【ワンダーエッグ・プライオリティ二次創作】ワンダーエッグ・ニューイヤー
集合時間の五分くらい前に着くと既に鳥居のあたりに桃ちゃんが立っていた。
桃ちゃんは厚手のコートで身を包んでいたけど、その立ち姿は相変わらずスラリとした印象でとても綺麗だった。羨ましいなあと思う私は無意識のうちに両手で自分の身体に触れている。
手に息を吹きかけ寒さを紛らわす彼女におーいと呼びかける。静かに魅了するような微笑みが返ってきた。
「アイ、あけましておめでとう」
呼応するように私の頬も緩む。
「うん。あけおめ」
桃ちゃんの隣に立って周囲を見渡す。他のふたりはまだ来ていなかった。
何を話そうかなと少し緊張した私の様子を察してか桃ちゃんが口を開く。
「昨日、大晦日はどんな風に過ごしてた?」
「んー……いつも通り」
あまりに面白みのない回答に自分で苦笑してしまい、すぐに付け加えた。
「それで、夜はママと一緒に年越しそばを食べながらお笑いの番組を見てた。途中で飽きてゲームやってたけど」
「そっか。私もそば食べたよ。見てたのは紅白だけど」
家族団らんで年越しを迎える桃ちゃんを想像し、ふと自分の担任を思い出す。
「もしかして沢木先生も一緒?」
彼女は先生の姪だった。
「ううん。お正月のうちに親戚で集まる予定だからおじ様とも会うと思うけど」
「そうなんだ。初詣は家族で来なくて大丈夫?」
「家族とはもう一回来るよ。みんな元日は混んでるから嫌って感じだし」
「確かにすごい人の数」
この神社は時折近くを通りかかるけどいつも閑散としている。それが今日は人々が行列を作って賑わいを見せていた。
私が神様だったらもっと時期を分散させてちょっとずつ来てよなんて思いそうだ。
桃ちゃんと話をしていると集合時間きっかりにねいるが私たちの方へ歩いてきた。褐色の肌をモコモコの可愛らしい防寒具で守る彼女は、冬という季節と親しく付き合う妖精みたいだ。
「ねいる、あけおめ」
「あけましておめでとう」
私と桃ちゃんがほぼ同時に声をかける。
ねいるはクールな表情を崩さず必要最小限の動きで私たちの顔を見た。
「ハッピーニューイヤー」
流暢な発音だった。
それから彼女は周囲を見渡した。
「あのバカは?」
「まだリカは来てないよ」
「言い出しっぺなのにね」
「金も時間も適当か」
ねいるが呆れたように言った。私と桃ちゃんは顔を見合わせて笑う。
それから五分くらい経ってようやくリカがやってくる。遅れた理由は一目見てわかった。相当気合いを入れて化粧をしていたらしい。そんなリカの顔はいつもより大人びて見える気がするけど、少し過剰にも思えた。そんなに飾り付けしなくても可愛い女の子なのに。
「あけおめー。みんなはえーな」
「あなたが遅いのよ」
「なんだよねいるー。私が来なくて寂しかったか?」
「違うバカ。遅れるくらいなら集まろうって言うな」
冷たい視線を受け流すようにリカが肩をすくめた。
「いやもうウチの店、年末年始のママとオッサンたちが騒いだ残り香みたいなのがすごいっつーか、せっかく清々しい新年なんだからきっちり初詣でもしないとやってらんねーのよ」
「じゃあ遅れるな」
ねいるに突き放されたリカが私を見る。
「アイきゅーん。ねいるが冷たいよう」
「リカが悪い」
私は心を鬼にして言った。
「そんなあ。あ、アイきゅん、お財布忘れちゃったからお賽銭のお金貸してくれない?」
四人揃ったので私たちは境内へ向かっていく。もちろんリカにお金は貸していない。
本殿に続く行列に並んで順番を待っているとリカが口を開いた。
「みんなは願い事どうすんの?」
言われてみて考えてなかったなと思う。毎年ママと初詣に来ていたけど、願う内容はいざ祈る段階になって初めて作っていたような気がする。いつもああだったらいいのにこうだったらいいのにと考えているようで、本当に改まって神様に頼りたいことが無いのかもしれない。
「人に訊く前にリカから教えてよ」
桃ちゃんが言った。
「私?めちゃくちゃお金持ちになれますように、イケメンの彼氏ができますように、うまいものいっぱい食べられますように……」
「欲張り」
「欲張り上等だっつの。リカちゃんは欲しいもの全部手に入れてやるよ」
ねいるが呆れる気持ちを隠さず溜息をついた。
「じゃあ次に桃恵は?」
「んー。願い事というより去年も一年間ありがとうございました、今年もしっかり頑張るので見守ってください、って感じかな」
「優等生かっ」
「どんな願い事も叶えるのは自分なんだから。神頼みして待ってても仕方ないでしょ」
自分を否定されたように感じたのかリカが口を尖らせる。
「次アイね」
「えー?桃ちゃんの次言いにくいよ」
「あはは。ごめん。でもアイはリカみたく欲張りじゃないからひとつくらい叶えてもらえるよ」
「なんだとぉ」
実は桃ちゃんとリカの会話を聞きながら考えても願い事が思いついていなかった。でも自分の番になって改めてみんなの顔を見ると言葉が浮かび上がってきた。
「私は、今年もみんなと仲良くできますようにって」
口にしたのは心からのお願いだった。しかし、だからこそというか、言ってから恥ずかしさが込み上げてくる。
三人の視線が私に集まる。気温は低いのに頬が熱い。
「いやいや。神なんかにお願いしなくても私らずっと友達だろ」
リカが真顔で言った。
「そうだね。でも、みんなずっと健康で仲良くできるようにってお願いするのもいいかもね」
桃ちゃんが柔らかく笑う。
「リカは念入りにお願いしておいた方がいいんじゃない」
ねいるの言葉にリカが頷く。
「って、なんでやねん!」
「金の切れ目が縁の切れ目」
「ねーいーるー。またくすぐり攻撃するぞ?」
「やめろバカ」
じゃれあうねいるとリカを桃ちゃんが笑ってなだめている。うん。今年もこういう光景が続いてほしいと思う。
「最後、ねいるの願い事は?」
このままだと参拝客の前でねいるが大爆笑させられそうで不憫に思った桃ちゃんが訊いた。
「おう聞かせろ聞かせろ」
「私もねいるのお願い知りたい」
みんなでねいるの顔を覗き込む。
「別に。私は神の子じゃない。祈っても意味が無い」
そう言ってぷいっとそっぽを向いた。リカと桃ちゃんが顔を見合わせる。
「なんだよねいる。恥ずかしがってんのか?」
「まあ願い事を口にすると叶わなくなるって話もあるしね」
「げっ、マジで?私の願いも叶わないわけ?」
私はねいるを見た。いつも無表情で感情が表に出ない彼女は何を考えているか読み取らせてくれない。
賽銭箱に小銭を投げ入れ四人並んでお祈りをする。今年もみんなと仲良くできますように。
それからおみくじを買うことになった。一回百円のくじのためにリカはお金をねだったけどどうにか自分で払わせた。
「よっしゃ。大吉じゃん」
「リカも?私も大吉」
喜ぶリカと桃ちゃんをねいるがどこか冷ややかな目で見ていた。
「こんなのみんな良い結果が欲しいんだから大吉を多くしてると思うけど」
「気分で楽しめばいいんだっつーの」
「ねいるとアイはどうだった?」
私はみんなに自分のおみくじを見せた。
「末吉だった」
「ビミョー」
「ビミョーだね」
「微妙ね」
「みんなに言われるとなんかグッサリくる……」
おみくじを読むとあれこれ動くより辛抱強く我慢しようといった内容が書かれていた。新年の活気に満ちた気分を削がれたような感じがして、どうせなら全部大吉にしてくれればいいのにと思う。
「ねいるは?」
「別に言う必要無いでしょ」
「言わない理由も無いだろ。減るものじゃないんだし」
リカがねいるのおみくじを奪い取った。
「おみくじで恥ずかしがることなんて……ぶっ、あっはっは!」
いきなりリカが笑い出すので私と桃ちゃんもねいるのおみくじを見て、ふたりで同時に吹き出した。
「凶……」
「こういうおみくじで凶って初めて見たかも」
「くだらない。こんな紙に運命が書いてあるはずがない」
そう言ってねいるが私たちから離れて歩き始める。しかし夜中の寒さで地面が凍っていたらしくてねいるは足を滑らせ、尻餅をついて転んでしまった。
「ねいる、大丈夫?」
「凶、恐ろしいな……」
「………………」
私が手をとって助け起こすと、ねいるは顔を赤くして目を合わせてくれなかった。クールで頭が良くて超然とした女の子だけど、時折見せるこういうところがすごく可愛い。
それから四人で屋台を回って食べ物を買ったりくだらない話をしたりする。私もリカも桃ちゃんも笑っているけどねいるの表情はいつもと変わらない。そういう子だって知っているけど、思わず声をかけてしまう。
「ねいる、楽しい?」
「ん。悪くはない、と思う」
「悪くないなら……それは悪くないね」
ねいるがりんご飴を舐めた。何気ない所作がどこか艶やかで大人っぽく見えた。
「ねえ、アイ」
「なに?」
「普通は初詣って大事なことよね」
心なしか沈んだ表情でねいるが言った。
彼女と一緒に買った飴を見つめる。
「んー。まあそう、かな」
「でも私は新年になったからって神に祈る意味が全くわからない」
「……それが申し訳ない?」
「申し訳ないというか、この場にいていいのかなって」
「いいと思うよ」
私は言った。
「みんなもそれほど本気で意味があると思ってないし」
「そうなの?」
「だって正月だけ来て、お賽銭もほんの少ししかくれないのに願いを叶えるなんて、神様もそんなにお人好しじゃないよ」
「なるほど」
ねいるが数学の新定理を発見したような調子で頷いた。
「桃ちゃんも言ってたけど、願いは自分で叶えるしかないもんね」
「お金もイケメンも?」
いたずらっぽく言うねいるが可笑しくて私は笑う。ねいるもくすっと笑った。
そして私はねいると話したことを考える。神社で祈ったからって願いは叶わない。おみくじは……そこそこ当たるかもしれないけど。意味がわからないというねいるの言い分もわかる。この時間に意味はあるだろうか。
リカと桃ちゃんの方を見る。インスタに投稿する写真を撮る桃ちゃんにリカがあれも映えじゃねとか言ってはしゃいでいる。
「意味は、あるよ」
無意識のうちに声が漏れた。
意味はある。いつか今日のことは遠い記憶の彼方に消えて、何を願ったかなんて思い出せないかもしれない。いくらこの時間に意味があると言ってもそれを証明できるものは無い。
でも、私はいま確かにねいるとリカと桃ちゃんと一緒にいる。そして間違いなく楽しいと思っている。その事実は絶対で、きっといつまでもそれだけは忘れない。
「意味はある?」
ねいるが訊いた。
「うん」
私は小糸ちゃんを思い出していた。親友になってくれたとても大切な女の子。でも、彼女は自殺して私の前から去ってしまった。
「幸せな時間もいつか消えちゃう。後になってみれば現実は思い出ほど綺麗じゃなかったりするけど」
「けど?」
「その瞬間救われているからいいんだよ。救われたって気持ちが、辛くても生きる力になるから」
自分に言い聞かせるように声を発する。意味があるかどうかなんて本当はわからない。少なくとも目に見える形では存在しない。それでもあると信じることはできる。そうやって信じることに支えられることもある。
それが死の誘惑と戦うエロスの戦士には必要な気がしてる。
「いつか消えるけど意味はある……」
ねいるが言った。
「いつか消えるからこそだよ。だから大切にする」
私はすぐに無くなったらもったいないと思ってちょっとずつ舐めていた飴に、また少しだけ舌で触れた。
「アイ、ねいる、一緒に写真撮ろうよ」
声の方を見れば桃ちゃんとリカが手を振っていた。
「はーい!ねいる、行こ」
ふたりの方へ向かって歩き始めるが、ねいるはすぐに動かなかった。振り返るとまっすぐな視線を向けられていた。
「アイ」
「どうしたの?」
「私に神へ祈るような願いは特にない」
「うん」
「でも、あなたの願いが叶えばいいって、そう思う」
ねいるは桃ちゃんとリカの方へ歩き出した。
「ふたりで何を話してたんだよっ」
「遅刻してきたリカには教えませーん」
「自業自得ね」
「じゃあ一番乗りで来た私には後で教えてよ」
今年はどんな一年になるだろう。根拠の無い期待も、少しの緊張感も、去年よりいい年にしようと思う熱意も、少しずつ薄くなって年末には消え去っているに違いない。
四人で過ごすいつまでも続いてほしい時間だっていつかは、きっと。
でも私はその価値を信じられるから、今は意味なんて残さないくらい思いっきりハジけるのだ。