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〈エッセイ〉灰色の海と朱色のツメ
電車の窓から見える灰色の海を見ていたら、祖父が亡くなるちょっと前の記憶が、ふと蘇って来た。
15年位前のことだが、その頃私は仙台に住んでいて、母は、北海道から、青森の祖父のいる病院にしばらく行っていて、そこで落ち合うことになった。
私は電車に乗って、全然知らない駅で降りた。その駅のホームの裏手は、急な坂になっていて、枯れかけた草が、風に揺られて、妙に、気持ちの良い風景だった。
祖父のことが大好きだった母は、憔悴しているように見えた。
近くに公園があったので、私はそこに行った。なぜそこに行ったのかは覚えていない。気分転換に出たのかもしれない。私は、おじいちゃん、もうすぐ死んじゃうのかなぁと、ぼーっとした頭で考えていた。自分にはどうにもできない現実が、目の前に、クリーム色の大きな壁のように迫っていた。
ブランコに乗っていると、地面の砂の中に、なにやら朱色のものを見つけた。私は、それを拾って眺めた。それは、蟹のツメだった。
蟹のツメの殻がカラカラに乾いて、砂に埋まっていたのだった。
なんでこんな所に、こんなものがあるんだろう。こんなところで蟹を食べる人なんていないだろうし、ゴミを捨てたにしても、なぜここに?と、謎が謎を呼んだ。
私は、近所の子どもたちを想像した。夕飯に出た蟹のツメを、後生大事に取っておいて、ポケットに入れていたのを、ポロリと落とした。知らない家の、知らない兄弟たちの、夕食の風景が、公園に、風のように流れた。
砂場にある、蟹のツメ。灰色の砂の中にある、朱色の異物。
息が詰まりそうな閉塞感から、一瞬だけ、違う世界に飛ばされたような気がした。
私はこの時、蟹のツメに、助けられたのだ。
なんで灰色の海を見て、この時のことを思い出したのか、わからない。
ふいに湧いてきた。
蟹のツメもあったことだし、もしかしたら、その公園は、海が近かったのかもしれない。