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熊谷めぐみ & 優|ART & ESSAY《9》|美しき兄妹

 貧乏な田舎牧師の娘として生まれた、若い女性である「私」は、マイルズとフローラという幼い兄妹の家庭教師の仕事を得る。不安を押し切り屋敷に赴いた「私」は、兄妹の美しさに魔法にかかったように魅了される。家政婦のグロースの協力も得て、「私」の仕事は順調に見えた。ある日、幽霊の姿を見るまでは。

 『ねじの回転』は1898年に発表されたヘンリー・ジェイムズによる小説。田舎から出てきた若い女性が、後に雇い主となる紳士に憧れの気持ちを抱き、エセックスにあるお屋敷で、彼の甥と姪にあたる少年と少女の家庭教師の仕事を得る。平和に思えたその場所では、恐ろしいことが起こるようになる。
 子供たちは天使のような愛らしさで、語り手の「私」は彼らに夢中になる。しかし、平和な暮らしの中で、少しずつ奇妙なことが起こり始め、「私」は悩み葛藤する。そして、その疑いは、子供たちにも向けられるようになる。はたして、彼らは「私」が想像する通りの、無邪気で罪のない子供たちなのだろうか。そもそも、マイルズが、学校を放校処分になった理由は何なのだろうか。
 ねじを回すように少しずつ緊張と恐怖が高まっていく、心理的恐怖小説の傑作。

 こんなにも理想的な子供たちが存在していたのか。小説の中で「私」は、家庭教師を務めることになった子供たちの奇跡のような愛らしさに歓喜する。

 モーヴ街初参加となるアーティスト、優が描いたのは、小説に漂う怪しさと美しさを兼ね備えた、麗しい兄妹の姿。
 兄のマイルズと妹のフローラは、美しい顔をまっすぐにこちらに向けてほほ笑む。

 彼らを心から信頼し、彼らに心から信頼されたい。そんな家庭教師の願いに疑問を投げかけるのは「彼ら」と「私」の前に立ちはだかる花々だろうか。そこに集まる蝶たちだろうか。いや、そもそも二人は「私」に本当のことを言っているのだろうか。

 無垢な子供たちの姿はまぶしく、だからこそ彼らの中に邪悪があるとは信じられない。それを疑うことすら、間違ったことなのかもしれない。黒で塗られた背景は、「私」の不安を映しているのだろうか。いや、二人の純粋さを際立たせているに違いない。それとも。
 「私」は兄妹のことを信じたい。「私」が二人を守らなければ。葛藤する「私」をまっすぐに見つめる二人は、やはり、夢のように、美しかった。

 マイルズとフローラの兄妹が暮らすブライの屋敷は、花々が咲き誇り、一つの絵のように完璧な輝きを見せている。

 そんな光景とは裏腹に、家庭教師の心は暗く乱れていく。散った花びらだって、集めてフラワー・ティーにすれば、元の美しさを取り戻すにちがいない。何もなかったかのように。

 でもその美しさは、以前とは何かが違う。すべてを、見なかったことにしたい。この花のように美しい光景を無心に見つめていたい。そんな彼女を咎めるように、カップにはおさまらなかった花びらが、何かを訴えている。

 美しい子供たちと過ごす時間は、まるで魔法にかけられたよう。マイルズとフローラはおとなしく、ほとんど手のかからない子供たちである。

 でも、彼らは絵に描かれた子供ではない。意思があり、思惑があり、地位があり、未来がある。羽ばたこうとする羽を押さえつけられたのは、子供たちの方だろうか。それとも、現実を突きつけられた「私」の方だろうか。

 もう逃げ出すことも羽ばたくこともない美しい蝶。本当の意味でそれを手に入れることは、できないとわかっていたのに。

優|画家・イラストレーター →HP 
主に透明水彩を使って、儚く刹那的な事象や感情を描き留めるように絵を描いています。

熊谷めぐみ|ヴィクトリア朝文学研究者 →Blog
子供の頃『名探偵コナン』からシャーロック・ホームズにたどり着き、大学でチャールズ・ディケンズの『互いの友』と運命の出会い。ヴィクトリア朝文学を中心としたイギリス文学の面白さに魅了される。会社員を経て大学院へ進み、現在はディケンズを研究する傍ら、その魅力を伝えるべく布教活動に励む。モーヴ街5番地、チャールズ・ディケンズ&ヴィクトリア朝文化研究室「サティス荘」の管理人の一人。
X|@lond_me



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12月22日(日)21時~12月24日(火)21時
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諸条件あり

作家名|優
作品名|兄妹

透明水彩・水彩紙
作品サイズ|22cm×14.5cm
額込みサイズ|33cm×27cm
制作年|2024年(新作)

作家名|優
作品名|flower tea

油彩・キャンバス
作品サイズ|18cm×14cm *額なし
制作年|2024年(新作)

作家名|優
作品名|蝶

透明水彩・水彩紙
作品サイズ|5cm×5cm
額込みサイズ|7cm×横7cm
制作年|2024年(新作)

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