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【ワンダーエッグ・プライオリティ二次創作】タイガーネイル
「私は救われたいなんて思っていないが君は私を救わなければならない、というわけだ」
少女はハイウェイの一部が崩れた瓦礫の山に立って愉快そうに笑っていた。
応じない青沼ねいるの沈黙は肯定と同義だった。ねいるはこの少女と出会ったばかりだが、自分とソリが合わないような気がしていた。
「それで、救うというのは私をあの『虎』から守ることだと。あいつ……あの虎になる前の人間の姿には見覚えがあるのだけど、あれはいったい何者だい?」
少女は冷静に状況を整理しようとしていた。「エッグ」から出てきたにしては不自然なほどの落ち着きだ。
彼女の名前はミトリと言うらしい。
「美しい鳥と書く。家具を売っている店ではないよ」
その自己紹介を聞いたとき、虎に襲われた直後らしからぬ調子にねいるは小さな苛立ちを覚えた。ねいるにとってもミトリにとっても命がかかっているのに、これでは無責任な行動で足を引っ張られかねない。
もっとも、ミトリは一度命を落としているのだが。
「あれはワンダーキラー。あなたのように『エッグ』から出てきた人たちのトラウマや確執を具現化した存在」
「あれがトラウマとは少し心外だなあ。まあ否定はしないでおくけれども」
ミトリはひとりで納得したように頷いていた。
「あなたがどう思おうとあいつはあなたを狙うし、私はあいつを倒さなければいけない。あなたはその邪魔をしなければいい」
「そこは安心していいよ。私は一度自殺しているが、衝動で虎の前に飛び出すような真似はしないさ」
ミトリが言った直後に大きな物音が響いた。ねいるが振り向くと奇抜な配色をした虎のようなワンダーキラーが、激しい動きで足元の瓦礫を散らかしながら近づいていた。
「ミトリ……キサマ……」
虎の声は地を這うように低い。人間の姿を捨て、理性すらも失いつつあるようだった。
「さあ勇者様。か弱い姫を守ってくれたまえよ」
「指図しないで」
ねいるはコンパスの形をした銃を虎に向け数発打ち込んだ。全て命中するが、虎には傷ひとつついていない。
「ガル……コロ……ス……」
虎の目が怪しく光る。
「頑丈だねえ。ワンダーキラーってやつはみんなああなのかい?」
ねいるはそれに答えず、銃撃で虎を牽制して距離をとった。低く唸る虎は敵意むき出しの視線を向けている。
ミトリの質問の答えはノーだった。ねいるは目の前のワンダーキラーを分析する。あれだけ攻撃を当てても全くダメージを受けないということは、頑丈というより何らかの特別な攻略法が必要なタイプだろう。
「このまま攻撃しても埒が明かない。一旦引いて対策を考える」
ねいるが伝えると、ミトリは顔に浮かべた笑いを崩さず頷いた。
「君は私のトラウマを紐解けばあいつの弱点がわかるんじゃないかと考えているね?」
これにも答えない。ねいるは自分の考えが見透かされていることに腹立たしさを覚えた。
虎はふたりの方へ突っ込み、まっすぐな爪を伸ばして攻撃してきた。ねいるはコンパス銃でそれを受け止め、弾を撃ちながら走ってその場を離れる。
「ベニ!」
ねいるが叫ぶと身につけていたペンダントが光り、巨大なヘビが現れる。彼女を助ける「ワンダーアニマル」のピンキーだ。
ピンキーはねいるとミトリを乗せ、ハイウェイを高速で移動し虎から離れていく。こうやって逃げるのは今日二回目だった。
「あいつについて話せばいいかい?」
ピンキーの背に腰を下ろしたミトリの声は待ってましたと言わんばかりだった。
「そうね」
不本意だと思いつつねいるが答えた。
「どこから話すのがいいかな。まずは私のことから話そうか。関係性がわかった方が君の助けになりそうだし」
「好きにして」
「私はね、画家だったんだよ。絵を描いていた。それなりに権威ある賞もとった」
「大したものね」
「そしてあの虎は私の師匠だった。若い頃はそれなりに期待されていた画家らしい。すっかり落ちぶれて誰からも見向きもされなくなっていたが」
「出来の良すぎる弟子に師匠が嫉妬した?」
ミトリが目を丸くした。
「おいおい、先回りしないでくれよ。身近にそういう人間でもいたかい?」
ねいるは答えなかった。
「色々な嫌がらせをされたよ。画材を壊されたり、あることないこと噂を流されたり、他にも……」
「それが自殺の理由?」
「違う。そう自分では思っているけどね。まあ本当の理由を話す気は無いし、どう捉えてもらっても構わないよ」
ミトリはねいるを試すような表情を浮かべていた。
「あなたは協力的だと思っていたけど。肝心の部分は教えてくれないのね」
「画家は言葉にできないことを表現するために描くのさ。自分の作品を言葉で説明するなんて、陳腐極まりないじゃないか」
ミトリは楽しそうに笑い、ふたりを乗せるピンキーの背を撫でた。
「しかしあいつが虎か。三流画家にしてはいい姿になったものだ」
「私はそう思えなかったけど」
「それは残念。真の芸術家はトラウマすらアートにしてしまうのかと感嘆していたのに」
後方に置き去りにした虎の姿は見えなかった。逃げるだけならそれほど難しい相手ではなさそうだ。しかし攻撃が通じないのでは倒すことができない。ねいるは対策を思案する。
「あれだけ立派な牙や爪があるのは癪に障るがね。あいつの攻撃性はもっと陰湿なんだよ」
ねいるは何も言わずミトリの顔を見た。
「君はねいるという名前だったね。ねいるが爪にやられたなんてことになったら笑えないなあ」
そう言いつつミトリはひとりで高笑いしていた。
「…………言葉にできないことを表現する前に言葉の表現を磨いた方がいいんじゃない」
「これは手厳しいな。肝に銘じておくよ」
「それに虎の爪ならnailじゃなくてclawでしょ」
「そうか。面白いものだね。日本語で言えばどちらも『爪』だが、文化が違えばそれぞれ別物で対応する言葉がある」
ミトリは大仰に頷いた。彼女はどこまでもこの状況を楽しんでいるようだった。
「ピンキー、止まって」
ねいるは橋の上でピンキーを止めた。続いて「レディ」と呟き、ピンキーをペンダントの中に戻した。
「対策を思いついたかい?」
ミトリが言った。
「ええ。ヒントに感謝するわ」
ねいるが答えた。
「私は解答を知らないからヒントを与えようが無いのだがね。まあ君の助けになったのなら良かったよ」
少ししてハイウェイを駆けてきた虎がふたりのいる橋へやってくる。
「ガアァ……ミ……トリ……」
ねいるは銃で何発か攻撃するが、やはり虎には通じない。
通じていないことを確認し、ねいるは虎の懐へ走った。迎え撃つべく虎の爪が伸びる。
ねいるを切り裂こうとする爪を見据え、銃で狙いを定める。爪の根本を目がけ銃声が響いた。
「おお」
ミトリが思わず声を漏らす。攻撃により虎の爪が吹き飛んでいた。
「グガガガガアアアアアアアアァ!」
ねいるは次の攻撃に備えて銃を構えた。しかしその必要は無かった。爪を失った虎は呻き、その場をのたうち回った。やがてねいるの攻撃を全く受け付けなかった毛皮が剥がれ落ちていく。
やがて虎の姿が消え去った。後に残ったのは悲しいほどに小さな一匹の狐だった。
「虎の威を借る狐、か」
「おい……やめろ……」
ねいるは命乞いする狐に無慈悲な銃口を向けた。
「あなたの度肝を抜いてあげる」
「抜かれるほど据わった肝ではないみたいだけどね」
ミトリが言うのとほぼ同時にねいるは発砲した。
ワンダーキラーが消える。パチ、パチ、パチ、と手を叩く音だけが聞こえていた。
「よくあいつの弱点がわかったね」
「あの爪……clawじゃなくてnailだった」
「へえ」
nailもclawも日本語にすればどちらも「爪」を意味する。一方、後者は「鉤爪」とも訳される。鳥や動物が持つフックのように曲がった爪。
あの虎の爪は「まっすぐ」に伸びていた。
「結局あいつは偽物だったわけか」
「そうなりたくないから、あなたは死を選んだ」
ねいるに指摘され、ミトリの楽しげな笑いが一瞬だけ消えた。
「いつまでも本物に到達できず、無駄に高い自尊心と虚栄心にまみれて醜く生き続ける人間になりたくないから死んだ」
「やめてくれよ」
ミトリが言った。
「そんな風に言われたらすごく陳腐じゃないか」
「自ら夭折した天才芸術家なんて、それほど高尚とは思わないけど」
ねいるの声に返事は無かった。
ワンダーキラーがいなくなり、ミトリもまた消えていた。
「ジュニアアイドル時代の小道具が出てきてさ。見てよこれ可愛くね?」
リカが虎の耳を模した飾り付きのカチューシャを身につけ、爪を突き立てるようなポーズを取った。
「まあ……そうかな……」
ねいるも桃恵も何も言わないので仕方なくアイがそう言った。確かにトラ耳のリカは可愛らしかったが、彼女の性格が素直に褒めるのを躊躇わせていた。
「だろ?というわけでアイきゅん、お金貸してニャン!」
「貸さない。っていうかニャンって虎じゃないじゃん」
「確か虎って猫の仲間だろ?だから細かいこと気にせずにさあ」
猫のジェスチャーをしたリカがアイに絡んでいく。
「ねいる?」
黙ってリカたちを眺めていたねいるに桃恵が声をかけた。
「何」
「いや、なんかボーッとしてたから。もしかしてあのトラ耳が気になってた?」
「あれを付けたいのはあなたの方じゃない?」
「えっ、いや、そういうわけじゃ……」
桃恵は否定したが、顔がすっかり赤く染まっていた。
それに構わずねいるはリカの方へ歩み寄った。
「似合ってるんじゃない」
「え?お、おお、なんかねいるが素直に褒めるって珍しい気がするな」
「非合理的で衝動を優先するあなたに似合っていると思うわ」
「……ねいるさんや。私のことディスってない?」
人は虎になりたがるものらしい、とねいるは思う。本当に虎になるのは困難だし、なれたとしてそれが幸せかどうか疑わしいが、それでも多くの人間が虎になることを望むらしい。
先日のエッグの世界での戦いを終え、ねいるは有園美鳥という若くしてこの世を去った画家の作品集を買った。ねいるにはそこに掲載された絵画がどれだけ優れているのか判断しようもなかった。アイの担任が画家になることを切望していたという話を考えれば、十四歳という年齢で作品集を出版するに至ったその画家が評価されることが自然なのだろうとは思う。
しかし、彼女が自ら作品を「完成」させたことを肯定する気にはやはりなれなかった。
「どうしたの?」
アイがねいるの視線に気づいて言う。
ねいるは小さく笑った。
「人間でいることが一番かなって」
「あはは。そうかもね。虎になったらみんなを食べちゃうかもしれないし」
笑うアイのオッドアイがあどけなく輝いている。たぶん美しさとはこういうものではないかとねいるは思った。