ワンダーエッグ・プライオリティ 二次創作「上っ面、薄っぺら」 その4(終)
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ワンダーキラーの“アイツ”に率いられたミテミヌフリたちが、校舎の屋上でくるみを追いかけていた。くるみは屋上への扉に鍵がかかっていなくて良かったと思う。それからミテミヌフリたちが本当にランを狙わないらしいことも良かったと思う。くるみはひとりで逃げる。敵の狙いもくるみただひとりだ。
「絶対捕まらない。ランは死なせない」
「アハハハ!」
逃げるくるみを“アイツ”とミテミヌフリが笑う。見捨てられた彼女を嘲っていた。
「そろそろチャイムなんでしょ?笑ってないで早く捕まえてみなさいよ!」
挑発に答えるように“アイツ”の口角が上がった。同時に斧を持った右腕も高く掲げられた。
「来るなら来いよクソ女!」
斧が“アイツ”の手を離れて宙に舞う。それは一瞬のうちにくるみの元へ達し、右の腿を抉った。
「ぐうぅっ……」
声すら消えていくほどの痛みでくるみがうずくまる。“アイツ”がどこからか投げたのとは別の斧を取り出し、それを指揮棒のように振ってミテミヌフリに指示を出す。動けなくなった標的に仮面の軍隊が襲いかかる。
「ラン……お願い……」
くるみは迫り来るミテミヌフリを見た。その背後で勝ち誇った顔の“アイツ”を見た。そのさらに後ろに現れた少女を見た。
「人を傷つけた代償は払ってもらうよ」
震える身体に鞭を入れるように、ランは息を吸った。そして、叫ぶと同時に走り出す。
「お前に私じゃ役不足だあ!」
エッグの世界で強化された身体能力が限界を超えた推進力を生み出す。握った彫刻刀は期待通りの“武器”には変化してくれなかった。しかし、この勢いで、作戦通りミテミヌフリがくるみに引き付けられた状況で、油断しきった“アイツ”相手なら、首にこの刃物が届く。
「あ?」
振り向いた“アイツ”の首筋を血が流れる。くるみを守る一縷の可能性に、そのためになけなしの勇気が湧いてくることに期待を抱いて手に取った彫刻刀が、力いっぱい握ったランの手で突き刺されている。
「ざまあみろ……!」
くるみは苦痛の中に喜びが芽吹くのを感じた。しかし、次の瞬間に彼女の顔は青ざめる。“アイツ”の身体が膨らんだ。斧を持っている以外は普通の少女にしか見えなかった“アイツ”は、カビとか毒の沼を連想させるライトグリーンの怪物になっていた。ワンダーキラーとしての本来の姿だ。
怪物の腕か何かがランの胸に刺さる。そのままランは背中から屋上の地面に叩きつけられる。ワンダーキラーはランにさらなる攻撃を加えようとしていた。ミテミヌフリのナイフもくるみを襲う。
「くるみ……ごめん……」
ふたりが死を悟ったその瞬間、校庭に設置されたスピーカーから大仰な音楽が鳴った。するとミテミヌフリも怪物となった“アイツ”も煙のように跡形もなく消えてしまう。それでくるみはスピーカーの音楽が“チャイム”であることに気付く。一般的なキンコンカンコーンという音でないことにこの世界の趣味の悪さを感じる。
「ラン、大丈夫?」
くるみは痛みを堪えて声を上げた。
「平気、だよ」
「でも、やられたの、しん……」
「大丈夫だって。傷は浅いから」
「それは致命傷の時のセリフでしょ……」
くるみはランの傷を確かめたかったが、脚の痛みで立ち上がることができなかった。ランも立ち上がれず、ふたりで屋上に横たわっている。
「くるみは?急所をやられてなければエッグの中で回復するはずだけど」
「たぶん大丈夫」
「良かった」
「ごめん」
「なんで?」
「だって」
「気にしないで」
ランはくるみの言葉を遮った。ワンダーキラーは負の感情で力を得る。自分でそのことを伝えたから、彼女の罪悪感に気づいていた。
「よく我慢してたよ」
「でも」
「私、祈ってるから。次にエッグを割る人が、くるみを助けてくれるって」
「忘れてって言ったでしょ」
くるみはランと話しながら不思議な予感を抱いた。自分が消えるという予感だ。消えるというよりエッグに戻るということなのだろうが、とにかく“アイツ”のようにこの場から消えることへの確信があった。エッグから出た自分が死んでいることを認識できたのと同じ感覚だ。
「さっさと現実で彼氏でも作りなよ」
「彼氏よりなら親友だよ。永遠だもん」
「確かに」
くるみは仰向けになって空を見上げた。誰かと一緒にいる屋上の空は、生前に見ていた空とは違う色に見えた。
「さよなら」
「うん」
くるみの姿も霧散して失われた。
エッグの中に戻されるその刹那に、くるみはいくつかのことを願う。ランの傷が本当に浅くて無事でありますように。ランに友達ができてエッグを割る必要も無くなりますように。次にエッグを割る子が、ワンダーキラーなんか倒さなくていいから生きて現実に帰れますように。次の子とも上っ面だけじゃない話ができますように。人の繋がりにその願いを叶える可能性がありますように。
それから――。様々な色をした願いや祈りや憧れに包まれながらくるみは眠りに吸い込まれた。