虫下しはがんに効くのか?
フェンベンダゾールという虫下し(駆虫薬)が癌に効果を示すという噂がネットで広まっていて、がん患者さんから「本当ですか?」とよく質問を受けます。今回は、この質問について専門家の見地から答えたいと思います。
フェンベンダゾール(Fenbendazole)は人に使われる薬ではなく、犬や豚に対して使われている寄生虫を殺すための薬です。がんへの適応はなく、がんに対してはいわゆる未承認薬(効果が不明な薬)という扱いになります。
ネット検索すると、このフェンベンダゾールが癌に効く、末期癌が治ったなどの話(噂?)がたくさん出てきます。そして、Twitterで調べると、この噂を信じて、「個人輸入して服用している」というがん患者さんの書き込みまでが複数見つかります。この話はかなり広まっているようです。
がん患者さんが、人に一般的に使われていない虫下しを服用するというのは異常な事態です。私はこの噂を放置するべきではないと思ったので、ここで詳しく解説して緊急の注意喚起をしたいと思います。
未承認薬に対する考え方
このような未承認薬が癌に効くといわれて、その話が広まるというのは珍しいことではありません。これは全世界で何度も何度も繰り返されていることです。毎年、新しい噂が広まっていきます。私にしてみれば「またか」という感じです。
はっきり言って1つ1つを叩いてもきりがありません。これはこうだというのを繰り返していても、埒があかないのが現状です。
そのため、この薬についてのみ解説するのではなくて、今後もどんどん出てくる未承認薬の噂話に対応できるように、その未承認薬を使うべきものかどうかを、どのように判断すれば良いかの基本的な考え方を、この薬を例にとって解説したいと思います。
プロの考え方
プロのがん専門医・がん研究者が標準治療(効果が証明されている治療)以外の未承認薬をがん患者さんに試すべきかを判断する時には、一般的に重視することは2つです。「効果があるのか」と「副作用(害)はあるのか」です。当たり前ですね。皆さんもそうだと思います。
ただ、効果を見極める方法が一般の方と異なります。
一般の方は効果を見極めるのに、「本当に効果があったという体験談がある」「医師・医学博士が勧めている」「本・新聞・雑誌で紹介されている」「ネットで話題になっている」などで判断されることが多いです。
専門家は全くこれらはあてにしません。なぜかといえば大変に不正確だからです。個人の意見は、例え医師が言っていても、主観的評価が入っていて不正確です。専門家たちが重視するのはもっと信頼できる情報です。しっかりと、ごまかしようのない、客観的な事実を求めます。
そこで重視するのが、その薬が治療薬開発のどの段階まで進んでいるかの事実です。
がん新薬の開発段階とは
がん治療薬開発というのは、オリンピックの代表選考のような手順をとります。
図に示したように、4段階で行われます。それぞれの過程で良い成績を残すと次の段階に進みます。
つまりは、オリンピック代表を決めるために、学内選考・市民大会→市大会→県大会→全国大会と行っていく、それぞれの大会ですごい成績を出したもののみが勝ち上がって次に進めるという形式です。最後まで行って、全国大会で勝つとオリンピック代表になれるという形です。
何でこんなプロセスを経るかというと、がん治療薬開発というのは大変に難しいもので、成功確率が極めて低いから、膨大な数をふるいにかける必要があるからです。新薬が本当に効果があると証明される可能性は約0.01%程度といわれています(引用1)。しかも、開発にはお金がめちゃくちゃかかります。1つの薬剤に約3000億円近くかかります(引用2)。そのため、開発過程で厳密に効果をみて、これはダメそうだとわかると、すぐに開発は中止になります。
それぞれの過程での評価は客観的なデータで行われます。個人的な感想程度では次の段階には進めません。
そのため、この開発段階のどこまで進んでいるかで、これは期待できるかがわかります。第4段階まで進んでいるようなのは、相当に期待されて莫大なお金を投資されていると言うことになります。
つまり市大会も勝ち上がれないようだと全く期待できないということになるし、全国大会に進んでいるレベルだと、これは期待できるかもということになります。
ちなみに病院で行われている標準治療と言われる保険適応の治療は、この4段階を全て勝ち上がったスーパーエリート治療です。オリンピック代表レベルです。それがまさに、医師が標準治療を勧める理由です。
未承認治療はそこまで到底言っていない治療ということになります。未承認治療は上の開発段階のどこかにいる薬です。
どの過程にあるとどのぐらい有望
では、それぞれの段階にある薬が実際に効果が確認されて、標準治療となる割合はどのくらいなのか示します。
これでわかるのは、基礎研究段階にあるお薬では効果がある可能性は0.01%ほとんで、可能性はほとんどないということがわかります。実際の人に試す段階に入っても、まだ3.4%ほどで、実際に効くものはほとんどありません。一般的には第4段階に進んでいるレベルになって、初めて3個に1個ほどが有効です(引用3)。つまり期待が持てます。
フェンベンダゾールの実力は?
では、フェンベンダゾールの話に戻ります。この薬について調べてみると、基礎研究段階での効果を示す論文は複数見つかります。がん細胞にこの薬をかけると効果があったという内容です。また、マウスにがん細胞を移植したモデルを利用して、マウスにこの薬を投与すると効果があったという論文も見つけることができます。
ただ、調べる限りでは臨床研究はまだ行われていません(Clinical Trials.govで調査)。つまり、段階としては最初の第1段階にいて、次の第2段階には進めていない状況の薬だとわかります。つまり、現段階で言えることとしては、この薬が効果を示す可能性は0.01%ほどであって、現時点で期待が高いとは到底いえない薬であると判断できます。この段階にある未承認薬というのは世の中に数千個レベルであります。
もちろん、このように期待薄でも、将来的に効果が見られる可能性というのは0ではありません。それはどの未承認薬もそうです。可能性があると言われると信じそうですが、その時は冷静に確率を思い出してください。0.01%というのはどのぐらい低いのかです。
2018年現在、公益財団法人日本バドミントン協会の登録選手は30万人強。オリンピックの選考対象となる日本代表選手に選ばれるのは男女合わせて78人。競技人口の実に0.02%しか存在しないことになります。0.01%は本当にオリンピック代表になるくらいの低い確率です。
市民大会で活躍した人が、「俺はオリンピックに出られる」と豪語していたらどう思いますか?そんなに甘いものではない、バカなこと言うなと思いますよね。実際に我々がん研究者が思うのもそうです。臨床研究に行っていないものなんて、到底期待できないと思うのです。
副作用はどうか?
もう1つ大事なことは副作用が起こる可能性があるのかどうかです。効果がある可能性は低いにしても、何か不利益を被る可能性が高くないなら、患者が使うことには比較的寛容にもなります。しかし、もし副作用がひどい場合には問題になります。
では、フェンベンダゾールの毒性はどうかをみて見ます。私が調べる限りではがん患者さんに投与して、副作用を詳しく調べた研究報告はないので、不明というのがひとまずの結論です。
同系統の駆虫剤を人に投与した場合の報告は見つけることができます(引用4、5)。この報告では、骨髄抑制(血液細胞が減ってしまう)で感染症にかかりやすい状態になってしまう恐れが報告されています。他には一般的に肝障害などが起こることがあるようです。危険性がある薬であることがわかります。
フェンベンダゾールが癌に効くという噂が大きく広がった韓国では、実際にこの虫下し薬を飲んだために副作用が起きて病院を受診した患者が複数いたこと、一人の患者さんが副作用で亡くなったことが報告されているようです。そのため、韓国の食品衛生局ではがん患者さんが服用しないように注意喚起を行ったこと、この薬を無責任にYoutubeで宣伝した医師への批判が集まったということも記事で紹介されていました(ブログ記事)。(注:これらの一次情報は英語で書かれていないため、完全な事実確認ができていないことを明記しておきます。どなたか事実確認が出来たら教えて下さい)
とても勧められる薬ではない
以上を踏まえると、この薬は効果を期待できる十分なデータはなく、逆に副作用を起こしうる可能性があることを考えると、とてもお勧めできる薬ではありません。標準治療以外に何かできることはないかという、患者さんの必死の思いは痛いほどわかりますが、身を危険に晒すのはお勧めできません。
ネットを見ていると、「主治医に話したらやめるように言われるから、黙って使うようにした」というような書き込みすらもあります。おそらく、私と同様な思いを抱いて、そう忠告したものと思いますので、その言葉をしっかりと重く受け止めてもらいたいと思います。
医師も患者さんを治すのに必死です。本当に効果がありそうな薬が出てくれば、もちろん使います。使わないのには理由があります。
どうか、この記事をきっかけに、危険な行動をとってしまう患者さんが少しでも減ってくれればと心から願っています。
<さらに勉強したい方へ> 4月2日に「世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった 最高のがん治療」という書籍を、勝俣範之先生と津川友介先生と共著で出版します。この本の中では、今回説明した内容などをさらに詳しく解説しています。こんなことは知らなかった。がんについてもっと勉強したいと思われた方は、こちらの本も読んでいただければと思います。
また、私の個人ブログでもこのような解説記事を書いていますので、合わせてご参考にしていただければと思います。よろしくお願いします。
<参考文献>
1、United States Government Accountability Office (2006) “NEW DRUG DEVELOPMENT: Science, Business, Regulatory, and Intellectual Property Issues Cited as Hampering Drug Development Efforts.”
2、Wouters, O., McKee, M., Luyten, J. (2020). Estimated Research and Development Investment Needed to Bring a New Medicine to Market, 2009-2018 JAMA 323(9), 844-853. https://dx.doi.org/10.1001/jama.2020.1166
3、Wong CH et al. (2018) “Estimation of clinical trial success rates and related parameters,” Biostatistics; 20(2), 273-86.
4、Morris DL et al. (2001) Pilot study of albendazole in patients with advanced malignancy. Effect on serum tumor markers/high incidence of neutropenia. Oncology. 61(1):42-6.
5、Kammerer WS et al. (1984) Long term follow-up of human hydatid disease (Echinococcus granulosus) treated with a high-dose mebendazole regimen. Am J Trop Med Hyg. 33(1):132-7.