未承認治療を考える上で大事なこと
某血液なんたら治療がまた話題になっているようですね。
SNSで展開されている議論を見ると、ちょっと的外れな議論がされているようにも感じたので、こちらで少し解説させてもらいます。
病気に対して病院で一般的に行われている治療を標準治療と呼び、それに対して、まだ十分な効果が確認されていない治療を未承認治療と呼びます。
未承認治療の中には様々な治療が含まれていて、将来に標準治療に入ってくる可能性の高い開発中の新薬から、クリニックで高額で行われている自由診療や、迷信的な民間療法まで様々です。
では、これらのどれが俗にイカサマと言われるような不適切な治療で、どれが適切な治療と言えるのでしょうか?これにはたくさんの要素が入って難しい話なのですが、
すごく端的に表現すれば
「本当に患者さんのことを思って行われている治療かどうか」
で決まります。
それはどういうことかを解説していきます。
患者さんのことを思っているとは?
患者さんのことを思って行われているというと、実施している医師が真に患者さんのためを思って行っているのか、騙そうと思って行っているのかという点なのかと思われたかもしれません。
確かに、騙そうとして行っているのは論外です。ただ、患者さんのことを本当に思って、気持ちがこもっていれば十分なのではありません。
これよりも遥かに高いレベルで患者のことを考えていることが求められます。
未承認治療は効果があるのかないのかがわかっていません。また、もしかすると酷い副作用があるかもしれない治療です。それもわかっていません。それを実際の患者さんに使おうとしているのですから、そこにはとても高いレベルの条件を満たしていることが一般的に求められます。
科学的に効果が期待できる可能性が十分にある
患者さんに試す場合には、事前に行った細胞/動物実験で、科学的に効果が期待できる可能性が十分にあることが示されている必要があります。理論的に効果を示す裏付けがあるということです。
医師が勝手に想像して、おそらくこれは効くだろうという推定だけで行うことは許されません。そんなに適当では許されません。
また、もう一つ大事なことが、過去の研究ですでに効果がないと判明した治療を、全く改良もせずに行うことは一般的に許されません。効果がないとわかっているものを漫然と継続することは患者には何のメリットも与えないからです。
日本の自由診療にはこの最低限の配慮に欠けるものが結構あります。細胞実験の結果のみで、マウス実験をしていないで、科学的根拠が極めて薄弱だったりします。また、すでに何年も前に効果がないと判明している治療を、何の改善もなく、何千例にも販売しているというようなケースもあります。これは極めて問題です。
副作用にも十分な配慮が必要
副作用についても事前検討が必要です。細胞/動物実験で十分に検討して、目立った副作用がなかったことが確認されていることが必要です。逆に、すでに危険性が十分に予想できる治療を、合理的な理由がないのに実施することは大変に危険な行為で許されません。
また、投与を開始した後に副作用が出たら、すぐに気づける体制を持った上で行われる必要もあります。もし、重篤な副作用が起これば、その人以外の方への投与もすぐに中止することが求められます。
これらの対策を十分に行わずに投与することは患者への配慮が欠けていると言えます。
患者さんに一方的に不利益が出る体制での実施も問題
日本のクリニックで行われる自由診療で問題なのはこの点です。未承認治療を行うのに、患者自身が高額な支払いをしないといけないことがあります。
もしかすると効果があるかもしれないわけだから、お金を払うのは当然ではと思うかもしれませんが、これは世界的に見て異常な状況です。
未承認治療が実際に効果を示す確率は皆さんが思っているよりも極めて低いからです。がんの場合には基礎研究段階で試されている薬では約0.01%ほどのものしか実際には効果はなく(United States Government Accountability Office (2006) )、臨床試験(人での試験)がすでに開始されているようなものでも、3%ほどのものしか実際に効果のある薬はありません(Biostatistics, 2018)。
効果が得られる可能性はとても低いわけですから、メリットを得られる可能性は極めて低いということになります。むしろ、副作用を被る可能性があるわけで、デメリットを被る可能性の方が高いかもしれないと言うことになります。
デメリットを被る可能性の方が高いものに、さらにお金を払うと言うのはおかしいですよね?
世界的には、未承認治療を患者さんに行う場合には、患者さんには金銭負担を一切求めない臨床試験の形をとることが一般的です。研究開発をする側が負担して、患者さんは一銭も払わずに治療を受け、交通費などを逆にもらったりします。
患者さんは病気で困っているし、医療の難しいことはわからないと言う弱い立場にいます。その人に対して、適切な説明をせずに、効果が高いように誤解させて、高額の支払いを求めるのは明らかに不適切です。患者さんのことを考えていません。
医療者がSNSで怒っているわけ
一般の方の中には、未承認治療に関する話が出てくると、医療者が過剰に怒っているのではないかと思う人もいるようです。効果があるかもしれないし、細胞実験でのデータもあるようだし、とても患者さんのことを思っている医師だから、批判する必要はないでしょうにと思う方がいます。
しかし、医療者側は未承認治療を行う上では上記のような条件が最低限求められることを知っています。それをしないと患者さんが守られません。
そのため、それが守られずに、科学的根拠が十分にないものや、副作用が容易に想像できるようなものを、患者さんの金銭負担まで求めて行っていることを許せないわけです。だから、こんなのイカサマ医療だと言って、怒ったりしているんです。
逆に言うと、これらの患者さんへの配慮をしっかりと行っていれば、未承認治療を行うことは何ら問題のないことです。現在の治療では救えない人たちを何とかしてあげられないかと、未承認治療を研究し行うことは医学を進歩させるために重要な行為です。
未承認治療自体が悪いわけではありません。しっかりと患者さんのことを考えて、できるだけ効果が得られて、副作用で困ることがないように配慮した上で、患者さんに一方的なデメリットがない状態で行われていれば、一般的に怒る医療者はいません。その体制を整えずに行っている医療行為に怒っているわけです。
十分な配慮をせずに行われる未承認治療が取り締まられて、適切な形で安全に行われる臨床研究がしっかりと増えることを望んでいます。
未承認治療の話を見たときには、そこまでの患者さんへの配慮が行われているのかを見てもらうと、問題があることかどうかが見えてくるかと思います。
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