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いざフランス、トゥールーズへ②

モンパルナス駅を出た列車はボルドーを経て、トゥールーズに向かっていた。ストライキで少しバタついたが、振替列車が高速のTGVだったことで、当初予定していた時刻とほとんど変わらずに到着しそうである。外はどんよりと曇っており、時折差し込む光がフランスらしい田園風景に艶を与えていた。
 トゥールーズに着く少し前より、雨粒が車窓を濡らすようになる。駅に着くと、大粒の雨だ。降りたところは屋根がないので走った。駅の構内に置いてあるピアノは、たいてい誰かが弾いている。最近は日本でもよく見かけるようになったが、ヨーロッパでは以前からよくある光景だ。
 ユーロ開催都市なので試合日周辺はなかなか宿が取れず、国鉄でそのまま二駅先の郊外に移動。そしてこの近郊線が、トゥールーズ滞在中ストライキで多くの列車が動かなくなることを、この時はまだ知る由もなかった。
 ホテルのあるラベージュというところは、ホテルやアパートにビジネス施設、ファミレスといったものしかなく、味気ない町だった。ここからトゥールーズへは国鉄で二駅、10分くらいで行けるはずだが、滞在期間中は列車が動いているのを見ることはなかった。
 ラベージュは無人駅で、待てど暮らせど列車は来る気配がない。仕方がないのでメトロの駅まで4kmほどを、滞在初日は歩くことにした。空き地の多いのどかな郊外を歩いていると、バスが通っていることに気づいた。後で知ったことだが、ホテルのすぐそばにバス停があり、メトロの駅までバスで行けたのだ。要するにホテルからトゥールーズ市街まで、バスとメトロで特に不自由なく行けるのだった。もちろん観光でそのバスを使う人は普段はいないので、日本語でネット検索しても出てこない。
 日本語では判らないことはもう一つあって、それはフランス国鉄の時刻表である。日本語で調べると元々の時刻しか書いてないが、フランス語で検索すると、前後の時間に代替の列車が出ていることがよくある。フランスにおいては、元々の時刻表はないものと考えた方がよい。事実、トゥールーズの駅員に、「フランス国鉄のサイトをこまめにチェックして下さい」と言われた。突然変わることがあるからである。それでも、前日の夜には凡そは判明するとのこと。まず謝罪から入る日本では考えられない対応だが、これがフランス。受け入れた上で楽しめばいい。
 トゥールーズ滞在中は、人の善意にも助けられた。滞在初日にメトロの駅まで歩いたはいいが、券売機が硬貨しか使えない。フランスではよくあることだ。困っていたら駅のスタッフが見かねて声をかけてきて、「バスの運ちゃんに話してみなよ」と言う。バスまで行き話してみると、「バスに乗らないならダメ」とのこと。そりゃそうだ。すると先ほどのスタッフがやってきて、自ら直接交渉し、両替をしてくれたのだ。
 滞在二日目にはバスに乗り、小銭も用意しておいてメトロに乗り換えようとしたら、「Do you speak English?」と声をかけてきた女性がいた。同じバスに乗っていたらしい。「切符はそれ一枚で行ける。ただし一時間以内よ」と、とても聞き取りやすい英語で案内してくれた。つまり一時間以内なら切符を買い換えることなく、バスもメトロも乗れるというのである。わざわざ声をかけてくれた優しさに感激。初日の駅のスタッフも、二日目の女性も、一歩踏み込んだ優しさであり、上っ面の優しさに慣れた心には、とても新鮮に響いた。
 
 
 トゥールーズのあるオクシタニー地方は以前はミディピレネーといって、2016年の行政統合でモンペリエのある地中海浴岸のラングドックと合併し、現在の名になった。オクシタニーという名前自体は古く、この地域で古くから話されていたオック語に由来する。ちなみに自然派化粧品メーカーのロクシタンは、オクシタニーの人という意味らしい。
 日本においてフランスといえば、パリ以外ではニースなどのコートダジュール地方を思い浮かべる人が多いだろうと思われる。しかし山や海、街や村、美食に温泉と、より素朴で多様な魅力を備えたこの地方は、自国フランス人の観光客数が最も多い地方でもあるらしい。日本人にはあまりなじみはないかも知れないが、トゥールーズには日本庭園もあれば、大学では日本語学科、市井の日本語教室もある。近年は日本の観光客誘致も盛んである。ミーハー的な魅力には欠けるかも知れないが、実際にこの地を旅した人は、好きになる人が多いのではないか。
 さて、そんなトゥールーズの街である。バラ色の街と呼ばれ、私にとってもとても印象深い街である。キャピトル広場を中心に、名所・史跡は周囲に徒歩圏内であり、街はどこかゆったりとしていて美しく、ガロンス河岸は麗しい。学生の街としても有名で、美術館や教会建築など文化の薫り高く、エアバスの本社がある航空産業都市でもある。
 トゥールーズ・キャピトル楽団は、今やオーケストラの名門となった。トゥールーズを訪れる一年前、楽団の来日コンサートを聴いた私は、この町に一層興味を持った。サッカーばかりでなくラグビーも盛んで、スタッド・トゥールーザンは町の誇りでもある。フォアグラやトリュフ、カスレや鴨のコンフィといった食文化も豊かで、この掌サイズのコンパクト・シティには、あらゆる魅力が収められている。観光に訪れるだけでなく、しばらく滞在したいと思わせる、居心地のいい街である。
 旧市街の入口に当たるウィルソン広場に私はいた。昨日はバスの車窓からパリの街を見て、現在はバラ色の街が目の前にある。街を造る時、この地域に資材に適した石がなかったため、焼いたテラコッタ・レンガを積み重ねて資材としたことでバラ色の街と呼ばれるようになった。見事に暖色の方形が縦横に並んでいる。広場には移動式のメリーゴーランドがあり、無邪気な声が響いていた。
 さらに街のなかへ入って行くと、この街の象徴とも言える場所に辿り着く。キャピトル広場である。現在は市庁舎と劇場になっているキャピトルとその前の方形の広場は、この街を旅する人も、この街に暮らす人も、まずはここから一日が始まるといった場所で、それぞれが思い思いに時を過ごしている。この街で起こることはすべて、この広場を中心に展開されている。

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