イニドの誕生日

魔界、暦の上では秋だと言うのにまだ暑い日が続いている。そんな中でイニドは仕事をしながらカレンダーを見て笑みを浮かべていた。カレンダーには9月9日の日付に赤い丸印が大きくつけられている。
珍しく執務室で武器や戦闘の記録をつけているイドはその様子を見ると眉を潜めた。普段ならば絶対零度のような表情でタスクを次から次へとこなしていくイニドが笑っているのだ。

「イニド。てめぇ、何をニヤニヤと笑っていやがる」
と、この雰囲気に堪えきれなくなったイドが声を掛ける。



イニドはそれを聞いてもクスクスと笑って見せるだけだ。それが更にイドの怒りを買ったようで、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしく、拳を振り上げてイニドに殴りかかろうとする。
しかし、イニドはそれを察知していたようで両手を上げながらひらりとかわして見せた後、イドに向かってこう言った。

「明日は9月9日。それが何の日かあなたならご存知でしょう?」
「……つまりてめぇは、明日には40歳になるって訳か」
「そうです」

イニドはそう言うと笑いながら仕事をし続けた。笑っても、仕事をこなすスピードが変わらないのは流石というべきだろうが、それでもイドは腹を立てて言ったのだ。

「じゃあ、てめぇはもう立派なおじさんだな!!」

するとイニドはようやく笑うのを止める。そして、イドの方を向いて言った。

「私はまだ若いですよ。それに、魔界では40歳はまだ生まれてまもないと聞きます」
「だが、てめぇは人間だろ?魔界の基準と一緒にすんなよ」

イドはそう言ったあと、再び書類に目を落とす。日付と何をしたか、誰が訪問したか事実を書く簡単な作業であるが、弱者に興味がなくほとんど訓練に勤しんでいたイドは思い出すのに苦労しているのだ。一方、イニドは鼻を鳴らして言った。

「忘れっぽいのは老化が原因と聞きますよ」
「あ?ジジイのてめぇが何を言ってやがる」
「おや、私はまだまだ現役ですよ。まぁ……明日にはもう40歳ですが」

イニドがそう言うとイドはイラついたようで机を拳で叩きながら言う。

「あぁ、もううぜえ!!てめぇの誕生日は明日なんだろ!今日は黙って仕事しろよ!!」

すると、大声に驚いたのか隣の部屋から1人の少年が入ってきたのだ。その少年はまだ10代程度の年齢に見えるほど小さく、そして美しい顔立ちをしていた。彼は部屋に入るなり、2人を見て言った。

「イド、イニド!喧嘩しないの」

少年もとい魔王カオスはそう腰に手を当ててプリプリと怒りながら言った。イニドは慌てて頭を下げる。

「も、申し訳ございません。しかし、イドが悪いのです。私を年寄り扱いするのです」
「はん、事実を言ったまでだろうが。お前と俺は160年も違うんだし」

イドはイニドの言葉に反論する。ちなみに、イドとイニドの年齢差は人間界の年齢で換算するとそれは20代と40代の差である。
イドの言葉にイニドは顔を真っ赤にして睨み、イドも負けじと睨み返している。そんな二人の間に慌ててカオスが入った。

「イド、そんな意地悪なこと言ったら誰だって怒っちゃうよ?優しいイニドだってね。僕は2人が仲良くしてて欲しいな」

魔王カオスの言葉に2人は何も言えなくなった。カオスはそんな二人に笑みを浮かべた後、ポツリと呟いた。

「でも、そっか。イニドがここに来てもう20年は経つんだね」
「そうですね。そう考えれば私が老け込むのも仕方ないことかと」

イニドがそう言うとカオスは首をぶんぶんと横に振る。そして、決意の籠った声で言った。

「ううん、違うよ。だって……僕やイド、この城の中だって変化していくんだもん」

カオスはそう言って窓の外を見つめる。そこには魔界の森が広がっているのだが、その森には所々に新芽が生えていたり花が咲いている木があったのだ。それを見てイニドは納得したように言った。

「確かに、そうですね」
「それに、歳を重ねるごとに魔界も少しずつ平和になっていっているんだよ!だから、歳を重ねるのは悪いことじゃないんだよ」
「カオス様のおっしゃる通りですね。もう年齢のことで喧嘩するのはやめます」
「ちっ、イニドがやめるなら俺も止めねぇとな」
「そうしてくれると僕も嬉しいな」

2人はようやく喧嘩するのをやめて、また仕事を始める。その様子をカオスは嬉しそうに見守っていた。イニドは心の奥まで幸せに包まれていた。なんだかんだ言っても自分の誕生日を祝ってもらえるのが嬉しくて、そして目の前にいる魔王ともう一人の右腕と共に魔界を守り続けることが出来ることが何より嬉しかったのだ。

「じゃあ、僕はもう行くね!」

そう言ってカオスは部屋を出ていった。その後姿を見送った後、イドはふと思い出したように言う。

「そういやぁ、誕生日プレゼント用意してねぇわ」
「貴方からのプレゼントはいりませんよ。去年のプレゼントであるダンベルもいまだ使い道に困り、埃を被っておりますから」
「なら、何がいいんだよ。誕生日プレゼント」

イニドは少し考えた後、ニヤッと笑って言ったのだ。

「貴方の寿命を10年ほど……なんてダメですよね」
「ふん、死んでからプレゼントにしてやるよ」

そう言って2人は笑い合った。そしてまた書類整理に励むのであった。

そして迎えた誕生日当日。イニドは普段の仕事着ではなく白いスーツ姿でカオスを待っていた。自身の魔法で出したコピーたちにも手伝ってもらい念入りに身なりを整えたのだが、落ち着かない様子でいる。するとそこにドアをノックする音が響き渡り、入ってきた人物を見てイニドは思わず笑みを浮かべたのだ。

「イニドー!お誕生日おめでとうー!」

それは魔王カオスだ。カオスは式に参加する時や、勇者と対峙する時に着る黒いローブに身を包んでいる。カオスはイニドに抱きつこうとしたが、慌てて咳払いした。イニドはそれを見ると微笑む。カオスは勇者と対峙する時のように落ち着いた口調で話し始めた。

「我が右腕イニドよ。此度は貴殿の誕生日……えっと次の台詞は」

カオスはカンペを見る。それは今日のパーティーで言うべき台詞が書かれたものだった。そのカンペを見ているカオスに、イニドはそっと近づいて耳元で囁いたのだ。

「カオス様……そのようなものはお捨てください。普段の貴方らしくありません」

するとカオスは目をぱちくりした後、またニッコリと笑った。そしていつも通りの口調で言う。

「ありがとうイニド!やっぱりイニドは僕の最高の右腕だよ!」

そんな魔王を見てイニドも笑顔で頷くのであった。2人は玉座の間まで歩いていく。普段はカオスが玉座に座り、その横にイドとイニドがまるで魔王を守る怪物のように並んで立つ場所だが、今日は違う。なんと、玉座の上には『誕生日おめでとう、イニド!!』という垂れ幕がかかっていたのだ。それはカオスが作ったもので、イニドはそれを見ると笑みをこぼすのだ。カオスはイニドの手を引くと言った。

「えっとね、プレゼントとか、ご馳走とかいっっっぱい用意してあるから!楽しんでね!」
「はい、感謝いたします。カオス様」
「へへ、えぇとねまずは……」
「おい、カオス」

カオスがどれから案内しようとしていた時だ。イドが大きな荷物を背負ってカオスに呼びかけた。イニドはイドの声に先程の笑みから一点無表情で冷たい瞳をイドに向けた。イドはその視線に気付かないふりをしてカオスに言ったのだ。

「この馬鹿でけぇ誕生日プレゼントはどこに置けばいい?」
「ほかのプレゼントと一緒に置いておいて。あっ、そうだ!イニド!!まずはプレゼントを開けてみようよ!いっぱい用意させたんだ」
「はい、では早速」

イニドがそれを言うと2人は玉座の階段から降りてプレゼントの方へと向かう。カオスの足取りは軽くまるで子供のように目を輝かせていた。イニドはそれを保護者のように見つめながら歩く。その様子を見てイドは少し呆れたように言う。

「ったく、そんなにはしゃぐなよ」
「だって嬉しいんだもん!」

カオスはそう言って笑うとイニドも同意するように頷いた。そんな2人の様子にイドはため息をつくと、ご馳走を見た。テーブルを横に3つ並べた上に乗せられた和洋中様々な料理の数々。魔界で有名な料理店総出で作られたそれはとてもじゃないが三人では食べきれない。イドはそれを見てため息をつく。

「たくっ、どうすんだよ。こんなに」

一方、数が多いのは料理だけではなかった。プレゼントも多かった。イニドはそれらを見て、そしてカオスが嬉しそうにしているのを見て言ったのだ。

「本当に、私は幸せ者ですね」
「え?何か言った?」
「いいえ、何も」

そう言ってイニドが笑うとカオスも笑い返すのであった。こうして、魔王とその右腕は幸せな時間を過ごすのであった。

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