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おもしろい人間じゃないけど、「おもしろい」と思える人生を歩みたい
つくづく「自分はおもしろい人間ではない」と感じる。
例えばnote。仲良くさせていただいている方々には、いろんなタイプの人がいる。
日常をドラマティックに描ける人、過去の思い出をセリフまで細かく記せる人、予想外なオチで周囲を驚かせる人。私が持っていない才能を「これでもか!」というほど見せつけられる。
note公式に取り上げられる。記事がメディアで紹介される。華々しい功績が目に入って眩しい。
おめでたいことがあった人にはなるべく「すごいですね!」「おめでとうございます!」と伝えるようにしている。それは本心であって自分が伝えたくて伝えている。でも同時に、かすかな「嫉妬」を感じてしまう。
「みんないいなぁ。おもしろくて」
「すごいなぁ。うらやましいなぁ」
私はクソ真面目だ。口は悪いがこの「クソ」が重要である。冗談を冗談と受け取れないし、秀でたギャグセンスもない。自分を卑下しているわけではなく、客観的事実だ。直接言われたこともある。
例えばダンス。
「さおりはうまいけど、おもしろくないよねぇ~」
例えば会社の飲み会。
「〇〇(旧姓)さんは優秀かもしれないけど、つまらないよねぇ~」
序盤はただのクッション言葉。本心は最後に宿っている。言われる度に傷ついたけど、もう諦めた。真面目なのも遊び心がないのも、生まれ持った気質だからどうしようもない。
たとえ文章を学んだところで、おもしろい人間になれるとは思っていない。この先もたぶんクソ真面目だし、大逆転の人生は描けないだろう。
でもだからといって、つまらない人生を歩みたいわけではない。
やりたいと思ったことにチャレンジし、行きたいと思った場所に足を運ぶ。見たことのないものを見る。新しい世界に触れることが、私にとってのおもしろいだ。自分が「おもしろい」と思えることを、どんどん体験したい。
おもしろい人間になれなくても、「おもしろい!」と思える人生は歩めるはず。それだけは信じている。
1ヶ月ほど前に下書きした記事です。「アツすぎて引かれそう」と思ったのでお蔵入りにしていました。久々に読むと案外悪くない気もしています。下書きの強さ、恐るべし。
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