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変化こそが正確さの源

さあ、始めましょう!

往復書簡マガジン「俺たちは誤解の平原に立っていた」の第9回目です。


前回の私の記事では、「正しい」の決め方についてお話ししました。医療でこの薬は効くのかなどを決めるには、質の違う積み木を重ねて、その高さで「正しい」かの判断をするというお話をしました。


それに対してのヤンデル先生の記事では

「こういう正しさもあるよね」という自己主張が許されない場面が医療にはあるという話で、とても熱い、素晴らしい記事でした。

多様な価値観を持ってもらって構わないのですが、他人の命を危険に晒すような主張は看過できないというのが、私も感じるところです。


どんどん深まってきましたね。医療情報の本質に向かって、さらに突き進んでいきたいと思います。

さて今回は「変化こそが医療情報の正確さの源だ」というお話をします。


主張が一貫していれば信頼できる?

「あの人は言うことがいつも一貫している。だから、信頼できる」

良く聞く言葉です。たしかに、言うことが変わる人は信頼できないと感じる方も多いかと思います。

医療情報に対しても、同じ考えを持たれて、医療者の言うことが、前のと違ったりすると、「言うことが違う。信頼できない」と怒る方がいたりします。SNSでも時々見るかと思います。

その医療者はおかしなことを言っていたのでしょうか?

実は、正確な医療情報の発信をしていたけど、言うことが変わるという事が起こる事があります。

なぜかと言うと、医療での「現時点での結論」は時間の流れとともに、ダイナミックに変化していくことがあるからです。

例えば、新型コロナが始まった頃は、「無症状の人が感染予防のために、マスクをする必要性は高くない。症状がある人だけマスクをしましょう」と多くの専門家が言っていました。

しかし、数ヶ月経つと、「マスクは全員がするべき」と言う話に変わりました。覚えている方もいるかもしれません。

なぜ、このようなことが起こったのでしょうか?その理由を知ってもらうことが、医療情報を正しく理解するためには大切です。


データ不足は珍しくない

言う事が変わる理由はいくつかありますが、最も多いのはデータ不足です。最初には、正確に判断するデータがなく、その後にデータが出たと言う場合です。

例えば、新型コロナが始まった当初はまだ十分なデータがありませんでした。新しい病気ですから、データがないのは当たり前です。

実はこのような状況は医療では珍しくありません。新型コロナほどの新しい病気の場合に限らず、色々な病気で起こります。特に、治療が難しい病気ではまだ分からない事が多く、データ不足の中で判断を求められる事があります。


データ不足との苦闘

データが不足している場合には、医療はどう対処しているのでしょうか?

「データが足りないから、結論は出せない。お手上げです」と白旗を上げるのかというと、そういうわけにはいきません。実際に病気で困っている患者さんがいるので、何もせずに放っておくわけにはいきません。

また、完全なあてずっぽうで、こっちかなと適当に判断するのも許されません。人の命が関わったものを賭けで決めるわけにはいきません。

どうするかというと、現時点で持っているデータを駆使して、最も正しいと思われる結論を必死に導こうとします。

以前に示したエビデンスの積み木で説明すると、まだ積み木の数が少なくて、判断できない状態です。

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その時には、現時点である積み木を見て、その上にこれから出てくる積み木(点線)を予想します。おそらく、こうなるのではという予想をたてて、現時点での結論を出します。

この作業をすることで、できるだけ正しい答えを必死で導こうとします。しかし、それは間違う可能性も当然あります。科学は時に誰も予想できないことを起こします。


類似の病気から予想する

新型コロナのマスク予防の話に戻りましょう。最初の時には、新型コロナに関するデータはありませんでした。そこで、インフルエンザなどの比較的似た病気のデータを利用して判断をしようと試みられました。これからでてくる積み木を、似た疾患の積み木の山から予想したわけです。

インフルエンザなどを対象にしたこれまでの多くの研究では、無症状の人がマスクをしても、新たな感染を予防する効果は十分に認められていませんでした。そのため、マスクは症状のある人がつけるものというのが多くの専門家の理解だったのです。

そこで、その時点での説としては、無症状の人がマスクをする必要性は高くないのではと判断したわけです。もちろん、これは絶対の結論ではなくて、その時点のデータではこう考えるというもので、あとでデータが得られたら、その時点で判断をし直すということで進められました。

新型コロナの実際のデータが数ヶ月後に出ると、多くの研究者の予想に反して、マスクは感染予防に有効だとわかりました。新型コロナは今までのインフルエンザとは異なる特徴を持っていたためでした。

その時点で「皆さんマスクをしましょう」という話に変わったわけです。


良い医療者は変われる人

医学はダイナミックに変化を続けています。その変化の速度は近年加速しています。5年、10年と経てば、全く違う世界が広がっていたりします。新型コロナではさらに早く、数ヶ月単位で変化が起こっていました。

このような状況の中で、良い医療者とは変われる人です。

ダイナミックに変わるデータを常に追いかけて、その瞬間でのベストの答えを見つける。それは勘ではなく、科学的にです。そして、その後に間違いがわかれば、すぐに変更する。その素早さが求められています。

そのため、医療者は常に勉強をし続けないといけません。


専門外の変化は追いかけきれない

医療者が良く言う、「それは専門外だからわからない」には、この変化が大きく関わっています。

自分の専門分野は最新情報を追いかけているけど、専門分野外は追いかけきれないため、最新情報を必ずしも把握しきれていません。

例えば、私は脳腫瘍を専門としているので、その分野の情報は常にアップデートしています。この作業だけでもうほとんどの時間がなくなってしまいます。

そのため、「肺がん」「胃がん」とかの最新情報をアップデートすることは事実上不可能です。重要な変化は追いかけられても、細かな変化までは追いかけられません。同じタイプの「がん」でも難しいくらいですから、全く異なる病気ではさらに難しいです。

医療とはそのぐらいの速さで変化をしているものなのです。

そのことを知ると、何十年も同じ主張を繰り返す人は信頼できるどころか、恐ろしいことだと感じませんか?

もちろん、分野によっては全然変わらないのもあるのですが、周りはどんどん言う事が変化するのに、一人だけずっと何十年前のデータを持ち出して、同じ主張をしているというのはとても恐ろしいことです。


古い情報に惑わされないことが大切

医療情報を見るときには、この変化が当たり前ということを忘れないようにしましょう。時々、変化のことを軽く考えていて、とても古い情報に惑わされてしまう方がいます。

例えば、「20年前におじいちゃんが抗がん剤治療を受けて、ひどい副作用が出て大変だったから、抗がん剤は絶対に使わない方が良い」とか親戚に言われて、最新の抗がん剤治療を使うのをためらってしまう方がいたりします。

同様なことはネットの情報収集でも起こります。とても古い、何十年も前の医療の話の書き込みを見て、誤解をしてしまい、今では良い治療があるのに、それを受ける機会を逸してしまう事があったりします。

古い情報に惑わされないように注意をしてもらいたいと思います。最新の情報はどうなのかを、常に医療者に聞いてもらいたいと思います。


今回は医療の変化についてお話ししました。医療者のいう事が変わっても、それがデータの変化によるアップデートであれば、不安になる必要はありません。逆に、新しい情報を常に勉強してくれていて、信頼できる医療者だなと思ってもらいたいと思います。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました!

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大須賀 覚
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