【短いおはなし】えらこ
「わたし、なんでも作れるから」そう、女の子は言った。じゃあ、靴を一足作って欲しいのだけれど。
女の子は、「待ってて」と言って、タタターと、走って行った。待てども待てども、その女の子は戻って来ない。やっぱり、なんでも作れるなんて、嘘じゃないか。そう思ったところで、また女の子が、タタターと、走ってきた。その手には、一足の靴が握られていた。
「はい。履いてみて」
足を入れてみると、なんとぴったりサイズだった。いつのまに、サイズを測ったんだろう。
「けれどこれ、君が作ったっていう証拠がどこにある?誰かが作って、それを君が持ってきただけかもしれない」
我ながら、いじわるなことを言っていると思う。けれど、こんな、短時間で(自分的にはずいぶん待ったけど)、こんな立派な靴が、作れるわけがない。
「裏にサインがあるでしょう」と、その女の子が言った。靴の裏側を見ようと、片足を上げてみたが、体が硬くて足が一瞬しか上がらない。そしてその一瞬では、靴の裏側はよく見えないのだった。あきらめて一旦靴を脱ぎ、まじまじと、その裏面をながめてみた。確かに、靴の裏に、名前が彫ってあった。そこには、「えらこ」と、書いてあった。「えらこってゆう名前なの」と聞くと、「うん。そう。えらこ」と、女の子は答えた。
「ずいぶん珍しい名前だなぁ。エラコってゆう生き物はいるけど、それじゃないだろうし……。偉い子になって欲しいという思いがこもっているのかな」
「いいえ、違うの。えらこは、選ばれなかった子の略なのよ」
「選ばれなかった子?なんてかわいそうな名前なんだ」
「かわいそうじゃないの。だって、わたしは、選ばれなかったから、生まれたの」
「選ばれなかったから、生まれたって?どういうことだろう」
「わたしはね、ある画家が、使わなかった色から生まれたの」
「使われなかった色?」
「そう。選ばれなかった色をあつめて、それで描かれたの」
「そうなんだ。それで、そんなに暗い色をしてるんだね」
「そう。だけどね、わたしはかわいそうじゃないの」
「どうして?」
「わたしは、選ばれなかった色も、選ばれた色も、みいんな、使えるからよ」
「はじめに描いた画家さんだって、使おうと思ったら、使えたんじゃないか?」
「そんなことないの。自分が知らないうちに、選んでしまっているのよ。自分が使う色だけを。それを永遠に、繰り返しているの」
「そんなこと、あるのかなあ」
「そうよだから、選ばない色は、一生使わないまま終わるのよ。」
「君は、なんで全部の色を使えるの?」
「それは、選ばれない色の声も、選ばれた色の声も、みいんな聞けるから。選ばれた色の声は、でっかいの。けれど、選ばれなかった色の声は、こんなにちっちゃい」そこで女の子は、親指と人差し指の間を、一ミリ開けて、しゃべった。
「だけどわたしには聞こえるの。だってわたしは、選ばれなかった子だから!」
胸を張って、その女の子は答えた。
「だから、なんでも作れるんだね」
「そうよ」
だけど、だんだん、その子の背中は、また丸くなってきた。
「やっぱり、君は、かわいそうだよ」
「どうしてそんなこというの」
「だって、気づいてないんだもの」
「何に?」
「えらこって、選ばれなかった子の、略でもあるけど……選ばれた子の略でもあるからね」
女の子の、しぼんでしまった肩が、少し開いた。
「そっか!」
「ねえ、君は、目に見えないものも作れるの?」
「うん!なんだって、作れるよ!」
「じゃあ今度は、希望を描いてごらん。自分のための希望だよ」
「わかった!」
そう言ってえらこは、タタターと走って行った。