⑤わが子がダウン症だった(染色体検査編)
気がつけばもう9月。
まだまだ暑いとはいえ、朝晩は秋の匂いが混じっている。
多分、ここからの時間も恐ろしく早く、あっという間に2024年を迎えるだろう。
年齢とともに時間の過ぎる早さが加速しているように感じる。
ちなみに、この体感時間の現象には名前があって「ジャネーの法則」というらしい。
なんでも19世紀にフランスの哲学者ジャネーさんが発案したのだとか。
発案もなにも、みんな歳を重ねたらそう感じるんだから、自分の手柄みたいにするのはちょっとね。しかも、自分の名前つけてるし。
さて、三男の染色体検査の結果が出てきたとのことで、夫婦揃って医師と面談することになった。
今さらダウン症診断が覆るとは考えていない。染色体検査は「確定診断」するための通過儀礼みたいなものなんだろう。
病院に着き、病棟を目指す。
ところで、NICUの入口はセキュリティが固い。
手指を徹底的に洗い、カバンも時計もスマホも全てロッカーに入れる。病棟内には私物を持ち込むことはできない。
唯一、カメラだけは持ち込みが許可されている。なので、私は面会に行くたびに100枚くらいは写真におさめる。
そういうわけで、今回もしっかり一眼レフを携えてNICUに入る。
まず通されたのは、宣告を受けたあの部屋だった。
あの日は話の内容も知らずに呑気な気分で入室したものだった。
それを思うと、随分と「背負った」と思う。
短い間で親としての成長を果たした気分。
「精神と時の部屋」で修行したあとみたいな。
しばらくすると、NICUのセンター長と主治医が入ってきた。
前置きもそこそこに、検査結果の報告を受けた。
結果が記載された用紙には馴染みのない言葉が並んでいる。
この文字の配列...エヴァっぽいな。
実生活に関わる部分でこんな文章を渡される経験はそうそうあるものではない。
ちょっとだけセンター長が碇ゲンドウにみえた。
そして、ページをめくると、無造作に散らばった物体の画像が印刷されている。
細胞分裂のタイミングでこの金魚のフンみたいな物体が観測されるとかなんとか。
この物体こそが染色体である。
まったくもってよく分からない。
知らなくても生きていけるだけに、私のような文系男からすればSF世界の話にさえ思える。
そして、これを順に配列するとこうなる。
長い順に並べて1.2.3...と番号がふられるらしい。
染色体は全部で46本23対からなる。
そして、21番目にあたる染色体が本来なら2本であるところ、3本になっている。
これが21トリソミー。
すなわち、三男のダウン症が確定診断されたということだ。
ダウン症には3つのタイプがある。
96%は通常型で、身体中のすべての細胞において21トリソミーが確認されるもの。
2%はモザイク型で、21トリソミーと通常染色体が混在しているもの。
残りの2%は転座型といい、3本目の21番染色体が他の染色体にひっついてしまっているもの。
三男については通常型との診断だった。
あとは、今後の療育計画、定期検診などの話を聞いて面談が終了した。
今さら心境の変化はなく落ち着いていた。
それよりも早く子どもに会いたいという気持ちの方が大きかった。
私にとっては1週間ぶりの面会で、会うのが待ち遠しかったのだ。
ちなみに、妻は毎日面会に来ている。
赤ちゃんの様子を見るだけでなく授乳も行う。
母乳を飲ませる機会は一日のうちでたったの一回だけだ。
それとて、しっかりと飲んでくれるわけではない。むしろほとんど飲めていないらしい。
それほどに吸い込む力が発達していないのだ。
だから、栄養はミルク頼りになる。
それに、一日一度しか授乳機会がないと、体内での母乳製造量も減っていくらしい。
次男のときは胸が張って痛いと言っていたが、今はそれが無い。
人体というのは理にかなった構造をしているのだ。今回はそれが皮肉に機能しているのが少し悲しい。
それでも毎日面会に行って、妻は母乳を飲ませる。
看護師さんに聞くと、別に飲ませなくてもいいらしい。それでも妻は母乳を与える。
その思うところはまだ聞いていないが、胸中はどうあれ、素敵な人だなと思う。
子どもは病院の服を着て、病院のベッドで寝る。他の子と同じだ。
一日8回のミルク授乳のうち7回は看護師さんが代わる代わるで世話をしてくれる。
これも他の子と同じ。
おもちゃやおしゃぶりも持ち込むことは出来ない。
面会はその身一つなのだ。
その中で母親として唯一示せる愛の形が授乳なんだと思う。
妻の授乳する姿を見ていて、そんなふうに見えた。
きっと子どもにも伝わっているだろう。
この先、妻がいればきっと大丈夫だ。
不安は数えればキリが無いけど、喜びだって数えきれないほどたくさんある。少し見えにくいだけだ。
三男は今日も少し体重が増えた。
たった50g増。
こんな小さな成長でも、この子にとっては大きな一歩に違いない。
その一歩一歩を私たち夫婦が喜びとして記憶に刻む。
それを重ねたら大きな幸せになるような気がする。
退院の目処がたったので、次回はそのお話になると思います。それで一旦、完結編として区切ろうと思います。
そのあとは書きたいことはシリーズではなく単発でやっていこうかなと思ってます。
読んでいただきありがとうございました。
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