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どうすれば人は行動するのか

これまで多くのメンバー・後輩と一緒に仕事をしてきた。その中には、やる気はあっても行動しない、手順を示してもやらない、そもそもやる気がない、やる気があるのかどうかわからない、任せた仕事をやるかどうかわからない、評論家みたいに批判はするが、自分では手を動かさないというメンバーもいた。「行動しない」ことは共通なのだが、なぜ行動しないのか、どうすれば彼らが行動するのか、が私にはわからないことも多い。昭和の時代なら「つべこべ言わずにやれ」とお尻を叩いてやらせることになるのだろうが、毎回お尻を叩いて言ったことをただやらせるだけでは本人の成長もないし、リーダーは毎回お尻を叩くのに忙しく、仕事を通じて新たな価値を生み出すことができなくなってしまう。
そこで今回は、個人をどうとらえるか、彼らが行動を起こすきっかけをどのように作っていけばよいのか、ミネルバの学びを通じて考えてみたい。

個人は「意思決定を行う主体」である

ミネルバのリーダーシップ研修(正確にはManaging Complexityという講座)では、第2回目の授業で、人が行動を起こすための複数の要素を学ぶ。前回も書いたが、ものごとの構造の中でもっとも複雑なのが「人」だからだ。その大前提となる考え方が、「エージェントベース・モデル(Agent-based model, ABM)」という考え方だ。

エージェントとは自律的に意思決定を行う主体(個人であることもあるし、組織やグループのような集合体のこともある)のこと。
エージェントベース・モデル(Agent-based model, ABM)というのは、自律的に意思決定を行う主体であるエージェントの「行為そのもの」や「行為間の相互作用」が、システム全体に与える影響を予測するためのシュミレーションのこと

Bonabeau, E. (2002). Agent-based modeling: Methods and techniques for simulating human systems. Proceedings of the national academy of sciences, 99(suppl 3), 7280-7287.

こんなことを書くと、必ず出てくる反論が「じゃあ自分の思い通りにメンバーが動いてくれない時はどうすればよいのか」ということだろう。「人は自律的に意思決定を行う主体である」という前提の場合は、中央集権的な調整に依存しないので、ゴールや目的を示すことはあっても「箸の上げ下げ」のような細かい各論を指示する必要はなくなる。目的を示してやり方は「エージェント」が考えるという考え方だ。

行動する理由

では「自律的に意思決定を行う主体である」はずの個人は、どうすれば行動するのか。マサチューセッツ大学の心理学教授であるロバートフェルドマン氏が、Understanding Psychology(2019)という本の中で、人の複雑な行動メカニズムについて心理学分野の動機付け理論を整理している。

【行動の理由1:本能論】
生物は生物学的にあらかじめプログラムされた本能的な衝動に従って行動している。行動には、本能的で内なる欲求が含まれる。
【行動の理由2:動因低減理論(Drive Reduction Theory)】
生物は、すべての欲求が満たされた状態を好む。ドライブ(行動の原動力となる欲求状態)を低減する、満たされた状態になるために人は行動する
【行動の理由3:覚醒理論】
肉体的、精神的に自分を追い込んだときにエンドルフィンが放出される高揚感が生まれる。ただし、覚醒が強すぎると目標達成の妨げになる。個人のレベルやタスクの内容によって、「低すぎる覚醒」や「高すぎる覚醒」は望ましくない。最適な覚醒レベルを見つけることができれば、望ましいパフォーマンスが得られる。
行動の理由4:インセンティブ理論
マーケティング理論。必要だと思っていないものを欲しがるように仕向ける。「「もの」を持つことでそれがない時よりもよりよい生活を送れるようになる」と期待させる (Beckmann & Heckhausen, 2008)。
【行動の理由5:認知理論(Deci, 1971, 1975)】
内発的動機づけ:内なる可能性や興味を満たすための原動力。仕事でもレジャーでも、自分の行動において本当の自分を表現したいという欲求。自分の努力の結果を自分で動かしていると感じることができる。
内発的動機付けには①能力(自分の能力を発揮していること)②関係性(他者とつながっていること)③自律性(自分の行動を自分で決め、自分自身で一貫していること)が必要である。
外発的動機づけ:お金や地位や評価といった目に見える報酬を得たい欲求
仕事のモチベーションは内発・外発両方取り入れる必要がある。
行動の理由6:自己決定理論(Ryan & Deci, 2000)
内発的動機と外発的動機を組み合わせて、仕事に関する行動やその他の行動を駆動させることができるとする考え方。最もモチベーションが上がる活動は、自分の行動を最もコントロールできていると感じられる活動。
つまり、自分の仕事の行動が自分の内なる自己決定以外の要因によってコントロールされていると感じると、仕事の不満や停滞を招く。解決策は些細なことでも自主性を表現する方法を見つけること
【行動の理由7:自己実現理論】
「人は自分自身の内なる可能性を実現することが最もモチベーションにつながる」とするマズローの理論。自己実現は連続的なプロセスであることを提案している。「高次の欲求の前提は低次の欲求が満たされることである」としていたが、その後、一部の自己実現者は、「自分の最も内側にある情熱を実現するために、安全や安心、そして愛といった低次の欲求を捨てていたことが明らかになった。」としている。

Feldman, R.S. (2011). Understanding psychology (10e). New York: McGraw-Hill
Susan Krauss Whitbourne(2011)https://www.psychologytoday.com/us/blog/fulfillment-any-age/201110/motivation-the-whys-behavior(20220127閲覧)
Ryan, Richard M., and Edward L. Deci. Self-determination theory: Basic psychological needs in motivation, development, and wellness. Guilford Publications, 2017.

他者の合理性を理解する

自分と違う考えを持つ人たちの感情や思考、行動は正直よくわからない。でも、違うからこそ、異なる他者とのチームを組むと新たな考えが生み出され、気づいていなかった人の存在に気づけたり、新たな観点をもらうことができる。それができれば、「独りよがり」でない、誰にも真似することのできない仕事になる。
どうすればこうした「違い」を持ったメンバーが彼らの「違い」を存分に発揮しつつ、他のメンバーと新たなものを生み出してくれる場を作れるかを考えた時、彼・彼女はなぜ行動する/しないのか、を考える必要がある。なぜなら、彼らは彼らなりの合理性をもって、どのように行動するかしないかを判断しているからだ。

他者の合理性が理解できないと、多様な意見を持った人がせっかくそこにいるのに、違うことは才能の一部でもあるのに、チームの中でその違いを存分に発揮できないまま終わってしまう。

今回は個人の選択を促し、行動の根拠となる動機や目標についての理論を振り返った。行動の促進要因としては他にメンタルモデルやバイアス理論がある。それはまた次回。



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