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新潟県 佐渡金山 世界文化遺産に登録

佐渡島

 ユネスコの世界遺産委員会がインドの首都ニューデリーで開かれていたが、7月27日、新潟県の「佐渡島の金山」を新たに世界文化遺産に登録することが全会一致で決まった。長年の悲願成就ということで、地元の佐渡は喜びに沸いているそうだ。
 世界遺産「佐渡島の金山」は「相川鶴子 ( あいかわつるし ) 金銀山」と「西三川 ( にしみかわ ) 砂金山」で構成されている。佐渡には多くの金鉱山、銀鉱山があり、佐渡金山はそれらの総称となっている。

 日本海のただ中に浮かんでいる島という印象があったが、それほど本土から離れているわけではない。といってもフェリーで1時間あまり、外海の航路だ。海が荒れる冬場は大変だろう。

 佐渡海峡を通って佐渡島に渡る航路は二つ。新潟港~両津港、直江津港~小木港。

佐渡金山

 衛星画像は2024年6月13日。マーカー地点が佐渡金山。ズームイン。

 佐渡島を南北に四分割してみよう。北端は弾 ( はじき ) 埼。

 上の、雲の付近が金剛山。下の、雲の付近が金北 ( きんぼく ) 山。右の海は両津湾。両津港が見える。

 国中平野に佐渡市街地。右上、両津港の入り江みたいに見えるのは加茂湖。下の海は真野湾。
 マーカー地点は佐渡金山のなかでも最大規模の相川金銀山。その南側に鶴子銀山の跡。
 鶴子銀山には、すでに戦国時代に銀が掘られていた島根の石見銀山から、山師すなわち鉱山技師が招かれており、銀の採掘が本格化していった。
 1601年、佐渡が徳川家康の所領となったその年、山師によって金鉱脈が発見された。以来、佐渡の金によって徳川幕府の財政が大いに救われてきた。

 左は沢崎鼻。その右に小木港。
 中央上に西三川砂金山の跡。砂金が採れる地として平安時代から知られている。1872年に閉山。

 島の中央部分。佐渡金山に行くにはどういうルートがあるのか。

 おもな道路を表示してみよう。路線バスもあるらしいが、両津港、小木港からレンタカーを使うのが便利だろう。ズームイン。

 参考衛星画像は2015年5月2日。海側の相川地区には江戸時代の名残りが残っているんだろうか。「史跡佐渡金山」と表示されているところが世界遺産の中心地。「宗太夫坑」という坑道跡では、手作業で金鉱石を掘っていた様子を動く人形が再現している。周辺には関連するさまざまな遺構が残っている。

 近くには「無宿人の墓」が残されている。江戸や大阪から連れてこられ、死ぬまで働かされた無宿人たちを供養する墓や石碑がある。いわゆる佐渡送りの刑罰は非常に恐れられたらしい。「佐渡の金山この世の地獄・・・」

 右中央、山に切れ目が入っているのが佐渡金山のシンボル的遺構「道遊の割戸」。上から金の鉱脈を掘り進んでいったら山が割れちゃった、というわけというの鉱山だ。
 江戸時代初期、佐渡金山の年間産出量は金が400キロ以上、銀が37.5トンで世界最大級の金銀山だった。

佐渡空港

 890mの滑走路が1本。4月から、新潟空港を拠点とするトキエアが定期便を就航させている。のちのち滑走路を2000mに拡張するという計画もあるようだ。中央。

フェリーターミナル

 主要な移動・輸送手段は船便だ。定期航路を運航しているのが佐渡汽船。

両津港

 参考衛星画像は2022年4月11日。新潟港との間をカーフェリーと高速ジェットフォイルが運航している。
 ジェットフォイル:67分
 カーフェリー:2時間30分

 中央に佐渡汽船の建物。上と下の岸壁にカーフェリー、右にジェットフォイルの乗り場。中央下は駐車場。

小木港

 直江津港との間をカーフェリーが運航している。
 カーフェリー:2時間40分

 参考衛星画像は2022年4月11日。フェリーのみ。

新潟港

 右上に新潟空港。右は阿賀野川。中央は信濃川。河口から入ったところに新潟港。

 参考衛星画像は2023年4月4日。

 左はフェリー、右がジェットフォイル。

直江津港

 上越市。港の奥まったところにフェリーターミナルがある。

 左下は関川。

 参考衛星画像は2023年6月20日。

 フェリーのみ。

 佐渡金山は資源枯渇のため1989年に採掘中止になった。400年間に採掘された金は800トン、銀は2千数百トンになるそうだ。

注記)
a.衛星画像は、欧州宇宙機関 ( European Space Agency : ESA ) が運用する COPERNICUS ブラウザからスクリーンショットしたものを使用しています。
b.地図画像・参考衛星画像は、ESRI が運用する World Imagery Wayback からスクリーンショットしたものを使用しています。

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