「人生の伏線回収」、ここから始まる。
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2ヶ月前、2019年8月11日。
この日まで、6人が違う日常の伏線を紡いでいた。
顔も知らない。
名前も素性も知らない。
生きてきた場所も全く違う。
それでもあの瞬間、人生の伏線が出会い、今まで紡いだ糸が織り合わされ、表現が重なった先に生まれた体験は、全員の感情をつらぬく劇的なものだった。
誰のためにでもなく、自分自身のためだけに、本気で記憶と表現に向き合い、感情と身体をリンクさせていく。
そして、その先に待っていた儚く美しい、まるで別世界のような空間。
この体験は、新たな人生の伏線となり、これから始まる「人生の伏線回収」の出発点となる。
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2019年3月
私は普通の建築学生である。
普段は建築に関する思想について研究すると同時に、将来目指す建築への道のため、設計に勤しむという一般的な建築学生。
今まで人前で表現をしたり、自分を発信したりすることをあまりせずに人生を送ってきたし、ダンサーや役者などの友達もいない。
そのような表現者とは交わらず、ただ傍観者として客席から眺める側の人間だった。
しかし、この頃から建築に関しての表現について考えるようになった。
建築でもっと表現したいと思ったのだ。
そのきっかけとなったのは今年の初めに発表した卒業設計「甲斐絹は、彩る。」であった。生まれ故郷である山梨県の地域の素材、絹織物を使ったミュージアム建築という内容のこの設計では、
絹という「素材」と
揺れ動く「感情」と
動かない「建築」の関係について考えた。
そしてこんなことを思った。
絹を使った美しい空間をつくる。
それが感情を揺さぶる劇的な体験を生む。
そして、体験が人生を変えていく。
そんなことを発表までの半年間考え続けた結果、自分が建築で表現したいことが見えてきた。
「建築空間で今まで味わったことのない感情体験を生みたい」
「今までにない新たな空間体験をもたらす建築をつくりたい」
「今までにない感情体験を生む・今までにない建築空間をつくる」
この二つの目標が自分の目指したい道となった。
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2019年6月29日
Instagramでとても気になるストーリーを見つけた。
「人生の伏線回収」
≪共鳴者募集≫
-感情×空間×ダンス-
感情と空間について考えていた自分にとっては魅力的すぎるとも言える内容で、非常にワクワクする気持ちを感じた。
すぐさまこのストーリーの発信者にダイレクトメッセージを送った。
この発信者が「人生の伏線回収」メンバーの一人である仙田浩之(仙ちゃん)。この企画では動画撮影・制作を担当していた。
仙ちゃんは小中学校の時の同級生で、同じ塾に通っていて仲良くなった地元の幼馴染だ。
3年前の成人式以来ほとんど連絡を取っていなかったが、日頃から仙ちゃんのInstagramの投稿を見て、「なんか面白そうなことをしているなあ」という印象はずっと持っていた。
そんな仙ちゃんにInstagramのストーリーの内容について詳しく聞いてみると、
「人生の伏線回収」とは、
参加者に、過去を振り返ってもらい、未来につなげてもらうきっかけ作りとなるイベントである。
現在は「自己分析」という名前で、主に就活の時期に自分の過去を振り返ることはあれど、自分が未来をどう生きたいかという道を見つけるという本質とずれてしまうことがある。
そこで、何か違う方法で過去の振り返り(=伏線)を未来の行動につなげる(=回収)ことができないかと考えている。
その何か違う方法というものを、この企画では身体表現という方法で考えている。
ということだった。
この話を聞いた時、ストーリーを見た時に感じたワクワク100%の気持ちが2つの気持ちに別れた。
1つ目はワクワクがもっと増して、これはすごい企画になるなと思ったドキドキの感情。
2つ目はいつも建築とは一見かけ離れた「就活」や「身体表現」というワードに対してひるんでしまい、これはどういう結果になるのか見えないと思った不安の感情。
数秒間、悩んだ。
しかし、不安の感情を通り越して「こんなにも面白そうなことを自分もチャレンジしたい」と思った感情を優先して、素直に「この企画に関わりたい」ということを伝えた。
仙ちゃんはこの気持ちをすぐに受け入れてくれて、自分がこの「人生の伏線回収」に参加することが決まった。
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2019年7月1日
この企画の詳細の説明をしてもらい、自分がどのように関わっていくかを話し合うための電話会議が開かれた。
この電話会議の相手が「人生の伏線回収」の発案者であり、この企画の代表である鈴木ゆりな(ゆりな)だった。
彼女とは初対面で、まずは自己紹介をしてもらうところから始まった。
アメリカに留学中で、グラフィックデザインを学んでいる。電話した当時はエストニアで開催中のワークショップのインターンに参加中で、電話はエストニアから掛けている。仙ちゃんとはソーシャル・アート「スプリットラブ」という企画で知り合い、秋田県・大館でミュージカルを自分で開催する企画などで一緒に活動したことがあるということだった。
情報量が多い。
こんなにパワフルな人がいるんだ。
シンプルにすごいと思った。
そんな中、神戸で建築を学んでいる、というたった一つの情報でしか自己紹介しかできなかった自分にゆりなは、「人生の伏線回収」のコアメンバーの一員になって、空間デザインを担当してほしいと言ってくれた。
一抹の不安を抱えながらも、この役をやれるのは非常に嬉しいことでありチャンスでもあると思った。やっと建築空間で何かを表現できると思った。
ここから「人生の伏線回収」の空間デザイン担当としての日々が始まった。
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2019年7月2日
実際に空間制作をしていくにあたり、どういった空間を作るか考える作業が始まった。
空間制作をするにあたり必要の条件は次の3つだった。
・ダンス経験者が身体表現をするための空間であること
・瞑想、思索、表現、共有という4つのアクションができる室内の空間であること
・未来に対しての空間であること
それに対して、自分なりに解釈し直して考えた空間の課題が次の3つだった。
・あえてダンスしにくい、新たな身体表現を引き出す空間を作ること
・同じ場所だけど、時間とともに意味を変えるような体験ができる空間を作ること
・過去に味わったことのない新しい感覚をつかむための空間を作ること
この自分なりの3条件を元に空間制作が始まった。
まず使おうと思ったのが「布」だ。
これは自分の常套手段でもあるのだが、何よりダンサーの身体表現に呼応するようになびき、形を変え、1秒ごとに空間を変えていくという布の特徴が今回の企画にぴったりだと感じた。
布は衣装としてダンサーにとって身近なものであるだろう。
だけど、自分の大好きな布で、ダンサーにとって新しい感覚を呼び起こすような今までにない布の使い方を示したいと思った。
そこから一週間をかけて、「布」とダンサーの「身体」の関係をどう面白く、どう新しくしていくかを考え続けた。
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2019年7月8日
布に対する空間のアイデアをいっぱい出す中である方向性が浮かぶ。
それは布によって、「一人で踊る空間」と「みんなで踊る空間」を分けるということだ。
狭い室内のギャラリーで行うことがほぼ決定していたため、あまり大規模な制作をすることができない条件だった。
だったら天井から布を吊り下げるだけで空間が作れないだろうかと思った。
天井から筒のように囲って吊るす布の空間はその中で一人で踊るための「個の空間」。
最初はその「個の空間」の中で表現していくのだが、だんだん感情が高ぶり「個の空間」を突き破って出た先に待っている「みんなの空間」でクライマックスを迎えるというシナリオを自分の中で考えた。
囲われた「パーソナルスペース」とその周りを覆う「布の空間」
この方向性で空間を作っていった。
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2019年7月11日
当日の企画内容がほぼほぼ決まり、一連の流れを「人生の旅」になぞらえて場面が移り変わっていくこととなった。
この頃、自分の中で一つ新たな裏設定のようなものを付け始めていた。
「パーソナルスペース」の外の空間を、この世にいるのではないような超世界の体験を作るための空間とすることだった。
難しい言葉はさておき、やりたかったことは一つ。
たくさんの細い布を天井から垂らして、布の中で踊っているような空間を作りたかった。
踊りにくい。
表現しにくい。
前が見えない。
でも美しい。
そのような新しい感覚をダンサーには味わってほしいと思い始めて、最終的なイメージが出来上がった。
(実際の会議資料)
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2019年7月25日
空間のイメージがほぼほぼ固まった頃、自分の地元である名古屋で「人生の伏線回収」メンバーで集まることになった。
この時集まったのが、自分と仙ちゃんとゆりなと、「人生の伏線回収」で内容企画を担当していた酒井一帆(かずほ)だった。
自分がゆりなとかずほと実際に顔を合わせるのはこの日が初めてであった。
2人は関東出身だが、ヤングアメリカンズのキッズサポートで名古屋にちょうど来ていたということだった。
また聞いたことのない単語が出てきた。
ヤングアメリカンズ?
キッズサポート?
聞くと、世界中の大学生が集まり、世界各国の子供達へ表現や音楽を通して「若者の素晴らしさ」を伝える団体なのだという。二人はキッズサポートという役職で子供達の表現のお手伝いをしたという。
そしてもう一度、自己紹介の時間が始まる。
かずほは今年の夏までカナダで留学をしていて、秋から社会人として働き始めるとのことだった。カナダは様々な人間が集まるところで、ルームシェアなどを経て非常に多彩な考えを吸収したということを言っていた。
アメリカのブロードウェイが好きで、舞台芸術についてはすごく知識も経験も豊富であった。
芸術について、ミュージカルについて、表現について、たくさんの体験から色々な角度で、そして中立な立場を保ちながら伝えてくれる彼女の話はとても勉強になった。
そんな彼女と話していると非常に色々な考え方や世界があることに気がついた。
普段の生活の中で建築を作り続けていると、自分の考えや作品性などがどんどん狭くなってしまうように感じていた。
この空間が好き。
この建築家が好き。
この場所が好き。
自分の好きという主観によって建築を作り続けていた自分にとってかずほの話は衝撃だった。
多様な考えと接すること。建築と遠いようで近い舞台のことを知ること。そして経験として吸収し続けること。
簡単にできそうで難しいことをかずほは顔色一つ変えずにやってしまう。
その強さに触れた体験となった。
2019年8月1日
全体での電話会議。
空間のイメージと制作方法が決定し、「人生の伏線回収」メンバー6人と、事前制作日と当日に参加してくれる共鳴者のみんなに、全体の空間の詳細と制作手順などを説明した。
正直、自分の考えた空間がみんなに受け入れてもらえるのか不安だった。
本当にこの空間を美しいと思ってもらえるのか。
予想以上に大変そうな作業量を許してもらえるのだろうか。
でもこれは建築に生きる人として避けては通れない道であるとも感じていた。
実際に建つまでどうなるかわからない。
模型やCGでいくら検討しても、実現するまで全貌がわからない。
実際に電話でみんながこの案に対してどう思ったのかなどはわからず、不安なままであったが、実現しないと全貌がわからないことに対しての覚悟はついた。
やるしかないという気持ちだった。
2019年8月9日・10日
空間制作を行う日。
これから使う布の量を目の当たりにし、
これから使うgalleryを目の当たりにし、
これから一緒に頑張る仲間と顔を合わせる。
すごくすごく気持ちが高ぶるとともに、その気持ちの余韻に浸る間も無く膨大な作業量をこなしていく時間が始まった。
みんなで布を切って、
みんなで布に穴を開けて、
みんなで布に糸を通して、
みんなで天井に布に通した糸を設置して。
1ミリも完成像が見えないままただただ手を動かし続け、
だんだん見えてきた布の空間に一喜一憂しながら、
イベント当日の開始10分前まで制作を続けた。
そんな中、現場で人一倍笑顔で、明るい空気を作りながら、手を動かし続けていたのが「人生の伏線回収」メンバーである中村萌香(もえか)だった。この企画では主にマネジメントや、会場の確認などを行なっていた。
二日で作るなんて無謀だった作業量。布を「512枚」、長さを測って切り、その全てに穴を開け糸を通し、設計図通りに設置していく。
正直みんな制作に疲れていただろうし、設計者として現場をコントロールしていかなくてはいけない自分は頭が回っていなかったし、本当に終わるのだろうかという雰囲気さえ流れていた。
その雰囲気に対してもえかはずっと笑顔でみんなのことを気遣い、励ます声をかけたり、できる作業がないか考え、ずっと動いてくれた。
何より彼女が発する空気感はみんなが頑張る活力となり、最後のひと押しをしてくれた。
そうしてメンバー、共鳴者みんなが頑張った結果、イベント開始ギリギリで空間が完成した。そしてその感動を味わう間もなく、イベントが始まった。
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2019年8月9日、10日、11日
この3日間はただ制作を行うだけではなく、24時間ともに過ごし、考えを共有し合う日となった。
みんなでアートを鑑賞して、感想を語り合う。
Airbnbで部屋を借りて、夜な夜な夢を語り合う。
終わらない作業に没頭しながら、過去を語り合う。
散歩がてら朝食を食べに行き、教育について語り合う。
Terrace Houseを語り、Greatest Showmanについて語り、Disneyについて語り、ずっとずっと語り合った。
語り合い続けていると自分の気持ちがだんだんほどけていくのを感じた。
自分の中に押し込めていた自分の夢や、建築に対する思い、社会に対する考えなどをみんなに話したいと思うようになっていった。
そして、この語り合いの中で一番赤裸々にさらけ出してくれたのが「人生の伏線回収」で写真撮影と空間デザインを担当していた伴あかね(あかね)だった。
神奈川県の葉山という美しい土地に生まれ、現在はフォトグラフィックを学ぶためイギリスに留学中である彼女に対して、この日まで、弱い部分がない完璧な女性であるというイメージを持っていた。
しかしこの日の彼女は違った。
なぜフォトグラファーを目指すようになったか。
大学受験に対して持った不安と葛藤。
イギリスに行くというチャレンジをした時の気持ち。
あかねは自分の背景となる過去を自分達に話してくれた。
そして過去を踏まえてこれからどういう未来を歩んでいきたいかまでしっかり伝えてくれた。
おそらく自分の過去を外へとさらけ出し、まだ見えない未来を言葉にすることは容易なことではないはずだ。
自分には今までできなかったことだった。
それでもあかねはその場で語ってくれた。そしてそのことはあかねにとってもみんなにとってもすごく重要なことだった。
「人生の伏線回収」というイベントにおいての本質はこの語り合いにあった。
自分の「過去」をしっかり見つめ直し、自分の「未来」をしっかり表現する。そしてみんなで共有することで新たな一歩を踏み出していく。
新たな表現を見つける。
新たな世界に踏み込む。
この3日間、だんだん全員の感覚が一体となっていくのを感じた。
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2019年8月11日、イベント当日
イベント開始となる13時の10分前、やっと空間設営が終わり、リハーサルをする間も無くこの日の主役となるダンサー4人が会場に入り、本番が始まった。
照明が落ち、暗闇の中「パーソナルスペース」の中でじっと瞑想を始める表現者たち。
語り手となるゆりなの一言で過去への回想が始まる。
辛かったこと、ダンサーになったきっかけ、自分の過去の伏線を一つ一つ思い出し、ノートに書き綴っていく。
空間に響く音。
紙と鉛筆が擦れ合う音。
ノートをめくる音。
そして、涙をすする音。
それは過去の伏線が今の感情を揺さぶっていることを何よりも表現していた。
見えない。でも表現している。
見えない。でも感覚を共有できる。
暗闇の中、だんだん会場にいた全員の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。
瞑想で頭を駆け巡った感情を、実際に布に描き表現する時間になった。
思ったこと、感じたことを、筆やペンで描き始める4人。
ただ時間が経つにつれ、描く音が変わった。
ペンの音ではない。筆の音でもない。
布と布が擦れ合う音。手に直接絵の具を塗って描く音。
新たな表現方法を手に入れ、今までとは違う感情と向き合う。
その表現が変わる瞬間は非常に美しかった。
ここから始まる身体表現へ、少しずつ感情が高ぶっていくのを感じた。
そして、ダンスを通じた身体表現が始まる。
すでに用意されていた、この「人生の伏線回収」のために作られた曲(Kai K-E作)と、共通の振り付け部分について、かずほから説明があり、練習を少しして、身体表現の本番が始まった。
その風景を見た自分は今までにない感覚を味わうこととなった。
無数の布が吊り下がった空間でダンサーが全身を使って表現をする。
その動きに合わせて布が揺れる。
時に布を使って表現するダンサーに、布がまとわりつく。
床を使って、壁を使って、布を使って、体を使って全力で繊細に表現する。
ダンサーが踊る。
布も踊る。
4人の感情が混ざり合う。
見つめる6人のメンバーの感情も乗り移る。
共鳴者の視線が緊張感を物語る。
全員が感覚を集中してこの空間を作り上げ、この体験の全てを心に刻み込むかのように一瞬も目を離さない。
最初の目標であった「過去に味わったことのない新しい感覚をつかむ」というものを、想像以上に体感し、新しい世界へと入り込んでいくような気持ちになった。
約3分の曲が終わると、空間を静寂が包んだ。
新しい感覚と向き合い、これからの未来を予期する空気だった。
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2019年10月
あの体験から2ヶ月、今は近況を報告しながら、メンバー全員が別々の生活に戻っている。
元の生活に戻った。
神戸で建築を学ぶ。それだけの生活に。
だけど見える景色が変わった。
新しい感覚で、新しい視野で、新たな目標を持ち、建築を作り続けたいという思いで行動するようになった。
自分の未来に対して「人生の伏線」を作り続けている感覚を持つようになった。
将来の自分が得たいと願う「新しい感覚」を意識しながら空間を作るようになった。
このような思いをともに作ってくれたメンバー5人には本当に感謝している。
今までに出会ったことのないタイプのみんな。
表現せずには「生きて」いけない人間であるみんな。(かずほ談)
たぶん次会うときには全然違う姿になっているだろうみんな。
自分もまた次の「人生の伏線回収」で新たな体験をできることを楽しみに、また建築で表現し続ける設計の日々に勤しむ。
関わっていただいた方、ご支援いただいた方、本当にありがとうございました。