500文字の建築試考「現象 in 豊田」
自分が建築に興味を持ち、現象のことを考えるきっかけになった体験がある。2012年12月の豊田スタジアムでの体験だ。
その日はFIFAクラブW杯という大会の準決勝で、ブラジルのコリンチャンスと中東のアル・アハリが対戦した。
その日のコリンチャンスサポーターは凄まじかった。
1万人を超える熱狂的サポーターが地球の裏側であるブラジルから押し寄せ、スタジアム全体を埋め尽くした。
全員が本気で応援し、歌い、飛び跳ねて、一緒に戦っていた。
本当に全員が本気なのである。
黒川紀章さん設計のスタジアムもこの熱気に呼応するように、白い息をまとい、声を響かせ、揺れていた。
自分はこの揺れで建築が壊れてしまうんじゃないかと思った。
そのくらい揺れた。
コリンチャンスのフォワード、ゲレーロの得点が決まると、ピッチ上、客席関係なくスタジアムが一つとなって熱狂に包まれた。
味わったことのない空気だった。
これが現象だった。
人生で初めて建築と現象を意識した瞬間だった。
正確にいうとこの時はまだ理解していなかったが、確実に原体験となった。
空気、スタジアム、時間、心、あらゆるものが揺れた。
あの時ワクワクしたり、情熱的になったり、怖かったりしたいろいろな感情を、あのスタジアムにいた人々はそれぞれが持っていたことだろう。
そして、その感情を声だったり、跳ねるという身体的行為であったり、様々な形で「表現」したからこそあの熱気が生まれたのであろう。
そんな現象をそっと包み、引き立てる建築を設計した黒川紀章氏に心から敬意を表する。