見出し画像

“誰かの期待”に応え続けて生きてきた自分が、初めて”自分の本当の想い”に従う勇気を持って生きてみた話

はじめまして!ポジウィル株式会社でキャリアパートナーとしてトレーナー業務をしております藤田聡(ふじたさとる)と申します。
このnoteでは、私の生い立ちやこれまでの意思決定、現在ポジウィルで働く意味、そしてトレーナーとしての想いについてお話します。

1人でも多くの方にこの記事が届き、自分と向き合う勇気を持って、自分に正直に生きられますように。



私の家庭環境と生い立ち

私は、父、母、8歳上の姉という家庭に生まれました。
幼い頃はあまり理解していませんでしたが、父親は大企業勤務のサラリーマン、母も有名な大学を卒業後、新卒で父と同じ会社に入社、交流が深かった父方の祖父は名の知れた国立大学出身の大手菓子メーカーの専務、祖母は神戸のお医者さんの8人姉妹の長女で超箱入り娘。
今思えば、経歴でガチガチに固められている感満載の家庭でした。

そんな家庭で育つ8つ上の姉は、私が小学校に入る頃には中学受験に成功し神奈川の名門女子校に入学。私が小学校高学年になる頃には、姉は大学受験に成功し名門私立大学に入学。私が中学生の頃には、姉は外資系戦略コンサル企業に入社していました。
姉は家庭でよく大きな声で喋り、こういったことを誇らしげに話していたのを覚えています。プライドもあったのでしょう。
両親や祖父母も、姉が順調に”成功”していく姿を見て喜んでいました。
私は、どちらかというと勉強よりスポーツ派の少年で、小さい時から運動神経に優れ、サッカーや器械体操などに没頭しているような子どもでしたが、
純粋無垢な当時の私には、人生の進み方の一番身近なロールモデルとして、1段階か2段階か先を行く姉の姿が次第に刻まれていったのだと思います。
そして、両親はそれを自分にも望んでいるのだろうと私なりに解釈し、自分で作り出した期待に応えようと生きていくようになりました。

私なりに”こうしたい”という想いはありましたし、その想いを尊重してくれる家庭でもありました。
しかし、私の記憶に強く残っているのは、それを否定された経験や私に対して母親が見せたがっかりした表情です。
思春期に色気付きはじめ、当時の自分なりにかっこいいと思ったファッションや髪型にした時に、それをダサいと母と姉に否定され続けたこと。
小学生の頃、学校の勉強を母に教えてもらっていた時に、教えてもらってもどうしても理解ができず、その私に「どうしてこんなことも分からないの?」と呆れるような、諦められてしまうような表情をされたこと。
小さなことかもしれませんが、こういった”自分を受け入れてもらえない”と感じることが日常で多く起こり、嫌な思いをしたくないがために受け入れてもらえるように自然と”人の期待”に沿う行動を取るようになっていきました。
こうして、気付かぬうちに自分の内側の想いに蓋をするようになっていったのかと思います。

大人になるまでの意思決定

その後、本当に姉をロールモデルとしたかのように、私は中学受験をして私立男子校に進学し、その後姉と同じ大学に入学しました。
大学入学までの過程でも様々なことがありましたが、おそらく当時の私の中では、結局それが”成功”で、家族に”受け入れてもらえる選択”だったのだと思います。

ようやく一旦期待に応え終わったと感じた私は、大学では東南アジアで活動する学生団体やフットサルサークルに所属する傍らアメリカへの交換留学もして、自分がやりたいなと思ったことはほぼすべてやりました。
この点は、両親には感謝してもし切れません。

あっという間に大学生活が終盤に差し掛かる頃、留学中に就活が始まりました。
学生団体での活動や留学先の大学での学びを通じて、世界の資源の不平等性について問題意識を持つようになり、その課題解決に近づくことができる技術力、世界的影響力を持つ企業に軸を定めました。
中でも、自分から奪われたら最も命の危険が及ぶと思われるのは食資源だ、という選択をし、ご縁があり大手食品メーカーに入社しました。
…など、上記まっとうな理由ではありますが、正直なところ根底には家族が求めているであろう”とりあえず大企業”という前提意識がありました。
実は再生可能エネルギーに強みを持つ中小企業からも内定をいただいていましたが、心が動いているにも関わらず、独力で決め切る度胸と自信がなく、家族に相談した結果の進路でもありました。
この時点でもまだ、自分の”本当の想い”に正直に生きる勇気がなかったのです。

入社後には、法人営業職として静岡の営業所に配属されました。
社内での出世ルートを把握していたのと、地元方面の東京に戻りたいという一心で、とにかく頑張りました。死に物狂いで本当によく働いたと思います。
社内で評価されるには何をしたら良いかはなんとなく分かっていたので、その期待に応えるために営業職としての仕事だけでなく、チームリーダーとしての仕事や若手社員の人材育成など、とにかく何でも必死に取り組みました。
「私はこうしたいです!」と高らかに宣言していたことも、すべて社内的に聞こえ良く思われて自分の評価を高めるためのものでした。
”できない自分を見せたら終わり”、そんな強迫観念じみたものまで持っていました。
すべては自分が属している環境からの期待に応えて、私という存在を受け入れてもらうため。
今振り返ると、自分の外側に意識を集中させて働いていて、自分の内側からの原動力は何ひとつありませんでした。

こうして会社に自分の人生を捧げて走り続け、無事東京に異動となりました。
しかし、自分の望みであったはずの”社内で評価されて花形部署に入る”、”東京に戻る”ということが叶ったのに、私の中に浮かんできた言葉は「それで?」でした。
こんなに頑張ってきたのに満たされない自分、そのことに自覚的になってから急ブレーキがかかり、「何のために仕事の時間を使っているのだろう」とモヤモヤした思いが強くなり、まったく頑張れなくなってしまいました。
無視し続けてきた”自分の本当の想い”が限界をむかえたのだと思います。
その時に初めて「自分ってこれで良いんだっけ?」と考えるようになりました。
自分の心を揺さぶるものは「食」ではなかったのです。

自分の想いに向き合い、転職を決断

「自分は何に心が動くのか?」、「自分はどんな生き方をしたいのか?」
そんな自問自答を繰り返し過去を回想していると、自分を解放していたと思えるタイミングはこれまでに何度かあり、それが旅をしている最中や宿泊していた宿での体験が多いことに気付きました。
自分の好きな宿でゲストと交流する、そして感動体験を生む。
自分の心を動かされた体験を、今度は自分が提供する側に立ちたい。そして自分が好きなものを世の中の人に知ってもらい、そこに足を運んでもらう、手に取ってもらう、そのような力を付けることができたら良いなと思い、広告代理店にてWEBマーケティングの仕事を本業とし、休日は副業でゲストハウスのスタッフとして働くこととなりました。
1社目を離れる時には、家族を中心に周囲からあれやこれやと本当に色々なことを言われ、葛藤の時間が長くかかり苦しかったですが、最終的には自分の想いに従って転職を決意しました。

自分の本当の想い=自分が創り出したい世界観?

新たな生活はとても楽しく、自分が下した決断ということもあり、とても納得感がありました。
自分にベクトルを向けることが少しずつできるようになってきたので、定期的に自己内省の時間を持つようになりました。
内省をしている時にふと、「宿ではどのような価値をゲストに届けたいのだろう?」という問いに直面しました。
「自分はなぜ、旅行中や宿泊したあの宿で感動したのだろう?」
それは、無意識のうちにがんじがらめになっていた自分を解放することができたから。誰の評価にも怯えることなく、ただそこで自分でいることができたから。「自分はこのままここにいて良いんだ」と自分のことを受け入れることができたから。
これらが答えでした。
私の心が動いたのは、”誰かの期待に応えなければ自分の存在を認めてもらえない”という無意識な思い込みが発動している自分ではなく、本当は自分が常に望んでいた素の自分でいられる体験をしたからでした。
今までは、自分だけではありのままの自分の存在価値を認められていなかった。でも本当は”ただの自分”を受け入れたかった。
このことに気付き、私は”自分を取り巻くあらゆるしがらみを取っ払って、ありのままの自分を受け入れる”ことができる世界であってほしいと願っているし、そういう社会を創りたい、人々に提供したいのだと確信しました。
宿を持ちたいというのは、あくまで手段であって、その先に自分が感じたい、そして提供したい時間、世界観、価値というものに気付いたのです。

ポジウィルとの出会い

自分の内なる本当の想いや創り出したい世界観がようやく明確なものになった時、同時にそれは自分の人生のミッションであると感じました。
このような自己内省をしている時に、ふと眺めていたビジネスSNSで目に飛び込んできた言葉がありました。
”あるべき、こわそう。”
「これだ!」と思った時の衝撃は今でも忘れません。
企業として目指す世界観に驚くほど共感し、「ここが自分の居場所だ!」という直感に従って行動した結果、ご縁があり現在トレーナーとして働いています。

今ここで働く理由と想い

”こうすべき”というような自分以外の意見や評価、常識に縛られずに、自分の内側にベクトルを向けて感じる、そしてそれを受け入れて信じる。その”内なる想い”をベースに「どんな人生にしたいか?」を考える。
こういった働きかけをすること、生きづらさを解消して自分の人生を自分の意志で歩んでいける人を1人でも多く増やすこと、それが私の役割ではないかと考えています。

自分に入ってくる情報が多すぎるこの社会で生きる中で、自分のことを考える時間はどのくらい取れているでしょうか?
自分の人生のはずなのに、気がつくと自分以外のことを考えることに必死になっていて、”本当の自分”は後回し、もっと言えばその存在すら消してしまっていませんか?
自分を後回しにしてきた私だからこそ、皆様の内側にいる”本当の自分”を共に感じ、その想いを大切に自分らしい人生を歩んでいけるようにとことん伴走したいと思っています。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
皆様とお話できることを心から楽しみにしております!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?