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英国の気候変動対策:前政権とスターマー政権のアプローチの違い


はじめに

労働党への政権交代に伴い、英国の気候変動対策にはいくつかの変化が見られました。今回は、リシ・スナク前首相の気候変動対策に対する消極姿勢と、キア・スターマー新首相の積極的なアプローチを比較し、それぞれの政策の違いをご紹介いたします。また、過去の英国の気候変動対策の取り組みにも触れたいと思います。


リシ・スナク前首相の気候変動対策に対する消極姿勢

Rishi Sunak COP28にて

リシ・スナク前首相は、経済的な負担を軽減し、有権者の支持を得るために気候変動対策に消極的でした。🇬🇧高いインフレ率と生活費の上昇を理由に、家計に過度な負担をかけずに気候目標を達成する必要があると考えたのです。具体的には、新しいガソリン車やディーゼル車の販売禁止や、ガスボイラーの段階的廃止などの政策を遅らせました。
例えば、電気自動車の販売禁止期限を2030年から2035年に延期する決定は、市場の成長を妨げ、車両の運用コストの増加を招くとされています。

近年の保守党政府の行動は、イギリスの国際的地位を大きく損ないました。2022年12月には新しい冶金炭鉱の承認を行い、2023年7月には新しい石油およびガス探査ライセンスを数百発行する計画を発表しました。また、スナクは輸送、暖房、エネルギー効率に関する排出削減政策措置の遅延を発表しました。

スナク政権はまた、北海油田の新たな掘削ライセンスの発行を推進し、エネルギーの安定供給と経済的な理由から石油とガスの生産を延命させる方針をとっていました。

これらのスナク前首相の政策変更は、投資家や産業界の信頼を損ない、ビジネス投資のリスクを高めたとも指摘されています。政策の不確実性が高まると、グリーン産業への投資が減少し、全体的な脱炭素化のコストが増加する可能性があるためです。もちろん、化石燃料を支持する一部の投資家や産業界からの支持を得ましたが、環境保護団体や気候科学者からも批判を浴びました。

Sir Keir Starmer COP28

COP28開催時に首相だったスナク政権に対し、当時は労働党党首だったキア・スターマー氏は保守党の環境政策は一貫性を欠いていると批判し、低炭素エネルギー源への転換が英国にとって経済的な機会をもたらすと言っていました。彼は、再生可能エネルギーの推進が雇用と投資を促進し、光熱費を削減し、国のエネルギーの自立を実現するという見解を示していました。また、金融機関と大企業に炭素フットプリントの公開と1.5℃整合の移行計画を求めることで、英国を「世界のグリーンファイナンスの中心」にするという目標を掲げています。スターマー氏は、気候変動対策は「イデオロギーではなく実用性」の問題であると述べ、太陽光や風力がガスよりも安価な電力源であることを述べていました。

また、スターマー氏はスナク政権の環境政策を強く批判し、労働党のグリーン政策がより持続可能で経済的に有益であることを主張していました。

クリーンエネルギーへの移行

キア・スターマー新首相のもとで設立される公営のクリーンエネルギー会社「Great British Energy」は、太陽光、風力、波力エネルギーを活用し、2030年までに100%クリーンパワーを実現することを目指しています。この取り組みにより、エネルギーコストの削減や新たな雇用創出が期待されています。労働党政権は、クリーンエネルギーへの迅速な移行を最優先課題としています。


北海油田とガスのライセンス政策の変更

労働党政権は、新しいエネルギー安全保障およびゼロカーボン政策の一環として、前政権が推進していた新たな石油およびガスの掘削ライセンスの発行を停止しました。エド・ミリバンド(Ed Miliband:Secretary of State for Energy Security and Net Zero)
エネルギー大臣は北海での新しい掘削許可を即時に禁止する指示を出したのです。
ちなみに、ミリバンド大臣の政治キャリアは、ゴードン・ブラウン首相の下で内閣府大臣(Minister for the Cabinet Office)およびエネルギー・気候変動担当国務長官(Secretary of State for Energy and Climate Change)を務めたことで知られています。特に2008年の気候変動法(Climate Change Act 2008)の導入に貢献。これは英国が世界初の法的な気候目標を設定した法律です  。
彼は今、2030年までにクリーンエネルギーへの移行を加速し、エネルギー独立を達成すること。英国のエネルギーシステムを改革すること。Great British Energyという公共エネルギー会社を設立し、国内のクリーンエネルギープロジェクトを推進することなど、経済的不平等と気候危機の解決に重点を置いており、英国をクリーンエネルギーのリーダーにするという目標を掲げています。

エド・ミリバンド氏とCOP26にて

この決定は、新しい政権の環境へのコミットメントを示しており、特に新しいライセンスの発行を抑制することで、国内の再生可能エネルギー源への移行を加速させることを目指しています。
既存のライセンスは維持される予定ですが、この禁止措置は即座に政府内部や産業界からの反発を招いています。この変更は、グリーンエネルギーへの移行を加速させる一方で、エネルギーの安全保障に対する懸念も持たれています。

風力発電と再生可能エネルギーへの投資

労働党は、国際的なクリーンエネルギー市場での競争力を高め、技術革新を推進したいと考えているようです。現在のところ、特に洋上風力発電への投資を強化することを約束しており、再生可能エネルギーの普及を進めるための計画を策定しています。これらの政策により、英国をクリーンエネルギーのリーダー国として位置づけることを目指しています。

SG 14-222 DD Offshore wind turbine 、15 megawatts 

適応戦略と法制化

また、労働党は気候変動に対する適応戦略の強化も図っており、「Climate and Nature Bill」を再導入する計画です。英国のClimate and Nature Billは、気候変動と生物多様性の危機に対応するために提案されている法案です。この法案は、英国政府が掲げる環境目標を達成し、持続可能な未来を築くための具体的な措置を法的に義務付けるものです。具体的には❶2050年までのカーボンニュートラル達成(温室効果ガス排出を実質ゼロにする目標を法的に義務付け、気候変動への対応を強化)、❷自然環境の保護と回復(生物多様性の危機に対処し、英国の自然環境を保護・回復するための措置を講じる)ことが目標です。

例えば、①温室効果ガス排出削減目標の設定に関しては、短期的、中期的な削減目標を設定し、各部門(エネルギー、交通、産業、農業など)の排出削減計画を策定します。②再生可能エネルギーを促進し、太陽光、風力、水力などの再生可能エネルギー源の利用を拡大し、化石燃料依存からの脱却を図ります。③エネルギー効率を向上させ、 建物の断熱性能向上やエネルギー効率の高い設備の導入を促進し、エネルギー消費を削減します。④自然保護区の拡大と管理: 自然保護区を拡大し、新たな保護区を設立することで、生態系の多様性を保護します。⑤生物多様性回復目標を設定し、絶滅危惧種の保護や自然生息地の回復を支援します。⑥持続可能な農業を推進し、農業による環境負荷を軽減します。

以上①〜⑥の実施と監視にあたっては、中央政府および地方自治体が協力して、気候変動対策および自然保護政策を実施します。また、Climate Change Committeeなどの独立した監視機関が法案の進捗状況を監視し、政府の取り組みを評価します。

現政権では、これらの環境保護プロジェクトや再生可能エネルギーの普及に対する財政的支援を確保し、持続可能な取り組みを推進させようとしています。

英国のClimate and Nature Billは、気候変動と生物多様性の問題に対する包括的な対応策を法的に義務付けるもので、環境保護に向けた強力なメッセージを発信している点でも素晴らしいなと思いました。この法案が通るかどうかにも注目していきたいと思っています。

技術革新と国際協力

技術革新の促進と国際的な協力も重点項目となっています。英国政府は、新技術の開発と商業化を支援し、気候変動対策を強化するための研究とイノベーションへの投資を拡大しています。

この取り組みのひとつが。 Net Zero Innovation Portfolio。このポートフォリオは、クリーンテクノロジーの商業化を加速するために設立され、1億ポンド以上の資金が投入されています。このポートフォリオは、電力、建物、産業の各分野で低炭素技術やシステムの開発を支援しています。具体的には、エネルギー効率を高める技術、カーボンキャプチャーおよびストレージ(CCS技術⇨二酸化炭素を大気中に放出する前に捕捉し、地下に貯蔵する技術)技術、再生可能エネルギーの統合などが含まれます 。

さらに、労働党のグリーン・プロスペリティ・プランでは、当初は毎年280億ポンドをグリーン投資に充てる予定でしたが、経済状況の変化と保守党政権からの批判を受けて、投資額が150億ポンドに縮小されました 。2030年までにエネルギーシステムの脱炭素化を目指し、前述のグレート・ブリティッシュ・エナジーに83億ポンドを投資する計画とのことです。

過去の英国の気候変動対策の取り組み

2019年、英国はG7諸国の中で最も速く温室効果ガス排出量を削減し、主要経済国として初めて2050年までにネットゼロ排出を達成する法的拘束力のある目標を設定しました。この目標設定は、2021年11月にグラスゴーで開催されたCOP26で議長国としての役割を果たし、世界経済の91%がネットゼロ目標を掲げたことにも寄与しました。

COP26 グラスゴーにて

さらに、英国は国際気候資金への主要な貢献者でもあり、途上国における気候変動の緩和および適応のための資金を提供しています。特に、途上国の債務が膨らんでいる時期において、英国の資金の大部分(85%)が貸付ではなく助成金として提供されていることが素晴らしい点です。

アロック・シャルマCOP26議長と

まとめ

リシ・スナク前首相の政権では、経済的な現実と有権者の支持を考慮しつつ、気候変動対策に消極的なアプローチがとられていました。一方で、キア・スターマー新首相の労働党政権は、クリーンエネルギーの推進、北海油田とガスライセンスの見直し、風力発電への投資、気候変動への適応戦略の強化、技術革新と国際協力の推進を通じて、英国の気候変動対策を大幅に強化しています。これらの取り組みは、英国が2050年までにネットゼロを達成し、持続可能な未来を実現するための重要なステップとなっています。

労働党政権は気候変動対策と経済的安定性のバランスを取る試みをしていて、長期的には持続可能なエネルギー未来への移行を加速させる重要なステップを踏み始めたように思います。

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