったクロアチアはベスト16で散った。


 翌26日も南仏エクスは抜けるような青空だった。南仏滞在が最後となるこの日、終日をエクスで過ごした。
 通りの店先も壁面も、広場の樹木も噴水も、陽に照らされたところはすべてが眩い一方で、照らされていない通りや建物、広場の樹木やパラソルの下は、はっきりとした陰を形造っている。光が明晰なら、陰も明晰。この明晰さが南仏であり、エクスである。
 噴水が目に沁みる。広場では子どもが走り回っている。フォロム・デ・カルドール、市庁舎前広場と、通りと広場を歩き回り、午後三時前、私はいつものリシュルム広場へと戻っていた。
 広場はすでに大勢の人で賑っていた。テーブルも椅子も、日除けのパラソルも、今日はさらに多かった。広場中央ではコンサート会場のように、連続した巨大パラソルの下に椅子とテーブルを並べていた。
 びっしりと人で埋まっている。一週間のエクス滞在中、こんなことは一度もなかった。なぜなら今日は、開催国フランス戦。私がエクスにやってきて、最初のフランス戦なのであった。
 ギャラリーのほとんどは地元の人たちだった。熱狂的なサポーターはこんなところをウロウロしてはいない。観光ついでの欧州のサポーターはいても、開催国のサポーターと町の広場や通りで一緒になることはなかった。ましてや私のようにヨーロッパから遠く離れた辺境からやってきて、スタジアムでもファンゾーンでもないところで観戦しているのはそうはいないだろう。
 しかし私は、それこそが、旅の幸せの時間だと感じた。サッカー観戦という意味では、スタジアムがいいのは言うまでもないが、人々の日常の傍らにサッカーがあるというヨーロッパの文化のなかに、私もいま浸かっている。このことが、私を何とも言えない充ち足りた気分にさせていた。
 広場を見回すと、いたるところにTVがあるが、まったく聞こえない。応援で盛り上がっているのではない。試合が始まってもしばらくは試合そっちのけで、周りのフランス人たちは談笑している。
 フランスは優勝した2000年の大会以降、三回に亘って決勝トーナメントでは勝利がなかった。一方のアイルランドは初の決勝トーナメント進出だったが、ここエクスの広場では、彼らのサポーターは見られなかった。
 試合は開始早々、アイルランドの好機にPKを献上し、フランスは先制される。その後猛攻を仕掛けるも、アイルランドは寄せが厳しく、前半を1対0で折り返す。
 後半に入り、グリーズマンの二発でフランス逆転。この頃には、周りのフランス人たちも談笑している人はほとんどなく、TVの中の出来事に夢中になっていた。フランスはそのまま逃げ切り、ベスト8進出を決めた。
 グループリーグ最終戦でイタリアに勝利し、歓喜に沸いた小国アイルランドの夢はここで終わった。一方のフランスは、2000年代から続いていた長いトンネルは、確実に脱けつつあった。

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