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熱狂のユーロ2016プロローグ③

 私がユーロ観戦に魅せられたのは、2004ポルトガル大会からだった。優勝国は守備の堅いギリシャだったが、最も魅力的に映ったのはチェコだった。チェコはまさに、チームが躍動していた。元々、小路の意味であるウルチカと呼ばれる、密集地帯でも軽々とショートパスを通すスタイルだったが、この時のサッカーはさらに前輪駆動だった。前線にはターゲットマンのヤン・コレルとスピードスターのミラン・バロシュ。これを前年バロンドール受賞のパベル・ネドヴェドや躍進著しいトマシュ・ロシツキーなどが活かしながら、自らも縦横無尽に動き回る。タレントが揃いながらもコレクティブに動く、新時代のトータルフットボールを展開していた。惜しくも準決勝で散ってしまったが、表現したサッカーは鮮烈な印象をもって、多くの人の記憶に遺った。
 2008スイス・オーストリア大会を制したスペインは、記憶に遺るだけでなくその後のサッカーの潮流を作った。こういうチームが優勝するということは、サッカーにとって大変好ましいことと言わなければならない。しかしスペインは、長きに亘って国際舞台で結果を出せずにいた。数々の名選手を輩出しながら、いつも期待外れに終わっていた。いつしか彼らは、〝無冠艦隊〟と揶揄されるようになる。そんなジンクスを打ち破ったのが、2008ユーロだったのである。シャビ、イニエスタ、シルバ、セスクのクアトロ・フゴーネス(四人の創造者)。彼ら中盤の底にはマルコス・セナ。前線にはビジャとF・トーレス。彼らは自在に動きながら、ショートパス主体の連動性の高いサッカーで世界を席巻した。以降、2010W杯、2012ユーロと国際大会で三連覇を果たし、黄金時代を築いて行く。
 2012ユーロの舞台は、ウクライナ・ポーランド。私はいつものように、家のTVで観戦していた。家のTVでも十分にサッカー観戦は楽しめるが、私はいつしか、この熱狂を現地で体感したいと思うようになっていた。そして2016。舞台はフランス。しかも、本大会の出場国が増えて、三週間だった大会期間は一ヶ月に延びるという。
 フランスで、一ヶ月。かねてからサッカー以外にも興味の対象が多いフランスを、一ヶ月かけて巡ることができたらどんなにいいだろう。ということでユーロ2016フランス大会は、私にとって人生の一大事となった。
 飛行機嫌いも手伝って、それまでに海外を自由に旅することがなかった私に、一大転機がやってきた。いつかは行きたいと思っていた大会は、必ず行かなければならない大会に変わった。
 そして、本大会半年前。対戦カードが発表された。AからFまでの各グループに四ヶ国ずつ分かれたその組み合わせは、何れも興味深いものだったが、中でも一つが目を惹いた。
 グループD。スペイン、チェコ、クロアチア、トルコ。スペインは翳りが見られるようになったとはいえ、主要メンバーはほとんど変わらず。チェコはさすがに2004からは大きく陣容を変えたが、当時は若手だったロシツキーは、チームの主将となっていた。
 言うなればこの二チームは、私にとって最も観たかったチームと最も好きなチームである。対戦カードは6月13日。場所はトゥールーズ。早速チケットを購入し、トゥールーズから旅を始めることにした。
 トゥールーズを起点に、一ヶ月かけてフランスを周る。気分はいやが上にも盛り上がって行った。
 
 
 6月9日。ユーロ開幕前夜。シャルル・ド・ゴール空港に降り立った私は、シャトルバスでホテルに向かった。バーでイングランドサポーターが盛り上がっているのを車窓から見た。彼らは明後日マルセイユでの初戦のためにやってきたのだろうか。これから一ヶ月、フランスのあちこちで、ヨーロッパ中から集まったサポーターたちを目撃することになるだろう。熱狂の渦の中に、私はいま入ったのである。
 翌10日。パリを素通りしてフランスを一気に縦断、トゥールーズに。郊外のホテルしか取れなかったため、夜遅い開幕戦はホテルで観戦。
 二時間前から、ユーロ特番が始まった。スタジオと現地スタジアムを繋いで何やらトークしているがフランス語がよく判らない。しかし盛り上がりは伝わる。スタジアムのあるパリ郊外のサン・ドニに向けての人の流れを空撮している。キックオフは午後九時。フランスはまだ明るい。
 開幕セレモニー。幻惑的なショーが始まると、中央のボックスが開き、デヴィット・ゲッタの公式テーマソングが流れる。これから一ヶ月、観戦の合間に何度も耳にすることになる曲である。上空ではトリコロールの航空ショーが催されている。というのを、私はトゥールーズ近郊のホテルで見ている。
 試合が始まった。カードは開催国フランス対ルーマニア。立ち上がりこそ硬かったが、徐々にフランスペースに。57分、パイェのクロスをジルーが頭で合わせ、先制点。その後PKを献上し、試合は振り出しに。しかし終了間際の89分、パイェの豪快なミドルシュートが決まり、そのまま2対1でフランスの勝利。パイェの躍動が印象に遺った開幕戦だった。
 いよいよ始まった。ちょうど一ヶ月後の決勝の日まで続く熱狂の旅が、いま始まったのである。

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