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熱狂のユーロ2016前編③

 さて、本日三戦目はスペインートルコなのだが、ここで一つ問題があった。リヨンで手頃なホテルが取れず郊外に戻らなければならなかったため、ファンゾーンでの観戦はここで切り上げねばならなかった。
 私は試合の余韻に浸ることなく、すぐにメトロの駅に向かった。メトロと国鉄を乗り継いで、田園風景の中にある郊外の町に到着。試合は九時からなので、ホテルの下の店で夕食をテイクアウト。慌ただしい移動だったが、何とかスペイン戦には間に合った。
 初戦は勝ちはしたものの、らしくない内容だったスペイン代表だが、この日はらしさ全開となった。トルコが低い位置で守備を固めなかったことから、比較的コンパクトな陣形の中でテンポよくボールが動く、これぞスペインという展開に。
 まず34分にノリートのクロスにモラタが頭で合わせ、1点。さらに37分には、セスクの浮き球をノリートが押し込み追加点。
 後半開始早々の48分には、スペインの絵に描いたような得点シーンとなった。9人で、21本のパスを通してのゴール。多人数が自在にボールに絡むこのサッカーこそが、世界を席巻した新時代のトータルフットボールである。
 彼らの流儀で、グループリーグ突彼を決めたスペイン。一方のトルコは、最終戦に向けて厳しい展開となった。
 
 
 19日。その日リヨンの街は、アルバニアサポーターに占拠されていた。
 ルーマニアーアルバニア戦が、ここリヨンで午後九時から開催されるとあって、彼らは大挙して襲来。ユーロ初出場となる彼らの意気込みは相当なもので、午前中から街のあちらこちらで、彼らの旗を纏った車やバイクが、爆音をかき鳴らしながら進軍している。国境を越えた珍走団であった。
 午後になると、街のメインストリートを大軍が練り歩くようになる。
 それは壮観な眺めだった。彼らの長く伸びた隊列は、一様にアルバニア・カラーの赤を身に纏い、先頭では赤地に黒の双頭の鷲を描いた大きな旗が、通りの空を埋めている。彼らはラッパを鳴らし、 掛け声を挙げながら、通りを何度も練り歩き、やがて街の中心にあるベルクール広場に集結した。
 と言っても、彼らの大軍は大きなファンゾーンをもってしても収まり切らず、外にあぶれた大勢の赤の群衆で、街は騒然となっていた。リヨンはこの日、完全なるアルバニアデーと化していたのである。
 私はベルクール広場の外にいた。しばらく騒然としたアルバニアの渦の中にいたが、やがてそこを離れ、彼らのいなくなった通りへ歩き出した。
 宴のあととなった静かな通りを歩きながら、今日で離れるリヨンの街を名残惜しんでいた。試合は九時からの二試合だけだったので、まだ時間はあった。しかし例によって、郊外のホテルに戻らなければならなかったため、八時にはリヨンを辞した。
 今日でグループAの結果が決まる。スイスーフランス、ルーマニアーアルバニア。前者がドローにより、ともに勝ち点1を積み上げたため、結局この二チームが勝ち抜けを決めた。
 後者はルーマニア優勢の展開となったが、スタンドの三分の二を埋めた赤のサポーターの声援が谺する中、攻守に高い集中力を見せたアルバニアが一点を守りきり、ユーロ初勝利。グループ突破はならなかったが、スタンドの歓喜と興奮は、この日起きたリヨンの街の光景とともに、私の脳裡に深く刻まれた。
 
 
 私は再び南仏にいた。6月20日、湖畔の景勝地アヌシーを経て、エクス・アン・プロヴァンスに至る。近代絵画の巨匠ポール・セザンヌで有名なこの地は、街も周囲も、〝プロヴァンス〟に溢れている。ユーロ開催地であるマルセイユも近い。私はエクスに一週間滞在し、セザンヌやゴッホの絵の舞台を訪ねたり、地中海ヴァカンスを楽しんだりしながら、ユーロ三昧の日々を過ごすことになる。
 この日も午後九時まで試合がなかったので、ホテルで観戦。グループリーグは佳境を迎え、決勝トーナメントの顔触れが連日決まって行く。この日はグループBの二試合である。
 スロバキアーイングランドは、シュート数で27対4とイングランドが圧倒するも、スコアレスドロー。ロシアーウェールズは、勝利がグループ突破の必須条件となったロシアが前がかりに攻めるも、空いたスペースを巧みに突いたウェールズが3対0の圧勝劇。前評判通り、ベイル、ラムジーの二枚看板で首位通過を決めた。
 この時私の脳裡には、ニームの古代神殿裏のバーで爆発していたウエールズサポーターの姿が浮かんだ。彼らは今頃お祭り騒ぎに違いない。
 グループBは、ウェールズとイングランドが決まり、三位のスロバキアは他グループの結果待ちとなった。

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