読書ノート 25 モンティチェロ 終末の町で

バージニアの片隅で起きた事件
 バージニア州議会が南北戦争の功労者ロバート・リー将軍の銅像を撤去するという決定に怒りを顕わにしたKKKなどの白人至上主義者が全米からシャーロットビルに集まる。時は2017年。抗議の行動はエスカレートし、黒人住民の排除に向かう。白人と黒人の間に衝突が起き、死者3人を含む多数の犠牲者が出た。肌の色に現れた人種問題に加えて、経済格差の拡大も悲劇の背後には見え隠れする。1960年代に燃え盛った公民権運動で黒人の地位や権利は拡大したはづが、その内実はまだ道半ばである。
 2020年に起きた警官による黒人男性ジョージ・フロイトさんの死亡(首の圧迫死)、その後も続くBLM(ブラック・ライブズ・マター)の運動など、人種間の対立は米国に突き付けられたデモクリトスの剣である。作品での舞台はシャーロックビルではあるが、事件は米国のどこで起きても不思議ではない。

5つの短篇と1つの中編
 作品は表題の「モンティチェロ 終末の町で」(中篇)に加えて5つの短篇を所収している。「コントロール二グロ」「バージニアはあなたの故郷ではない」「なにか甘いものを」「世界の終わりに向けて家を買う」「サンドリアの王」がそれらの表題である。
 舞台や背景は異なるが、いずれの作品にも微笑を誘うユーモアとペイソスがあり、日常からの脱皮したいという憧れがあり、歓喜と悲嘆が交錯し、薄闇でよく見えなかった周辺事情への気付きがあったりと、味わい深い。何より救われるのは、登場人物たちが神や宗教に向かわず、自らの力で生きていこうとする健気さに心が洗われる。

モンティチェロ
 再びシャーロックビルに戻ろう。町中の一番通りに沿って個人住宅が立ち並ぶ。標準的な家族が住むには過不足のない慎ましい家屋である。白人の中に黒人も混在する。ところがこの平和な一番通りでさえ人種対決の嵐に巻き込まれる。
 主人公の黒人女性ナイーシャは恋人の白人ノックス、祖母や近隣住民合わせて16人が放置されていたバスに乗り込み、間一髪一番通りを離れた。向かったのは「モンティチェロ」。米国3代目大統領ジェファーソンを記念して建造された邸宅である。ジェファーソンが在任時に使ったあらゆるものを蒐集し、見学者が存分に学べる資料を永久保存する。資料の蒐集は現在も続く。また小高い丘に立地することから、シャーロットビルの災害時の避難場所にもなっている。
 ナイーシャにはしかしためらいがあった。果たしてここに自分が呼びかけて避難したのは正しかったのか。16人の中には、白人やバージニア大学の学生もいる。彼らは自らの信条に従ってここにやってきたはずだが。この逡巡はノックスが払拭してくれた。白人至上主義者の横暴を許せば、やがて自分たちの存在基盤が突き崩されると確信したからだ。
 幸い記念館が備蓄していた飲料水、燃料(発電機用)、食料、トイレトリー、リネンも上手に使いまわせば10日間くらい持ちそうだ。銃も弾もある。いざとなったときの銃撃戦にも備えがある。
 しかし現実は非情である。ナイーシャの祖母は人工呼吸器の助けを借りて命を繋いできた。しかしモンティチェロに逃れるときに予備の呼吸器を携行することができなかった。息苦しい昼と夜が続き、ついに息耐える。ナイーシャの悔恨と追慕は深く哀しい。
 17日間にわたる抵抗もむなしく、16人の魂は昇天する。殉教者たちが天に召されたように。彼ら彼女らの闘いはモンティチェロの霊廟に永遠に祀られるであろう。魂が放つ光芒は太陽が輝く限り、月が満ち欠けしながらもその相貌を見せるように。四季折々の風光とともに。

データ:作者はジョスリン・ニコール・ジョンソン。バージニア州レストン生まれ。ジェームズ・マディソン大学で美術と教育の学位を取得。本書はデビュー作。本書でリリアン・スミス図書賞、バージニア図書館フィクション賞を受賞。日本語版は訳者が石川由美子、出版社は集英社、2024年4月出版。285ページ。
「青春と読書」2024年6月号に掲載された寺崎由美さんの書評も参考にしました。記して謝意を表します。


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?