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熱狂のユーロ2016前編④

 21日は夏至である。日本では梅雨の真っただ中の、蒸し暑いばかりであまり夏至という感じはしないが、フランスでも特に南仏は、いよいよ夏本番という気色が、いたるところから感じられる。
 木の葉も、噴水も、陽の当たるものはすべてが眩しかった。イメージ通りの明晰さで、これが本当の夏だと私は思った。陽射しはジリジリと熱い一方、日蔭に入れば涼しく、過ごしやすかった。
 エクスの街を歩いて気づくのは、とにかく噴水が多いことである。少し歩くと噴水、少し歩くと広場、そしてまた噴水と、歩いていて心地いい。
 街角や広場で音楽を奏でている人がいる。夏至である今日は、フランスでは「音楽の日」ということになっている。1982年に当時の文化大臣が設定して以来、フランス中の街という街でプロ・アマ問わず演奏され、人々は歌ったり踊ったりして、最も日の長い一日を楽しんでいる。
 時刻は夕方の五時半になろうとしている。私は街なかにあるリシュルム広場にいた。そこはまさに、ゆったりとした時間の流れるエクス旧市街の真ん中にあり、とても気持ちのいい場所である。広場のサイズはちょうどよく、周りのカフェは午後になると、大きなパラソルの下に椅子やテーブルを並べる。
 パラソルの色や椅子の形で、そこがどの店なのかが判った。迂闊に場所移動すると、その都度違う店から注文を取りに来られるので注意が必要である。パラソルの下で、周りの強い光を感じながらゆったりと過ごす時間は、南仏の休日と言えた。
 この日は六時と九時で二試合ずつの開催とあって、周りのカフェは準備に忙しい。店員が次々に出てきて、広場にTVを設置して行く。この日行われる四試合で、グループCとグループDの結果が決まる。六時の試合は、北アイルランドードイツを放送するようだ。
 どこからかドイツのサポーターが集団でやってきた。彼らは私の位置からは少し離れた一帯を陣取り、テーブルには注文されたビールが次々と運ばれていた。
 試合は終始、ほとんどの時間帯でドイツ優勢が続く。相手陣内でボールを保持し、圧倒する。北アイルランドの中盤は最終ライン近くまで下がる。スペースのない中をボールを動かし機会を窺うドイツ。元祖はオランダの、近年はスペインで始まったサッカーの潮流の最前線が、世界王者ドイツによって展開される。
 得点はエジルからだった。エジルの対角線のパスをマリオ・ゴメスがダイレクトでトマス・ミュラーに。ゴール前まで運んだミュラーはゴメスに戻し、ゴメスがこれを決めた。試合はその後も動かず、守護神ノイヤーの見せ場もなく、ドイツが1対0で勝利。点差以上の内容だった。
 リシュルム広場のドイツ人たちは、みな一様に満足気な表情を浮かべていた。得点シーンこそは歓喜の瞬間となったが、それもその時だけで、勝ち慣れている彼らは終始冷静に画面に見入っていた。
 もう一方の試合、ウクライナーポーランドは、ポーランドの勝利。これによりグループCは、ドイツとポーランドが勝ち抜け確定、北アイルランドは他グループの結果待ちとなった。
 
 
 外の広場から店に入り夕食を済ませると、そのまま中のTVでクロアチアースペインを観戦。すでにグループ突破を決め、引き分けで首位通過も確定となるスペインは、決勝トーナメントを見据え、メンバーを大幅に入れ替えるとみられていた。しかし蓋を開けてみると、これまで同様の布陣でこの三戦目も臨んできた。対するクロアチアはモドリッチやマンジュキッチ含め、スタメンを五人入れ替えていた。
 試合は二連勝の勢いそのままに、開始7分にスペインが先制。シルバとのワンツーからゴール前に抜け出したセスクがシュート。これをさらにモラタが押し込み、スペインらしい鮮やかな連携で試合をリード。その後はクロアチアにも決定機はあったものの、やはりスペイン優勢に進む。
 しかし前半終了間際、クロアチアは少ないチャンスをものにする。左サイドを抉ったペリシッチのクロスをカリニッチが右足アウトで合わせ、同点に。一瞬の出来事は、芸術的な一撃となってネットを揺らした。
 後半はクロアチアが少し勢いづくも、スペインも譲らない。迎えた後半25分。シルバが倒され、スペインのPK。しかしセルヒオ・ラモスのシュートは、GK正面に。
 決定機は逃したものの、その後もスペインはボールを支配する。同点にはされたが、引き分けでも首位通過となることもあって、焦る必要はない。といって、守りには入らない。相手陣内でボールを回すことが、彼らの攻撃でもあり、守備でもある。一方のクロアチアはコヴアチッチを投入して中盤を厚くする。
 そろそろ決めなければいけない後半43分。スペインのシュートミスからそれは始まった。土壇場での、絵に描いたような電撃的なカウンターが見事に炸裂。そのまま試合終了。
 全員で諦めず摑み獲った逆転勝利により、首位通過となったのはクロアチアの方だった。スペインは二位となり、ベスト16でイタリアと当たることも決まった。前回ユーロの決勝カードが早くも実現することになる。
 グループDのもう一戦、チェコートルコは2対0でトルコの勝利。チェコは勝てばベスト16進出が見えていたが、トルコが一縷の望みを繋いだ。今大会がおそらく最後になるであろうロシツキーのユーロは、これで終わった。
 外に出ると、あちこちの広場や通りは賑いを見せていた。といってもサッカーの賑いではない。今日は夏至の音楽の日。夜十一時を過ぎていたが、賑いは収まるどころか、さらに膨れ上がって行った。
 
 
 翌22日もリシュルム広場で観戦。今日でグループリーグ全日程を終える。六時からはイタリアーアイルランド。すでに首位通過を決めているイタリアに対し、勝利がグループ突破絶対条件のアイルランド。
 大方の予想通りメンバーを大幅に入れ替えて臨んだイタリアを相手に、アイルランドが試合を優勢に進める。高い位置からどんどんプレスし、積極果敢に攻め込むも、堅守イタリアを前に決定機は訪れない。アイルランドのプレスが鈍ると、試合は膠着状態に。
 このまま終了かと思われた85分、ドラマは起きた。イタリアの一瞬の隙を突き、クロスボールをゴール前に走り込んで値千金の一点。爆発するアイルランドサポーター。彼らの大合唱がスタジアムに響く。
 ホイッスルが鳴ると、大合唱は歓喜の雑叫びとなった。アイルランドのベスト16の相手は、開催国フランスとなった。
 もう一方の試合、スウェーデンーベルギーは、1対0でベルギーの勝利。試合前にイブラヒモビッチの代表引退が発表されるも、終始べルギーが猛攻。ベスト16進出を決めた。
 九時からのグループFは、混沌の様相を呈していた。二戦終えて勝ち点4で首位に立つのはハンガリーで、他三チームの何れにも勝ち抜けの可能性が残されていた。つまり四チームすべてがこの日の試合にベスト16進出を懸けていた。
 まずハンガリーーポルトガルは、両者打ち合いのシーソーゲームの末に3対3。これまで不発だったエース、C・ロナウドの二発もあり、ポルトガルはこのまま引き分けに終わっても勝ち点三の二位通過が見えていた。一方のアイスランドーオーストリアが1対1で90分を終えようとしていたからである。
 このまま引き分けに終わると得失点差でポルトガルを上回れないアイスランドは、アディショナルタイム4分に奇跡を起こす。途中出場の二人が抜け出した激烈なカウンターが決まると、スタンドは大爆発。人口33万人の小国が、ユーロ本大会でベスト16進出を決めた瞬間だった。全試合引き分けのポルトガルは辛うじて三位通過。
 ベスト16の顔触れはすべて揃った。

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