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【小説】 ふたご座流星群

その部屋は11号館の6階にあり、隣接する14号館との接合部分にあった。部屋はメインストリートに面しており、窓からは正門から出入りする学生達の姿を見下ろすことができる。部屋には職員室にあるようなデスクが右の壁と窓側に沿って1台ずつ置いてあり、同じく教師が座っているような椅子が2脚、それに1人用ソファーが隅にあった。

その日、3限の講義は11号館の3階で行われていた。講義後、僕はすぐにそこへ向かいたかったが、一度11号館から立ち去る必要があった。その部屋は普段施錠されており、中に入るには14号館1階にある管理室で鍵を受け取らなければならなかったからだ。僕は教授にレスポンス・シートを渡し、そそくさと教室を後にした。

木曜日の講義は基本的に後になるほど気楽に受講することができた。1限目のマクロ経済学概論は基礎的な内容ではあったが、テキストなどは存在せず、全て教授の板書によって展開されていた。そのためそれらを適切に記録し、正しく解釈しなければ期末試験に回答することは不可能だった。ただでさえ夜型人間であった僕には、6時半に起床して満員電車に揺られ、教室に着くなり一語一句聞き漏らさずにノートを取るのは極めてハードな作業であり、1限が終わる頃には睡眠不足も相まっていつもヘトヘトになっていた。もっともその後の講義は2つとも教養科目で、講義を聞いて感想を記入するだけの呑気なものだったので、ある意味 1限目が山のようなものだった。そうして3限目が終わると同時に、僕は朦朧とする意識の中で帰路に付くというのが毎週の過ごし方だった。

その日、僕は前日に眠るのが遅くなったため、2時間程度しか寝ていなかった。その頃僕は天体観測に傾倒しており、前日の夜も自宅のベランダから望遠鏡を覗いていた。もっとも、当時所有していた安価な望遠鏡でくっきり見える天体は月ぐらいが限界だったが、それでも僕は月を見るのを止めなかった。毎回見える光景はほとんど変わらなかったが、望遠鏡を覗く度、地球から遠く離れた天体が手に届くような場所にある気がして、とても幻想的な気分になった。

管理室に向かう途中、僕はこの後起こる可能性のある全ての状況を脳内で思い描いた。そしてその中で唯一、最も可能性が低いが同時に最も理想的である状況が現実となることだけを願った。体調のことを考えれば、2時間しか眠っていないこの状態が万全とは決して言えない。しかしながら、僕にとってそれは極めて都合の良いことだった。もし健康的な状態でその人に会えば、僕はいつものように緊張で頭が真っ白になって、まともな会話もできずに終わってしまうことだろう。だが今日のこの状態なら、思考がままならず、冷静な判断力を失っているこの状態なら、余計な戸惑いを捨てて、たった1つの選択肢を躊躇なく選ぶことができるはずだと僕は信じていた。

14号館に入ると、僕はまっすぐ管理室へ向かった。そこにいる警備員にスタッフ証を見せ、その部屋に入る然るべき理由のある学生、すなわち部員であると証明することで、部室の鍵は手渡されるのだった。

僕は警備員に学生証とスタッフ証を渡し、部屋の番号を告げた。警備員は差し出されたカードと学生証の記載内容を見比べた後、壁にかかっている鍵を見渡して該当する番号を探した。しかし警備員が口を開く前に、僕は然るべき時が来たのだと悟った。そこに部室の鍵はなかった。そしてそこにはその人のスタッフ証があった。僕は警備員に手間を取らせたことを詫びると、エレベーター横のドアを開けて螺旋階段を登った。

階段を登りながら、僕はこの後その人に告げる内容を脳内で清書していた。まず僕はあなたの引退が近いことを口にする。そして僕が最初に食事会に参加した時、あなたが左隣に座っていて、出てきたトマトとモッツアレラチーズのオリーブオイルがけを僕が箸で取り分け損なった時、あなたが「大丈夫?」と笑ったことを告げる。そしてその時からずっと、今日に至るまで、僕があなたのことしか考えられなくなっていることを口にする。そこから先に何が起きるのか———それを想定する前に、僕は階段を登りきって6階に通じる扉を開けていた。本来はここからが重要なはずだが、それ以上先を考えるだけの冷静さは僕には無かった。しかしそれで良かったのだ。もし僕が前日に6時間以上ぐっすり眠っていたならば、これから自分のしようとしていることの無謀さに気付いて1階へと降りていただろう。そうならないために、ここまでやって来たのだから。

14号館の廊下をまっすぐ進んで、その先にある階段の前で左折すると、そこから先は11号館へと続いている。僕はそのまま前へと進み、部室の前で立ち止まった。ドアの中央には60センチ程度の磨りガラスが縦一直線にはめ込まれており、そこから中の様子をうっすら確認することができる。ドアノブには小さなポーチがかかっており、普段部員の誰かが鍵を借りている場合、部室をしばらく空ける際には施錠した上でそこへ鍵を入れておくのがルールだった。

僕はドア越しに中の様子を確認した。電気は付いておらず、話し声も聞こえない。僕はそのままポーチに手を伸ばしたが、そこに鍵はなかった。

僕は少し考えた。もしかするとここにいるのはその人ではないかもしれない。今までもこういうことはあった。その人に会える気がしてここまで来て、部屋を空けると別人がいる。それが幾度となく繰り返されてきた。しかし今日は違う。鍵を借りているのがその人だと、つい先ほど確認した。けれど場合によっては、その人が一時的に部屋を空けていて、代わりに別の誰かがいる可能性もある。その場合ならポーチに鍵が入っていなくても不思議ではない。

だが、僕には時間がなかった。今日を逃せばこの先2人きりになれるタイミングが全く無いことを僕は知っていた。だからこそ最後の希望を託して、今日この場所にやって来たのだ。自分はもうこの望みに賭けるしかない。それほどまでに僕は精神的に追い詰められていた。僕は考えるのを止め、そのままドアノブに手をかけた。

その先で、僕は思わぬ事態を迎えた。そこには誰もいなかったのだ。ご存知の通り、僕は冷静な判断力を失っていた。故にその人が用を足すために一時的に部屋を後にしているという可能性を認識することができなかった。僕は予期せぬ事態に戸惑ったが、次の瞬間にはそこに留まることを決めた。

それは部屋の隅の1人用ソファーの上にあった。黒地に赤いワッペンが付いており、ワッペンは白く縁取られている。そしてそこには「ROXY」と書かれていた。僕には見覚えがあった。いや、忘れるはずもない。いつも同じリュックを背負って、ミーティングにやって来る人がいた。それがここにあるということは、その人はここに必ず来る。僕はドアを閉めて電気を付け、そのまま壁側のデスクに自分のリュックを置いた。そしてそのままそこでその人を待った。

冷静に考えれば、僕がこんな賭けに出る必要は全く無かった。こんなことをしなくても、適当な理由と共に「今日部室に来てくれませんか」と一言送るだけで、僕の待ち望んでいる状況は簡単に作り出すことができた。しかし当時の僕は自分の慕情を決して誰にも知られまいと、細心の注意を払っていた。そのため僕は偶発的に彼女に会う状況を作り出す必要があった。なので僕はデスクにPCを広げて、あたかも何か用があったかのように装う形でその人を待っていた。その間、僕は何も考えられなかった。時刻は16時10分になろうとしていた。

その時、部屋の外で音がした。ドアノブに手がかかる音。僕は振り返り、ドアの方を見た。

その瞬間、僕の身体のあらゆる器官は一瞬にして機能を停止した。目の前に何があるのか、何が聞こえるのか、僕には一切分からなかった。ただ、少し間を置いてから、僕が待ち望んでいた瞬間が現実になったという事実を脳が認識したことだけは分かった。僕は初めてその人に会った時のことを思い出した。それはサークルの説明会で、その人は司会を務めていた。彼女がマイクを握って話し始めた時、僕は自分の視界が灰色になっていくのを感じた。ただ1人、彼女を除いては。そしてそれから数時間後、僕は恋に落ちた。

「あぁお疲れ」と彼女は言った。いつもの口調、いつものトーンで。僕は小さくお辞儀をして、彼女の姿を見ていた。僕は時が止まっているような気がした。

「食べる?これ、」彼女はリュックの中に手を伸ばすと、僕に封の開いたポテトチップスを差し出した。それはのり塩味で、9割ほど手を付けられた後だった。

「ありがとうございます……」僕はそう言ってそれを受け取った。そして中から一枚取り出して口に入れた。何の味もしなかった。

「へぇ、食べるんだ」と彼女は言った。『ドン・キホーテ』の一説にある「空腹は最高の調味料」という一説をたびたび僕が口にして、間食をしないようにしていることを彼女は知っていたし、彼女の21歳の誕生日にミーティングで用意されたケーキを僕が変に格好つけて食べなかったのも知っていた。僕はそのことを心底後悔していた。

「最近テレビで間食をしない方が身体に悪いって言ってたので……」僕はそう言ってから、話を途切れさせまいとして、「こういうの、よく食べるんですか?」と聞いた。

「あんまり食べない。太りたくないからさ」彼女は窓側のデスクに座ってスマホを弄りながら言った。「でも大丈夫、(僕は)十分細いから。最近料理してるけど、栄養とか、そういうの(僕の)お母さんはそういうのすごい考えて作ってると思う」

僕は彼女に母のSNSアカウントを教えていた。母は料理が好きで、毎日の料理を投稿してそれなりの人気を獲得していた。僕は夏の合宿の時に、彼女と台所で一緒になった際にこっそりそれを教えたつもりだったが、その数分後に彼女はそれをメンバー全員に共有していた。後になって僕は、彼女の言った「太りたくない」という言葉に対して何も言わなかったことを激しく後悔した。

「食べた?袋ちょうだい。捨てて帰るから」彼女は僕から袋を受け取るとリュックから取り出したビニール袋にそれを入れて席を立った。この辺りになって、僕はようやく自分が何のためにここに来たのかを思い出した。

「何か最近、時が経つのが早く感じるんですよね……」僕は咄嗟にそう言った。それがその場で思い付いた最良の導入だった。

「ほんと。私も気をつけなきゃ」彼女は身支度をしながら言った。

「ここ(サークル)に入った日が昨日のことのように感じられます……」僕は続けた。

「あなたはもう2年経ってるでしょ」彼女はほんの少しだけ笑ってそう言った。

「でも覚えてます。最初の食事会であなたは僕の隣に座っていて、あの時トマトとモッツアレラチーズのオリーブオイルがけを食べた……」僕は感慨深げにそう言った。意識したわけではないがそうなっていた。

「えー、覚えてない」彼女はいかにも無関心にそう言った。その段階で彼女はもう部屋を出ようとしていた。

「まだいる?私この後友達と会うんだけど。鍵どうする?」と彼女は聞いた。もしここで僕が残るという選択をした場合、僕は彼女と共に14号館の管理室まで行き、そこで借用者の変更手続きをした上で彼女と別れ、一人部屋に戻る必要があった。

「いや……もう帰ります」この時点で僕はもうこの後の流れを諦めていた。僕は彼女が部室にずっといてくれるという想定でここまで来ており、先約があるという想定を一切していなかった。ここで強引に彼女を引き止めることもできたかもしれないが、彼女が自分の予定を邪魔されることをひどく嫌うことを僕は知っていた。そんなことをすれば最悪の結末を迎えることは明確だった。僕はPCを閉じてリュックに入れ、彼女と共に部屋を出た。

僕達は14号館のエレベーターに向かって歩き始めた。僕が来た道をそのまま引き返すと、突き当りにそれがあり、向かいに僕が登ってきた螺旋階段に通じる扉があった。

僕は歩きながら不意に口笛を吹いた。僕は数ヶ月前に歯科矯正を行なって以降、口笛が吹けるようになったばかりだった。これまでも僕は彼女に気付いて欲しくて口笛を吹くことがよくあった。

「昼に口笛吹くと蛇出るよ」と彼女は言った。少し呆れたような口調で、大して関心もなさそうに。僕は仲の良かった先輩に同じことを言われたことがあったことを告げた。彼女は「うん、有名だもん」と言った。

それから僕達はエレベーターが上がって来るのを待った。その間、彼女は右手でスマホを持ち、左腕は腕を組むように右腕に添えていた。それが彼女のいつものスタイルだった。僕は突き当たりの窓から空を見た。空はぼんやりと赤く染まりつつあり、あたりはすっかり穏やかな夕暮れに差し掛かっていた。

その光景を見て、僕は彼女にあの話をした。僕がベランダで月を見るのが好きで、望遠鏡を覗く度にとても幻想的な気分になると。その間、彼女はそんな話にはまるで興味がないことを一切隠さず、無愛想に相槌を打ちながらスマホを弄っていた。かと言って何か興味のある話があったわけでもないだろうが、とにかく僕は彼女と会話がしたかったので、最後まで話を続けた。エレベーターは5階まで上がって来ていた。

その時、ベランダに出るのは寒いという返答と同時に、僕は聞いた。

「今日、ふたご座流星群らしいよ」

その後、僕達はエレベーターに乗り込み、そのまま1階へと辿り着いた。彼女は慣れた様子で鍵の返却を終えると、「それじゃ」と言って正門を抜け、右に曲がって行った。僕はしばらく彼女の姿を眺めた後、駅のある左に曲がって歩き始めた。僕は寄り道せず、できるだけ早く家に帰ろうと道を急いだ。

その日の夜、僕は家に帰って食事を済ませ、すぐにベランダへと足を踏み入れた。そして流星群が降るのを待った。その日は雲がほとんど無く、観測しやすい環境だった。オリオン座の輝く南西の夜空を、目に見える形で確かに星々が横切って行く。それはとても美しかった。僕は何とかしてそれを保存しておきたかったが、手持ちのカメラでは限界があった。それでも、その時の光景は僕の心に確実に焼き付いていた。僕はこの時間が永遠に続けば良いと思った。

翌日、彼女はいつも通りミーティングに現れた。それが彼女がミーティングに出席する最後の日だった。彼女に会った時、僕は真っ先にそのことを話した。昨日流星群が見れたのだと、一刻も早く伝えたかった。けれどそれに対する反応は「あぁ、そう」という、極めて薄い反応だった。そればかりか、彼女は昨日の会話すら、もう覚えていない様子だった。おそらくこの時点で、もう運命は決まっていた。その事に気付くべきだった。けれど当時の僕はそれで満足した。僕は2人にしか分からない話題を共有できたことが嬉しかった。そのことを伝えられただけで、僕には十分だったのだ。

翌週、僕は送別会で彼女にメンバー全員からのメッセージの添えられた色紙を彼女に渡した。僕はそこに、

「僕が思う理想の上司はあなたです。あなたと一緒に過ごした時間は白昼夢のようで、僕の人生の宝物です。今までお世話になりました。幸せを願って」

と書いた。それが僕から彼女に向けた、最大限の感謝と愛の表現だった。結局この段階になって、僕は彼女に正直になるのではなく、夢を見続けることを選択したのだった。彼女はそれを読んだのか、僕には分からなかった。

ただ、帰り際、駅へと向かうために二手に別れる時、彼女は僕に向かって

「バイバイ」

と言った。

僕の日常が光り輝いていたのは、その日が最後だった。

* * *


2021年12月13日、横浜の天気は3年ぶりに晴れになった。あの日と同じように、僕はベランダへと足を踏み出す。上弦より少し満ちた半月が、辺りを照らす中、冷たい風の吹く南西の夜空にオリオン座が輝いている。透き通るような星空を切り裂くように、流星が静かに横切っていく。

あの時、僕は流星群のことを一切知らなかった。そしてその夜ベランダに出る予定もなかった。けれどあの時、エレベーターが来るまでの僅かな間に起きた偶然が、僕をベランダへと呼び寄せた。

そう、あの時あなたがそう言ったから。「流星群らしいよ」と、全く興味のない話を右から左に流して、スマホを弄りながら僕にそう言ったから、僕は流星群を見ることができた。確かにあの時の夜空は美しかった。でも僕にとって本当に美しかったのは、あなたの一言で流星群が見れたという事実だったのだ。実際のところ、あなたが流星群のことを言ったのは単なる偶然だ。そんなことは分かっている。それでも僕は嬉しかった。目の前で星が流れたあの瞬間、あの僅かな瞬間だけ、ほんの一瞬だけ、僕はあなたと繋がれた気がした。それはこの世のどんな自然現象よりも、宇宙の奇跡よりも素晴らしかった。

あれから3年が経った。あなたはもういない。なのに僕はまだベランダに立ち続けている。ここにいればまたあなたと繋がれる気がして。もう2度と会えないと分かっているのに。あれからあなたは大手IT企業に就職したと聞いた。僕はその後進級と共に就職活動を迎えたが、昔から人付き合いが苦手だった僕はその競争に適応することができず、精神を病んで大学を辞めた。それからしばらく寝たきりのような生活が続いた後、何とか回復した僕は今、月に数回アルバイトをしながら少しずつ社会復帰を目指している。

僕は高嶺の花に手を伸ばそうとした。そして谷底へ落ちて、全てを失った。それから今日まで、谷底で横たわりながら、僕はずっと待っていた。いつか誰かが助けに来てくれるのを。あれから僕の時間は止まってしまった。でもそうしている間にも現実では時が流れていて、いつの間にか皆社会人になって、皆大人になっていった。

きっとあなたはもうこの事を覚えていない。あの時あなたが、食事会の日のことを覚えていなかったように。当然覚えているはずがない。あなたはとっくに未来へ消えていった。でも僕だけは夢の中に取り残されて、今でもあなたの姿を追っている。僕はただ気付いて欲しかった。あなたの世界に最初から僕はいなかっただろうけど、それでも気付いて欲しかった。僕はここにいると。普通の一人の人間として、僕を見て欲しかっただけなのだ。

今ここから見える星々の光は、今発せられた物ではない。光の速さは毎秒29万9792.458km。遠く離れたどこかから、この星に光が届くまでにはタイムラグが生じる。例えば太陽から発せられた光は、地球に到達するまでに8分19秒かかる。だから仮に太陽が爆発したとしても、我々がそのことに気付くのは8分19秒後のことだ。その頃には、もうとっくに太陽は宇宙から消えている。今見えている光は全て、かつて光輝いていた過去なのだ。夜空を見上げる時、我々は常に過去を見ている。そこにある星が今はもう存在しないかもしれないとは知らずに。

そしてそれは、人がかつての記憶に思いを馳せるのに似ている。思い出はいつでも輝いている。たとえ今、この瞬間が輝いていなかったとしても。あれから僕は変わった。これで良かったのか、そしてこれからどうなるのか、全く分からない。だがたとえこの身が滅びたとしても、僕があなたを愛したという事実は輝き続ける。今この夜空に輝く光は、あの日発せられた光かもしれない。過去の記憶は光となって、星々と共に時を超えるのだ。

3年の時を超え、僕の視界をふたご座流星群が横切っていく。3年経ったが、あの頃の感覚は未だはっきりしている。いつになれば忘れられるのだろう。忘れたくても忘れられない。いつかその日は来るのだろうか。あの星はどこから来たのだろう。そしてどこへ行くのだろうか。

部屋に戻って一息つくと小腹が空いてきた。僕はポテトチップスの袋を開ける。あの日もそうだった。あなたは僕にチップスをくれた。チーズではなくのり塩だったけど。きっとあなたは忘れている。その後に続く会話も。

でも僕は覚えている。何気ない一言から声のトーンまで、細部に至るまで思い出せる。まるでほんの数秒前のことのように。これからも流星群が降るたび、僕はこの事を思い出す。二度と思い出されず、二度と忘れられない記憶を。

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